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▼ 浦原が迎えに来る

もやもやとした感情がわたしの中に渦巻いて、人相が悪くなっているのが自分でもわかる。その証拠に涅隊長宛の書類をいつものように持ってきてくれた他隊の平隊士から、ひっ!と引きつったような悲鳴を上げられてしまった。窓口となっているわたしがこんな状態では、みんなますます十二番隊には近づけなくなってしまうかもしれない。

「エライぶっさいくな顔しとるやないか」

そしてそういう時に限って、この人はわたしの前に現れるのだ。顎のあたりで切りそろえられた髪にどういうセンスなのか斜めになっている前髪。首には何やら布を巻いている。五の文字を背負った平子隊長が、にやにやとわたしの前に立ちはだかった。

「……何か御用ですか」

「仕事終わったらこの間の店で飲み会っちゅー連絡を隊長の俺がわざわざ伝えに来とるんやから泣いて感謝しろや」

「頼んでないしお断りします」

「アホ。イライラしとる時には酒がいっちゃん効くやろ」

しわが寄ってるだろう眉間を突かれて、少し思案する。以前平子隊長に連行された飲み会も、隊長格が多くそこそこ気まずい思いをしたとはいえ、白とたくさん話せたし、それなりに楽しかったと思う。確かに、気晴らしにはなるかもしれない。それに、いっそ酔っぱらってしまう方が、このもやもやした感情と向き合わずに済むかもしれない。今晩発散して、明日からはいつも通りのわたしになるためにも、わかりました、と平子隊長に了承の返事を返した。時間を聞いて、それまでに仕事を終わらせようとするが、いつもよりもなんとなく仕事を捌くペースが遅いのが涅隊長に見透かされて散々罵られたし、普段は流せるそれにイライラしてしまったし、今日は本当にいいことがないので、やっぱりお酒をたくさん飲むべきなのだ。

「お疲れ様です」

「あー!みょうじやっと来たわね!」

「すみません、仕事が押しました」

「そんなのぽーいって放置してきちゃえばいいのに。真面目ねぇ」

「乱菊さんそういうことばっかりしてるから日番谷隊長に怒られるんスよ」

自分の不調のせいではあるのだが、押してしまった仕事をなんとか片付けてお店に行くと、すでに飲み食いしている人たちの中から、松本副隊長に呼ばれて空いている席に腰をおろした。挨拶もそこそこに、お酒のメニューが渡されて、とりあえず目についた焼酎をストレートで注文する。飲まなきゃやってられない。

「あんたイケるわね」

「いやいやいやみょうじさん大丈夫なのかよ」

「平子隊長が嫌なことはお酒で忘れろとおっしゃったので」

顔を輝かせた松本副隊長とわたしを心配してくれているらしい阿散井副隊長に挟まれて、今回もまた近くに座っていた平子隊長にすべての責任を押し付けた。誘いに来たくせに我関せずだった平子隊長は雛森副隊長に小突かれてようやくわたしたちの会話にしゃーない、と呆れを隠さずに入ってくる。

「酒は嗜む程度やないんかい」

「平子隊長いつの話してるんですか?それ100年前の話です」

「俺らおらんくなってから飲み会にも出とらんかったやつが言うやないか」

潰れても面倒見てやらんからな。のぞむところです。売り言葉に買い言葉で焼酎ストレートを強行し、運ばれてきた焼酎をぐいーっと半分くらい流し込んだ。さすがにくらりとすると、雛森副隊長がお水を差しだしてくれる。これが女子力というやつだろうか。わたしもずっと周りのお酒を注文したりお水を渡したりする側だったから、自分が心配されるというのもなかなかに新鮮な気分だ。

「みょうじ随分荒れてるじゃない。涅隊長に何かされたの?」

「それは日常茶飯事ですね」

「みょうじさんよくずっと十二番隊でやっていけますよね」

松本副隊長と雛森副隊長が荒れているわたしの話を聞いてくれようとするが、理由を口に出すことなんて、とてもできない。涅隊長のことだろうとみんな思っているだろうけど、そうではないのだ。それこそ百年以上も涅隊長の下で働いていて、今更それが苦になったとりはしない。人間性は最悪だけど、尊敬できる上司だとは思っているし。素行と人使いと倫理観はわたしが今まで出会った人の中で最低だけど。涅隊長に慣れてしまうと、他の誰に何されようと笑って流すことが容易になる。ちなみに平子隊長は的確に相手を苛立たせに来るので除外したい。それでもわたしが今日ここまで苛立っているのは、涅隊長よりも、平子隊長よりも、わたしの感情を誰よりも簡単に揺さぶることのできる人が関わっていた。

「昔っから図太い神経しとるからなぁ」

「平子隊長ほどではないですけど。わたしはその髪型で外出歩くことはできません」

「オシャレやろ!わからんやっちゃなあ!!」

平子隊長がわたしの前に置かれた玉子焼きに箸を伸ばしてきたので皿を持ち上げて遠ざけてやった。いつかの仕返しである。それにもともと切れ長の目をさらに細めた平子隊長が、で?とわたしに問いかけてくる。でってなんだ。

「優しい優しい平子隊長が話聞いたるからはよ言えや」

「頼んでないですぅ。平子隊長に言うくらいならひよ里に言いますぅ」

「あの小猿に悩み相談なんてできるわけないやろ」

「今の発言今度ひよ里に言っておきますからね」

すみません、日本酒熱燗で。平子隊長としょうもない会話を繰り広げながら店員さんにお酒のおかわりを頼む。ちゃんぽんする気満々だ。雛森副隊長が心配そうにしてくれているのが少し申し訳ない。斑目三席に飲み比べに誘われるが、丁重にお断りして自分のペースでお酒を流し込んでいく。そんなことをしていれば、頭がふわふわして瞼が重くなるまで、そう時間がかからないのは当たり前だった。テーブルに突っ伏すわたしに雛森副隊長が必死に声をかけてくれているのがわかるが、松本副隊長も相当出来上がって暴れているからそちらを止めた方がいいと思う。わたしは、このまま寝てしまえば嫌なことなんて忘れてしまえるから。本格的に寝る体制に入ると、頑張っている雛森副隊長を見かねてか、平子隊長が雛森副隊長をどかしてわたしの横に移動したらしい。うちの桃に迷惑かけんなや、という小言がわたしのふわふわした頭に入って、しゃぼん玉のようにぱちん、と消える。

「………わたし、なにもきかされてないです」

「何のことかわからへんなァ」

「あのひと、こっちにきてるって」

「そんで拗ねて泥酔か。ええ御身分やんけ」

今朝、いつも通りに仕事をしている時だった。あの人が、浦原隊長が、尸魂界に来ていると耳にした。藍染との戦いを終えて、ちゃんとけじめをつけた後、あの人がわたしとの関係をやり直せるようにとアクションを起こしてくれたおかげで、きっと今、わたしとあの人はとても近いところにいる。その自信があった。だけど今日、あの人がこっちに来ているなんて、わたしはあの人から何も聞いていない。少しでも会いたいと思うのはわたしだけなのだろうか。そう思うと、どんどん気分が沈んでいって、もやもやと黒いものがわたしの胸を支配していった。こんなのただのわがままだし、あの人と別れることを決めたのはわたしだ。恋人でもない男性に近くに来たなら会いに来て、なんて言えるわけもない。どうして機嫌が悪いかなんて、他のひとにはもっと言えない。このまま寝てしまって、明日には何もなかったように、いつものわたしに戻りたい。こんなことを平子隊長に漏らしてしまったら、きっとしばらくからかわれるだろうけど、これだけ飲んだらきっと、記憶もなくなっているだろう。

「随分早い到着やな」

平子隊長が何かを言うのと、ざわ、と周りがにわかにざわめき立つのはほぼ同時だった。カコカコという下駄の鳴る音が近づいてくるのがどこか遠くに聞こえる。

「誰っスか、なまえサンにこんなになるまで飲ませたの」

「オマエや、オマエ」

「まあ平子サンの仕業でしょうけど」

夢だろうか。わたしが今日一日、恋い焦がれた声が聞こえる。なんでやねん、と呆れ切った平子隊長の声に何も言うことなく、大きな手がテーブルに突っ伏すわたしの頭を撫でた。億劫だけど、顔の向きを変えてわたしを撫でている手の持ち主を確認する。目深に被った帽子に、顎に生えた無精髭。はちみつ色の髪。ここ最近で、すっかり違和感を感じなくなってしまった、浦原隊長の姿がそこにあった。わたしが浦原隊長を認識したのがわかったのか、浦原隊長がへら、と笑顔を作る。

「酔っぱらってるの珍しいっスねェ。何か嫌なことでもあったんスか?」

「………なんで、いるの」

「平子サンからなまえサンのお迎え頼まれまして」

「泣いて感謝してもええんやで」

平子隊長を綺麗に無視してわたしは頼んでないです、とまた自分の腕に顔を埋めた。困りましたねェ、と全然困ってなさそうな浦原隊長の声だけを、わたしの耳は綺麗に拾ってしまう。

「おや、阿散井サン。お元気っスか?」

「……浦原さん、本当にみょうじさんと知り合いなんだな」

「かわいいでしょ、アタシのなまえサン」

「みょうじさんすげえ嫌がってるけど」

頭を撫で続ける手をぺしぺし力なく叩いて頭からどかそうとするが、浦原隊長が手をどける様子はない。う〜、と唸り声を上げてもよしよし、と子供をあやすようにされるだけだ。周囲はまだざわめいていて、浦原喜助だ、と動物園のパンダよろしく浦原隊長と、なぜか構われているわたしを遠巻きに見ているようだった。松本副隊長と雛森副隊長の色めきだった悲鳴も聞こえたような気がする。六車隊長と白、鳳橋隊長等の顔見知りが次々に近づいてきて、何かを話しているのは聞こえるけれど、内容までを理解するほどわたしの頭は今機能していなかった。

「隊舎まで送るんで、帰りましょ」

「………やです。わたしはここでねます」

「店に迷惑やろ」

「ほらぁ。怒られちゃいますよ」

「帽子、やだ」

浦原隊長と平子隊長に口々に言われて仕方なく顔を上げる。そして手を伸ばして浦原隊長の帽子を奪った。はちみつ色の髪があらわになり、浦原隊長が苦笑している顔がよく見えた。こ〜ら、と軽く咎められるが、帽子を抱え込んで取り返されないようにする。違和感を感じなくなってしまったとはいえ、やっぱりわたしの中の浦原隊長は隊長羽織を着た、100年前の姿なのだ。でも浦原隊長がずっと身につけているもの、と考えると奪い取った帽子が宝物のように思えてしまう。これだけ長く生きているのに、しかも相手は昔付き合っていた相手だというのに、まるで初めて恋をした時のようだ。ぎゅう、ともう一度強く帽子を抱き締めた。

「意地張らへんでいつもこうならかわいげあんのに難儀なやっちゃな」

「意地っ張りなところも含めてかわいいんじゃないっスか」

笑ってわたしの前に背中を向けて屈んだ浦原隊長は、なまえサン、と名前を呼んでわたしに背中に乗るように促す。お酒でふわふわした頭と、その芯でしっかりと冷静に現状を認識している頭がわたしの中でぶつかり合っていた。恥ずかしい。でも飛び込んでしまいたい。そんなせめぎ合いに動けずにいると、すっかり出来上がっている松本副隊長がみょうじがいかないんならあたしを運んでくださいよーう、と浦原隊長にふらふら近づいていくのを見て、だめ、と勢いよく浦原隊長の背中に飛び込む。おっと、と少しふらついた浦原隊長はわたしをしっかりと受け止めて立ちあがった。浮遊感に浦原隊長の首に腕を回してしがみつく。

「それじゃ、アタシたちはこれで失礼します」

「おー。送り狼になったらアカンで」

「なまえサン次第っスねェ」

昔から馴染みのある隊長たちや白がわたしたちを適当に見送り、他の面々が呆気に取られたり目を輝かせたりしてわたしたちを見ている中、浦原隊長に背負われて居酒屋を後にした。浦原隊長の背中は広くて、わたしをひとり乗せているというのにまったく苦ではないような素振りでのんびりと十二番隊舎に向かって歩いている。

「しゅんぽつかわないんですか?」

「瞬歩使ったらアタシの背中で吐いちゃうでしょ、なまえサン」

それにたまにはこういう風にくっついてのんびり歩くのもいいじゃないっスか。夜風が頬を撫でるのが気持ちよくて、浦原隊長のにおいがして、確かに、と納得してしまった。出来心からすり、と浦原隊長の肩に自分の頬を擦りつける。気分としてはマーキングだった。わたしのものでいて、と。わたしが手放したのに。酷く勝手な女だと呆れられても仕方がないと思う。

「で?なんでそんなになるまで飲んじゃったんスか?なまえサンは自己管理できない人じゃないのに」

「浦原たいちょーには、ないしょです」

「あれぇ?教えてくれないんスか?」

「………こっちくるのに連絡、くれなかったじゃないですか」

ぽつり、と届くか届かないかの小さな声で呟くが、距離が近いせいでしっかり拾われてしまったようだ。こんなこと、素面じゃ絶対に言えない。近くに来るならちゃんと教えてほしい。少しでいいから、会いたい。付き合っていた時は言えたのに。持っていた帽子を浦原隊長の頭に被せて、首に回していた手を肩に乗せて少し身体を離す。くっついていないと危ないと言われても、バクバクと騒ぎ立てる心臓の音を聞かれたくなかった。

「ほーんとに意地っ張りだなァ」

「もう、ひとりで歩けるので下ろしてください」

「ダメっスよ。アタシは急いで用事終わらせて会いに行こうと思ってたのになまえサンは平子サンたちと楽しく飲んでたみたいですし?」

働かない頭で何を言われたのか必死に噛み砕いて、理解したところでバランスを崩し、浦原隊長の背中から落ちそうになる。浦原隊長が慌てて支えてくれたから転げ落ちずに済んだものの、反動でがっしりと、最初以上に浦原隊長にしがみついてしまっていた。どれだけ動揺してるの、と酔いが大分吹っ飛んだ頭が今の状況を作り出した酔っ払いの自分を叱咤した。気づけばもう隊舎は間近で、この時間がもうすぐ終わってしまうと思うと、離れるのも名残惜しくてそのまま大人しく浦原隊長にしがみついたままにする。心臓の音、聞こえてないだろうか。でもよかった、おんぶで。顔が見られることはないから。きっと、今わたしの顔は真っ赤になってしまっている。

「ボクだって、いつでもなまえサンに会える人たちがうらやましいと思うことくらいあるんスよ」

しばしの沈黙の後の浦原隊長の言葉は、わたしの胸を射抜くには十分すぎるものだった。胸が苦しくて、返事ができない。隊舎の前に到着してようやく背中からおろされ、浦原隊長にありがとうございました、と頭を下げた。顔が、見られない。すう、と大きく息を吸って、覚悟を決める。ばっと、勢いよく頭を上げて浦原隊長と目を合わせた。月明かりに照らされて浦原隊長の髪がきらきらと光っている。

「今度は、わたしが会いに行きます」

微かに目を見開いた後、嬉しそうに目尻を下げた浦原隊長に耐えられなくなって、ひよ里のついでに!と余計なひと言を残して隊舎の自分の部屋へと駆け込んだ。その気なら追ってこられたはずなのに、いっぱいいっぱいのわたしへのせめてもの慈悲のつもりなのだろうか、追ってこない代わりに、低くかみ殺したような浦原隊長の笑い声が、僅かに聞こえたような気がした。


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