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▼ 十代と再会

色んな事があった、と一言で片づけてしまうには余りに怒涛の3年間過ごしたわたしたちの母校、デュエルアカデミアを卒業して、もう7年が経過した。それぞれの進路を選択したわたしたちは、みんな違う道を歩んでいる。プロになった人や、教師になった人、デュエル協会に就職した人もいる。共通点は、わたしたちはみんな、あの3年間の経験を経てもなお、デュエルモンスターズが大好きだといういことだろう。卒業後、大学を卒業して一般企業に就職したわたしを除いて、みんなデュエルモンスターズに関わり続けている。わたしだって、もう趣味程度ではあるものの、完全にデュエルモンスターズから離れたわけではない。精霊だって、変わらず見え続けている。ただ、わたしは少し、怖くなってしまったのだ。ただ好きだという気持ちだけで続けていたのに、いつの間にか命をかけてデュエルをすることに、慣れてしまっていた。そしてその中でいつか、本当にみんなを失うのではないかと、そう思ってしまった。精霊が見えるわたしがデュエルモンスターズから離れて普通の大学に進学することに、みんな疑問を持っていた。でも、十代は。進路について考える時期になって、異世界から戻って来た時からひとりで何かを考えて、みんなから離れるようになってしまった十代だけは、安心したように、そっか、と笑った。アカデミアで十代と付き合うようになって、きっと一番近くで十代の苦しみを見てきた。だからこそのわたしの結論だということはわかっていたのだろう。馬鹿だなぁ。本当は、止めてほしかった、と言ったら十代はどんな顔をするだろうか。昔の、異世界に行く前の十代だったなら、オレが守ってやるから一緒に行こうぜ、と言ってくれたはずだった。でも、そんなほっとしたような顔をされたら、わたしにはもう何も言えないじゃないか。

「俺、世界を旅してくる」

「……うん」

「だからなまえと一緒にはいられない。帰ってくるかもわからないから、待っててくれとも言えない」

卒業式の夜、十代はそう言った。好きで、好きで、大好きで。十代がどんなに変わってしまってもわたしは。

「………わたしの気持ちが変わらない保証なんてないし、十代にわたしのために帰ってきてほしいわけじゃない。でも、もしも十代が帰ってきた時に、わたしと十代の気持ちが変わってなかったら、」

馬鹿みたい。そんなの、夢物語じゃないか。十代は帰ってこないかもしれないし、帰ってきたとしてももうわたしのことなんて好きじゃないかもしれない。わたしが、十代を待てずに、他の人を好きになるかもしれない。もしも、なんてあまりに可能性の低い話だった。それでも、そんなものに縋りたいくらいに、その時のわたしには十代しかいなかった。十代は呆れたように馬鹿だな、おまえ。と笑ってわたしを抱きしめた。最後まで、十代はわたしを否定しなかったし、ごめん、とだけは言わなかった。そっか、もう7年も経つのか。わたしは25歳になって、毎日変わり映えのないOL生活を送っている。十代は、まだ帰ってこない。もしかしたら帰ってきてるのかもしれないけれど、わたしの前には現れていない。そもそもアカデミアを出てしまってPDAもない。アカデミアの中でPDAしか使用できなかったこともあり、お互い携帯も持っていなかったのだ。連絡先も知らないのに、どうやって会うというの。いや、方法がないわけじゃない。わたしの居場所や連絡先がわからなくても、華々しく活躍している万丈目や翔くん、ヨハンたちと十代が連絡をとれば、そこを経由してわたしと接触できるだろう。でも当然、彼らからもそんな連絡は来ていなかった。この7年間、ずっと十代を諦めずに待ち続けていたと言ってしまえば嘘になる。親しくなった男性だっていた。でも、どうしてもわたしの頭には十代の姿が浮かんでしまって、すぐにダメになってしまった。わたしを心配してこまめに連絡をくれて、日本に来た時には会いに来てくれたヨハンには、オレにしとけばいいんじゃないか?と冗談めかして言われたほどだ。十代に似ているヨハンと付き合ったら、それこそ十代のことを忘れられないし、もし十代が帰って来た時にどうしたらいいかわからないから断ったけれど。

「みょうじさん、飲み会いくよ〜」

「あ、はーい」

今日は会社の飲み会で、仕事が終わり次第すぐにお店に移動を始める。社長の行きつけだと言う居酒屋は、新宿駅から少し歩いたところにあった。もうすっかり日は落ちていて、ギラギラとしたネオンが暗くなった新宿を照らしている。夜の新宿は、なんとなく闇を感じてしまう。光とか闇とか、アカデミアの3年間ではよく聞いたし、戦ったなぁ。ちょっと思い出し笑いを浮かべると、どうしたの?と同僚に聞かれる。それになんでもない、と返して、お店に入る。アルハラというものはないけれどお酒が好きな人が多い会社だからか、どんどんと酒瓶が空いていく。料理とお酒をほどほどに愉しんで、同僚や上司と話していると、あっという間に22時を回っていた。そろそろお開きだと立ち上がり始めた周りについて店を出る。だいぶ出来上がってるひとも多い中、比較的酔いの回っていない男女の同僚と3人で店の外で軽口を叩いていると、とても懐かしい、気配がした。

「……なまえ?」

どくん。全身の血が、沸騰するようだった。一気に感情が昂り、声がした方に、振りかえる。ずっとずっと、恋焦がれていた人が、そこにいた。

「じゅう、だい」

7年も会ってなかった。顔を忘れてしまっていてもおかしくない。だけど、わかる。少しだけ逞しくなったように感じるし、きっと色んな事があったのだろう。あの3年間に負けないくらい、色んな事が。十代の顔つきは、昔よりもずっと大人になっていた。そのことに、当然のことなのに、動揺する。先程アルコールを摂取したからだろうか、喉がカラカラで、思ったように声が出ない。引き攣ったような声でようやく名前を呼ぶと、十代は戸惑いながら、確かめるように一歩一歩近づいてくる。ねえ、どうしてここにいるの。いつ、帰って来たの。それとも、ただ立ち寄っただけ?たくさん聞きたいことがあるのに。言葉にならなかた。

「あー…ひさしぶり」

気まずそうにぽりぽり頬をかく十代。変わってない。困ったときの癖。変わってしまったように見えたから、だから、変わっていないところにどうしようもなく安心する。

「………どうして、ここに?」

「久しぶりの日本だからさ、少しくらい実家に顔出したり、みんなに会ったりしようと思ったんだけど……」

時間も遅くなってしまったので適当なビジネスホテルに泊まろうとしていた、と説明する十代が、本当にわたしの目の前にいるのかわからない。これは夢なのではないだろうか。それとも、実はわたしも相当酔っているのだろうか。クリクリ〜と突然現れたハネクリボーが十代の肩あたりからわたしに向かって飛んでくる。

「あ、おい相棒!」

実体化しているわけではないから他の人には見えないし、わたしたちでも触れない。それでもハネクリボーの姿を確認してようやく、目の前にいるのが本物の十代なのだと確信できた。

「かえって、きたの?」

一番聞きたかったことだった。ねえ十代。わたし、わたしの気持ちは、変わってないよ。

「……ああ。帰って、きたぜ」

私から少し距離を空けて立つ十代と、視線が合う。電流が走ったように身体が震えた。ぐ、と手を握り締めて、唇を噛む。そうしないと、何かが溢れてしまいそうだった。みょうじさん、二次会行くけど、どうする?職場の同僚が遠慮がちに十代と見つめ合うわたしに声をかけた。ハッとして、十代から視線を逸らす。周りの職場の人は、なんだなんだと言いたげな視線をこちらに向けている。本当は、二次会なんて行ってる場合じゃない。だって、待っててくれなんて言えない、と言った十代を、わたしは本当は、ずっと待っていた。いつか迎えに来てくれるんじゃないかと。十代は帰って来た。わたしは、まだ十代が好き。もし、十代がわたしと同じ気持ちでいてくれたのなら。だけど今それを確かめる勇気はわたしにはなかった。二次会だって、顔を出さないわけにはいかない。高校生だったあの頃とはちがって、わたしはもう、大人なのだから。でも、今ここで十代に出会えたことが、偶然じゃなければ?もしこれが運命なのならば、手放したくない。同僚にちょっと待って、と伝えて、状況を察したのか、立ち去ろうとする十代を引きとめる。

「か、書くもの!書くもの貸して!」

十代は戸惑いながら、持っていたカバンから油性のマジックとスケッチブックを取りだした。なんでこんなものを持っているんだろう、と思ったけれど、スケッチブックをめくると、ヒッチハイクに使ったであろう痕跡が見られた。あんなに勉強ができなかった十代が、言葉の通じない場所で生きていくために考えた結果なのだろう。なんとなく生きてきたわたしとは、ちがう。油性マジックのキャップを外して、十代のスケッチブックではなく十代の右の手のひらにマジックを走らせる。おい、と止めようとする十代を無視して、11ケタの数字を書きこんだ。

「わたしの電話番号。あとで、連絡して」

「オレ携帯持ってないんだけど…」

「公衆電話くらい使えるでしょ!」

借りたマジックとスケッチブックを十代に押し付けて、約束だからね、と念を押した。十代は、わたしとの約束を破らないって、知ってる。だから旅立つときになんの約束もしてくれなかったし、させてくれなかった。ごめんね。ずるいよね。だけど、十代は帰って来たから。きっと、何年経っても、わたしたちがどれだけ変わっても、わたしは何度でも十代を好きになる。後悔だけは、したくない。まだ何か言いたそうな十代を置いて同僚とその場を離れた。いいの?と聞かれて、曖昧に笑う。よくない。本当は何も考えずに、十代を引っ張って、話がしたかった。電話番号を無理やり残したけれど、電話がかかってこなかったらどうしようって思ってる。でもそれ以上に、これ以上十代と一緒にいたら、自分がどうなるのかわからなくてこわい。そんな気持ちを隠すように二次会ではいつもよりもハイペースでお酒を煽る。7年も会っていなかったのに、わたしを置いていったひとなのに、あんなに、引きつけられるとは思っていなかった。二次会が終わって、少しふらつく足元を同僚に心配されながらも駅に向かって歩く。もうすぐ終電の時間だから、みんなちょっと急ぎ足だ。そんな時、わたしのポケットに入っている携帯が、震えた。画面を確認すると知らない番号からの着信を知らせている。もしかして。立ち止まって、震える手で通話ボタンを押す。

「……もしもし」

「……もしもし。十代だけど」

体温が急上昇するのを感じた。どうしたの?と聞いてくる同僚たちに先に行って、とジェスチャーだけで促す。終電まで、あとどのくらいだろうか。

「明日にしようと思ってたんだけど、おまえオレの利き手にマジックで書くから。書き写すのも難しいし、このままだと消えちゃうだろ」

ちょっと掠れた十代の声が耳元に直接響く。消えちゃうからって、電話してくれた。そのまま放置したって、よかったのに。さっき十代はこの付近のホテルに泊まると言っていた。何を言えばいいかわからないのか、十代が、あー、とか無意味な声を出す。それすらも、たまらなかった。

「今から、いく」

「は?でもおまえ、終電」

「いい。そんなの、どうでもいい」

会いたい、と震える声で伝えると、少しの間黙りこんだ十代が、宿泊しているホテルの名前と、部屋番号を口にした。ねえ、十代も、わたしと同じ気持ちだって、そう思っていいの?酔ってふらつく足を叱咤して駆け出す。なりふりなんて、かまっていられなかった。今は、十代に会いたい。それしか、ない。会って何を話せばいいのかなんてわからない。ホテルについて、部屋から出てきた十代の腕に飛び込む。ただ、抱き返してくれる腕。それだけが、答えだった。ねえ十代、わたし本当は、7年前からずっとわかってたんだよ。わたしには十代しかいないし、十代にはわたししかいないって。少し寂れたビジネスホテルで、十代がなんだよそれ、と昔よりも少し大人な顔で笑った。

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