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「話したいことがあるんだ」

泣きやんだわたしに、迅くんが真剣な顔をしてそう言った。2週間前のことだろうか。泣きはらしたせいでちょっとボーッとする頭のまま、頷く。わたしも、迅くんとちゃんと話さなきゃいけないと思うから。

「まず、この後、なまえの近界民に襲われた記憶と、今ここにいる記憶は消去されることになる」

「えっ」

話の始まりからなんだか壮絶で、ついていくのが難しかった。しかし、それがボーダーのルールであり、機密保持のためだと言われてしまえば反論はできない。でも、だったら話をするのは後の方がいいんじゃないだろうか。どのくらい記憶が消されるのかわたしはわからないけれど、せっかく話して仲直りしても、わたしは覚えていられないのなら、迅くんにとって無駄な時間になってしまうだろう。だけど迅くんは首を横に振って、後では話せないことも今なら話せるから、と苦笑した。大学に進学せずにボーダー一本で生活している迅くんのことだ、きっと機密事項がたくさんあるのだろう。一般人のわたしには話せないようなことがたくさん。それも全て一回話さなければ気が済まないと言うのであれば、わたしに拒絶する理由はない。信じられない話だと思うけど、と前置きして迅くんが話始めたことは、確かににわかには信じがたいことばかりだった。副作用と呼ばれる力。迅くんは、未来を視ることのできる能力を持っていること。育ての親である師匠が亡くなって、ボーダー隊員が使っている特殊な武器になってしまったこと。可能性のある複数の未来から、迅くんが未来を選びとっていること。その中で、迅くんが選ばなかったことにより助けられなかった命があること。

「だからおれは、もしたくさんの人か、なまえか、選ばなきゃならない時が来たら、なまえを選ぶことはできない」

それなら、最初から特別な関係になんてならない方がいい。一番に大切にすることなんて、できないから。そう言う迅くんは、未来が視えてしまうことで、今までどれだけのものを選んで、選べなかったものに心を痛めてきたのだろうか。ずっとわたしと曖昧な関係のままでいたのも、必要以上に触れなかったのも、全部そのせいだったのだろう。思い返せば、何も言っていないのにわたしのバイト終わりに迎えに来てくれたり、迅くんに話していないまるで知っていたかのように話したり、心当たりがちらほらとあった。きっと視えてしまうばかりに、見捨ててしまった、自分のせいで怪我をさせてしまった、そんな思いが迅くんは人一倍強いのだろう。そんなところを見せたくなくて、わたしにボーダーに関わらないようにと言っていたのだ。いつもへらへら笑って、隠して。そういうところを見せたくないのなら最初から距離をとってくれたらいいのに、手を繋いだり、会いに来てくれたり、迅くんは矛盾ばっかりだ。

「馬鹿だなぁ」

でも、世界一かっこよくて、情けなくて、頼りになって、矛盾ばっかりの迅くんが、わたしは。

「ただ、好きって言ってくれれば、それでいいんだよ」

一番にできないとか、そういうのはどうでもいい。迅くんがわたしを好きで、わたしが迅くんを好きで、それだけでいいじゃないか。守らなければならないものがたくさんある迅くんは、わたしよりも優先するべきものがあるのだろう。でも、わたしよりも優先しなくちゃいけないものがあっても、迅くんがわたしのことを好きだと、そう言ってくれるだけで、わたしは十分過ぎるほどに幸せなのだ。泣きそうな顔をする迅くんの両手を握る。迅くんがわたしのことをどう思ってるかは、今の話で十分伝わってきた。それでもやっぱりちゃんと聞きたくて。

「ねえ迅くん、わたしのこと、好き?」

わたしの問いかけに一瞬沈黙して、悩むようにした迅くんをじっと見つめると、迅くんは観念したように苦笑した。

「……好きだよ」

「うん、わたしも、迅くんが好き」

ずっと聞きたかった言葉を、3年越しに聞けて、ゆるむ頬をそのままに、ぎゅ、と握った両手に力を込めた。痛いよ、と文句を言いつつも、迅くんがわたしの手を振りほどく気配はない。

「迅くんがなんにも言わないで、全部勝手に決めちゃうからその仕返し」

「なまえに言ったって、嫌な思いさせるだけでしょ」

「迅くんがひとりで嫌な思いしてる方がよっぽど嫌なんだってば」

嵐山くんも迅くんのこと心配してたよ。なんでこういう時に他の男の名前出すかな。やわらかくなった空気に、くすくすと笑い声が漏れる。あとで嵐山に謝らなきゃな、とぼやく迅くんも大概嵐山くんのこと好きだと思うけど。ずっと遠くて、わからなかった迅くんが、今はこんなにも近い。それがうれしくて、握ったままの迅くんの手に頬を擦りよせた。それに呆れたように笑って、ゆっくり手を解いてわたしの頬に手を当てた迅くんの顔が、ゆっくりと近づいてきて、そして重なる。あの時はあんなに悲しかったのに、今は幸せでいっぱいだった。照れたように笑って、迅くんの名前を呼ぶ。ねえ、迅くん。

「わたしは、今の話を忘れちゃうんでしょ。だったら、もう一度、今度は迅くんから伝えてね」

そう約束したところで、部屋に誰かが入って来る。きっとこれからわたしは今の記憶を消されてしまうのだろう。だけど後悔なんてないし、迅くんのことだから覚えてないわたしにも、ちゃんと向き合ってくれるだろうと、信じられる。そうして、少しずつわたしの意識は沈んでいった。

 * * *

迅くんと2週間も顔を合わせていないし、嵐山くんにも酷い態度をとってしまった。その上体調が悪くて昨日のバイトを欠勤してしまったなんて、最近のわたしはついてなさすぎる。どこかで転んでしまったようで足や手に擦り傷ができてしまったし、絆創膏を貼っていたらまるで小学生のようだ。憂鬱な気分で大学に行く支度を始める。せめて気分を上げるために朝ご飯はどこかのカフェでとろうと、化粧をして、服を着替え終わった時だった。家のチャイムが鳴らされて、何か宅急便が届く予定でもあっただろうか、と首を傾げながらドアを開く。

「まーた確認せずに開けたでしょ」

開けたドアから顔をのぞかせたのは、先日酷い喧嘩をしたはずの迅くんだった。最後に見た時は、あんなに酷い顔をしていたのに、今日はなんだかすっきりした顔をしている。心なしか嬉しそうな様子の迅くんに、先日のことからまだ心にわだかまりが残っているわたしは、何の用、と冷たく吐き捨てた。なかったことになんて、したくない。

「話があるんだ」

そう言って迅くんは、わたしの頬に触れる。優しく撫でられて、くすぐったさに身をよじった。迅くんからそういう風に触られるのは初めてで、困惑を隠せない。そんなわたしを見て笑った迅くんは、おもむろに口を開き、そして。

「おれ、なまえが好きだよ」

わたしがずっと、言ってほしかった言葉をくれる。まるで、夢みたいで、大きく開いた目からぽろぽろと勝手に涙が零れ落ちた。

「待たせてごめん。これからもずっと、おれの傍にいてくれない?」

答えなんて、最初から決まってる。いつか、いつかとずっと思っていた。勢いよく、迅くんに抱きつく。ふらつく様子もなくしっかりとわたしを受け止めて抱きしめ返してくれる迅くんに、すき、と伝えると、迅くんは今までで一番嬉しそうに笑ってくれた。

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