中編 | ナノ
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「あー!迅さんだ!」

観たい映画があるんだよね、とぽろりとこぼしたら、じゃあ行こっか、と軽く言った迅くんに手を握られて映画館に向かっている時だった。元気な声が、迅くんを呼びとめる。その瞬間にぱっと離された手。

「おお、駿。今日も元気だなー」

迅さん、迅さん、と迅くんのまわりをくるくる回る中学生くらいの男の子。どうやら迅くんの知り合いのようだけど、ボーダーの関係者だろうか。迅くんの後ろでその様子を眺めていると、おい緑川!とばたばた駆けてくる足音。高校生くらいの男の子がふたりと、その後ろからゆっくり歩いてくる男の人。最後の男の人だけは、大学で見たことがあった。滅多に大学に来ていないらしいけど、たまたま見かけた時に嵐山くんがあの人もボーダーだと教えてくれた。

「出水に米屋、太刀川さんまでどうしたの」

手を離される直前、よみのがした、って迅くんが呟いたように聞こえたけど、あれは一体なんだったのだろうか。へらへらと笑った迅くんが、わたしから彼らが見えないようにさりげなく立ち位置を変える。前から迅くんはわたしにボーダーの関係者とあまり関わらせたがらなかったから、その行動にも別に文句を言うことはないのだが、やっぱり少し寂しいとは思う。嵐山くんや柿崎くんは同じ学校だったし、特に嵐山くんは同じクラスになることも多かったから今でも顔を合わせればお話する関係ではあるから、迅くんとの話題に出てくることも少なくないが、それ以外のボーダーの話が迅くんから出てくることはまずない。長くなりそうならば、席を外して適当なお店に入ってしまうところなのだけど。最初に迅くんに駆け寄ってきた男の子が迅くんにへばりついていて、これはもうだめかな、そう判断して足を半歩引いた時だった。不意に大学で見たことある人と目が合う。そして間髪いれずに楽しそうに歪んだ口元。

「んで?そっちは?おまえの彼女か?」

「えっ迅さんの彼女!?」

指差されたことで、他の3人からの視線もわたしに集中してしまった。物珍しそうな視線に晒されて萎縮してしまう。迅さんの彼女、と言いながら興味津々に見てくる彼らを、迅くんがやめて、と制した。

「ただの友達だよ。付き合ってないし、予定もない」

ガツン、と頭を思い切り殴られた気分だった。付き合ってない。それは紛うことなき事実であるし、恋人でなければわたしと迅くんの関係は友達ということになるのだろう。でも、付き合う予定もないって。迅くんは、そういうつもりもない女の子の家に上がったり、手を繋いで歩いたりするの。今の関係は今の関係のままでいい。迅くんが今恋人としてわたしの傍にいたくないのなら、それでいいと思ってた。だけど、じゃあ。わたしはずっと迅くんを好きなまま、この距離感を維持し続けなければいけないのだろうか。

「……迅くん、わたしやっぱり今日は帰る」

くい、と迅くんの服を引っ張って、用件だけ告げる。迅くんは微かに目を見開いて、えっ、と零した。

「映画観に行くんだろ?」

「今日はなんかDVD借りて家で観ようかなって」

「じゃあおれも行くよ」

「ううん、迅くん忙しそうだし」

食い下がる迅くんを拒否すると、迅くんは納得いかなそうに黙り込んだ。高校生くらいの子たちが気まずそうな顔をしているので、その場の人たちに軽く頭を下げて、迅くんとふたりで歩いてきた道を今度はひとりで歩き始める。ちょっとあからさまだったかもしれない。大人げない行動を反省するものの、後悔はない。

「悪いな〜迅、邪魔したか?」

「………太刀川さんって本当に性格悪いよね」

そんな声を聞きながら、足早にその場を立ち去る。正直そういう気分ではなかったけれど、迅くんに言った手前、家への帰り道にあるレンタルDVDショップに寄ることにした。本当は今日は話題のアメコミ映画を観ようと思っていたから、その過去作を観ようか、恋愛物を観るのもいいかもしれない。でも、やっぱり気分は重いままだから、気分が明るくなるような、笑えるようなものも観たい気がする。

「何観るの?」

適当にお店をぶらぶらしている時に、背後からかけられた声に勢いよく振り返る。声でわかっていたけど、そこには先程別れたはずの迅くんが棚にもたれかかって立っていた。どうして。そう思ったのが顔に出ていたのだろうか。迅くんが苦笑しながらわたしの方へ歩いてくる。

「あのままひとりにする訳ないでしょ」

「……あの人たち、いいの?」

「おれはもともと今日はなまえとふたりで過ごす予定だったんだから、邪魔なのは太刀川さんたちの方」

太刀川さん、とはあの大学生の人だっただろうか。そう言えば迅くんと初めてちゃんと話した時も、太刀川さんにぼんち揚げを食べられた、と言っていた気がする。3年も前から、ということは、きっととても仲がいい相手なのだろう。迅くんが嵐山くん以外と親しげに話しているところってあまり見ないから、なんとなく新鮮だった。さっきは気まずかったよな、ごめんな。なんて、まるでわたしが、知らない人たちに囲まれて気分を害した、みたいな言い方をする迅くんは、ずるい。そうじゃないこと、きっとわかってるはずなのに。それでも、迅くんがわたしを追いかけてきてくれたことがうれしいから、わたしは迅くんに反論することもなく、もういいよ、とすべて呑み込んで迅くんが欲している答えを返した。

「どうする?今からなら、まだ映画いけるよ?」

「ううん。今日はDVDでいい」

だけど、やっぱりちょっと怒ってはいるから、嫌がらせのように迅くんが絶対好きじゃないDVDを借りていってやろうとは思うけれど。プリキュアの映画を手に取ったら止められたので、ライダーで妥協することにした。それでも迅くんは微妙な顔をしていたけれど、今日はさすがにわたしに悪いと思っているらしい。レンタル料金も迅くんが支払ってくれた。いつもなら躍起になって自分で払おうとするところだけど、今日は何も言わなかった。レンタルショップからの帰り道、今度また改めて、映画行くの付き合ってね。そう言うと迅くん少し笑って、またわたしの手をとった。迅くんの中でそこにどんな基準があるのかはわからないけれど、さっきは離した手を、今なら繋いでいていいらしい。わたしは、いつまでこうして迅くんの傍にいるのだろうか。

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