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「よっ」

高校生の時に始めたコンビニのバイト。大学に入ってからもずっと続けている為に、最近すっかり古株という扱いになってしまった。今日も大学が終わった後にシフトが入っていて、いらっしゃいませ、と無理やり上げた口角で対応していたせいで頬の筋肉が引き攣りそうになるほど頑張ってきた。お客さんが来ない時の商品陳列とかは嫌いじゃないんだけどなあ。両手で酷使した頬をマッサージしながらお店の裏口から出ると、壁に寄りかかった見覚えのあり過ぎる男性がわたしに向かって手をあげた。

「なんでここにいるの、迅くん」

「一緒に飯でも食わない?って誘いに来たんだけど」

「わたしもう疲れたから寝たい」

もう22時だし、お店もあまりやってない。そしてわたしは明日一限から講義が入っている。そもそもアポなしでいきなり来られてもわたしにだって予定というものがあるのに。

「帰ってご飯も食べずに寝るのは予定とは言わないよ」

なんでご飯を食べるの面倒くさいから食べないで寝ちゃおうって考えていたのがバレているのだろうか。ほら、行くよ。渋るわたしの手を引っ張って、迅くんはどこかへと歩いていく。こんな風に突然現れるし、勝手に手を繋いで歩いてくくせに、迅くんは、わたしの恋人ではない。出会ったのは、高校1年生の時だった。同じクラスだった迅くんは、三門市を守るボーダー隊員として学校でも有名で、わたしとは遠い存在だった。仲良くなったきっかけは、わたしがバイトしているこのコンビニに迅くんがぼんち揚げを求めてやって来たことだった。残念ながら当時ぼんち揚げという商品を取り扱っておらず、ないかぁ〜と肩を落とした迅くんを引きとめたのが、迅くんとの最初の会話だったと記憶している。

「ごめんね」

「いやいや。今日は持ち歩いてた分を太刀川さんに全部食べられちゃったんだよね」

たちかわさん、とは誰かわからないけれど、きっとボーダーの人なのだろう。学校でもよくおせんべいみたいなものを食べているのを見かけていたが、あれもぼんち揚げだったのかな。

「みょうじさん、ここでバイトしてたんだ」

「う、うん。最近始めたばっかりなんだけど」

別の世界の人みたいに感じていたボーダーの迅くんとこんな風に話すなんて考えてもみなかった。

「今日もボーダー?頑張ってね」

「うん。みょうじさんもバイト頑張って」

今度こそ店を出ようとする彼を、迅くん、ともう一度名前を呼んで引き止めてしまった。どうしてなのかは、自分でもわからない。だけど、これで終わりには、したくなかったのだ。

「ぼんち揚げ、発注できるようにお願いしてみるね」

苦し紛れだったかもしれない。今日はたちかわさんという人に全部食べられてしまった、と言っていたから、今後うちの店にぼんち揚げを買いにくることはないかもしれない。そもそも新人のわたしに新しい商品を決める権限なんてないのだけれど。きょとん、とした顔をして、ありがとう、と笑った迅くんに、わたしの心は、確かに動かされたのだった。それから、店長にボーダー隊員がぼんち揚げを置いて欲しいと言っていた、と言ったらお店にぼんち揚げが置かれるようになり、迅くんはちょこちょこバイト先にもぼんち揚げを求めてやって来るようになった。学校でも話をするようになり、気づけば迅くんとの距離がどんどん縮まっていた。それこそ、3年経った今、こうして手を繋いで歩くくらいには。迅くんに連れられて辿りついたのは、ラーメン屋さんだった。そりゃ、この時間じゃやってるお店なんてほとんどないとは思ったけど、22時過ぎに女の子を連れてラーメン屋さんはちょっとデリカシーがなさすぎるのではないだろうか。ジト目で背の高い迅くんを見つめる。

「なまえもラーメン好きでしょ」

「だから迅くんはモテないんだよ」

「コラコラ。言っとくけどおれボーダーじゃモテモテだからね」

「嵐山くんより?」

「嵐山は別格」

しょうがないなあ、とあからさまなため息をついて、ラーメン屋さんの暖簾をくぐった。食べるんじゃん、と笑った迅くんは、さっきの言葉でわたしの気分を害したことに、気づいているのだろうか。本当にどんな神経していれば、わたしに、他の女の子にモテている、なんて言えるのだろう。食券の販売機の前で何食べる?とわたしに聞いてくる迅くんに、むっすりしながらチャーシュー麺、と答えると、この時間によく食うなぁ、なんて笑われる。こんな時間にラーメン屋さんに連れてきたのは迅くんですけどね。こんなあからさまに不機嫌です、とアピールしたって、迅くんはわたしに突っ込んできたりしない。まるで、見えない壁を張られているようだ。そうやって線を引かれてしまうと、わたしが踏み込んだら今の関係すら失ってしまいそうで、わたしも動けなくなってしまった。当然のようにわたしの分の食券も購入した迅くんに財布から千円札を取り出して差し出すも、受け取ってはくれない。いつものことではあるけれど、恋人でもない人にそんな毎回奢ってもらうなんて、絶対におかしい。

「おれから誘ったんだし、おれはボーダーで稼いでるから」

「わたしもバイトしてるから」

「おれがお金持ってても全部ぼんち揚げになるだけだよ」

「食生活が心配になるようなこと言わないで」

女の子は素直に奢られてる方がかわいいよ、と苦笑した迅くんがわたしの頭を撫でた。どうせわたしはかわいくないけれど。次は絶対払うからね、と念を押したら、わかったわかった、と絶対わかってない軽い返事。わたしが次、と言うのに、どれだけ緊張しているか、わかっているのだろうか。迅くんが普段、ボーダーで何やってるのかわたしは知らない。本人は実力派エリートを自称しているし、高校の時同じクラスだった縁で今も大学で時々話す嵐山くんも、迅はすごいやつだ、と言っていたから、ボーダーの中でも取り分け優秀なのも間違いないだろうけど。そんな迅くんと、わたしはいつまでこうやって会うことができるのだろうか。そんな風に考えていることを悟られないように他愛ない話をしながら、運ばれてきたラーメンを啜る。最初は迅くんとラーメンを食べるということに抵抗があったし、今でも、わたしより早く食べ終わる迅くんが、食べ終わった後にわたしを見つめてくるのは、心底やめていただきたい。迅くんの視線を感じる中、なんとかラーメンを食べ終わり、店を出る。迅くんは、ボーダーの用事が入っていない限り、いつもわたしを家まで送って行ってくれる。

「ちょっと寄ってっていい?」

「べつにいいけど…」

大学に入ってから実家とはそう遠くない場所で一人暮らしをしているのだが、迅くんがわたしの家に上がっていくのは、そう珍しいことでもなかった。いつ迅くんが来るかわからないから、といつも片づけているわたしの部屋に迅くんを通して、薬缶でお湯を沸かす。一人暮らしを始めてどれくらい経った頃からだっただろうか、我が家には、わたしが飲むことがないインスタントコーヒーが常備されるようになった。お湯を注ぐだけのものだけど、コーヒーが苦手なわたしひとりでは、絶対に減ることがない。インスタントの粉末を入れたマグカップと、紅茶のティーパックを入れたマグカップにお湯を注いで、迅くんが勝手にくつろいでいる前のテーブルに置いた。もう23時を回っているが、迅くんは明日、大丈夫なのだろうか。ちなみにわたしは早くお風呂に入って寝たい。テレビをつけると、バラエティがやっていたので、迅くんと話すこともなくただぼーっと眺めて紅茶に口をつけた。

「なまえ、もう眠い?」

「んー…ちょっとだけ」

「連れ回してごめんな」

「いつものことでしょ」

あえて言えば、店の前で立って待っているのはやめてほしいけれど。迅くんにわたしのシフトを教えた覚えはないし、いつからそこで待っていたんだろう、と思うとなんだか申し訳なくなる。迅くんはちょうどいいタイミングで現れることが多いけれど、さすがに毎回というわけではないだろう。前にそれとなく、事前に連絡してくれたら予定合わせるのに、と伝えたことがある。待たせてるのが申し訳ない、という理由もつけて。しかし迅くんは、困ったように笑うだけだった。

「おれのわがままだから、いいんだよ」

迅くんが何を言っているのか、わたしにはわからない。私がボーダーの人間だったら、わかるのだろうか。こんな時間に一人暮らしの家に上げて、ふたりきりで。歩くときに手を繋ぐような関係で。それでも迅くんは、わたしにそれ以上触れようとはしないし、何も言わない。きっと今日だってこのまま、頃合いを見計らって帰っていくのだろう。一般的に見て、とても近い関係のはずなのに、迅くんの周りの人たちの中で、わたしが一番遠くにいる。高校の時からずっとずっと、そう思っていた。

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