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▼ その後

「そういえば迅くん」

「なに?」

付き合い始めてから、迅くんはわたしの家でも遠慮なくごろごろするようになった。もしかして今まで結構気を張ってたのかな、と思うと、少し寂しくなるのと同時に今わたしの前で気を抜いた姿を見せてくれていることにうれしくなる。でも、今迅くんに聞きたいことはまったく別の話なのだ。じ、と迅くんの顔を見つめると、ぴく、と微かに迅くんの表情が変わる。

「家でごろごろしてるだけっていうのも勿体ないし、どこか出かけようか」

「うん、それはそれでいいんだけどね、聞きたいことがあるの」

「昼飯もまだだし、食べた後の方がいいんじゃない?何が食べたい?」

やたらと話を逸らそうとする迅くんに、眉間にしわを寄せる。いつもならわたしが何か言おうとしたら最後まで話を聞いてくれるのに、先ほどからわたしに話をさせないようにしてるとしか思えない。内容に心当たりがあるのだろうか。いや、まだ用件は言っていないのだからそんなわけがない。迅くん、とちょっと語気を強めて名前を呼ぶと、少し迷うように視線を彷徨わせた後で、諦めを宿した瞳がわたしの目とかち合う。

「ボーダーの女の子のお尻ってまだ触ってるの?」

「………おれ、お互いのためにその話やめた方がいいと思うんだけど」

それが答えだった。以前太刀川さんというボーダーの人に言われて、迅くんと喧嘩して、仲直りと同時に付き合い始めてから数か月。さすがに彼女のいる身で他の女性にセクハラなんて、そんなことしてる訳がない。わたしはそう信じていたし、だからこそ話を掘り返すつもりはなかった。なかったのだが。先日その太刀川さんと再び大学で遭遇したのだ。お、迅の彼女、と既視感のある呼び止められ方をして振り返ると、やる気なさげな太刀川さんがひらひらと手を振っていた。とは言えわたしはもう迅くんの彼女なのだから、何を言われても堂々としていればいい。連絡先だって迅くんが捨ててしまったわけだし、この人と関わりもなくなる。

「迅と付き合い始めたんだって?」

「……まあ、おかげさまで」

「おれのおかげだな」

「それは全力で否定したいところです」

むしろこの人のせいで迅くんと喧嘩したわけで、付き合うきっかけとしては嵐山くんのおかげと言った方が正しいだろう。いつもありがとう嵐山くん。はっはっは、と笑い声をあげる太刀川さんにはきっとわたしの声は聞こえていないのだろう。お礼なら今度レポート見せてくれればいいぜ、と言われて、この人先輩じゃなかったっけ?と首を傾げてしまった。そのあとでわたしを上から下までまじまじと見たかと思ったら、お前もう迅とヤったの?と紛うことなきセクハラ発言をされる。はぁ!?と大きな声を出しそうになったが、ぐっとこらえる。この手のタイプは大きな反応を返すとさらにつけあがってしまう。

「……それ、あなたに言う必要あります?」

「いやー。せっかく彼女できたのに他の女の尻触んのは、ヤらせてもらってないのか彼女で物足りないかのどっちかだろ?」

ぴし、とわたしの動きが止まる。まだ他の女の人のお尻を、触ってる…?少ししか関わっていないが、太刀川さんが適当な人なのはもうわかってるし、迅くんを信じるべきだ。頭ではわかっているのに、わたしの頭に呪いのようにこびりついて、そのあと太刀川さんと何を話したかもどうやって別れたのかもよく覚えていない。そして変に悩んで疑って迅くんと気まずくなるよりは、とこうやって直接聞いてみたのだが。

「………へえ、触ってるんだ」

「いや、ほら、コミュニケーションの一環というか」

「随分アグレッシブなコミュニケーションだね」

迅くんを見る目が思い切り冷たくなった自覚がある。それに比例するように迅くんが気まずそうに冷や汗をかいていた。視線をうろつかせて、どうすればわたしを宥められるのかを考えているようだ。

「迅くんはわたしじゃ満足できてなかったんだね」

「ちょっと待ってなんでそうなるの」

「太刀川さんが言ってた」

「あのひと本当に余計なことしかしないな」

くそ、と迅くんが珍しい悪態をつく。悪態つきたいのはわたしの方なのですが。彼女がいるのに他の人にセクハラするとか、普通にありえない。心底軽蔑する。しかし、迅くんと別れる、と思うことはなかった。いつも飄々としている迅くんが焦っているのを見るのは新鮮だし、不謹慎かもしれないけれど、少しかわいいと思ってしまう。わたしの名前を呼びながら伸ばされる手をぺし、と軽く叩き落とすと、迅くんがうなだれた。

「……どうしたら許してくれる?」

「迅くんを満足させてあげられないわたしのせいなんだから気にしなくていいんじゃない?」

「だからちがうって」

あ、ちょっと意地悪しすぎたかもしれない。これまでずっと迅くんに主導権を握られてきたから、わたしの一挙一動で反応する迅くんを見るのがうれしくてつい調子に乗ってしまった。わたしの部屋で向かい合わせに座って話していたのだが、黙って立ち上がって迅くんの隣に座る。こてん、と迅くんの肩に頭を預けると、迅くんがほっとしたように息を吐いた。

「迅くんのこと信じてるけどやっぱり面白くはないからこれからはやめてほしい」

「ごめん、もうしない」

「じゃあ今回はゆるしてあげる」

何か甘いもの食べたいなあ、とわざとらしく言うと、小南が美味いって言ってたどら焼き買いに行こう、と迅くんが笑った。小南さんは確か、迅くんと同じところに所属している女子高生だったはずだ。自然に迅くんの口からボーダーの人の名前が出てきて、それも前とはちがうことだなあ、と頬が緩む。じゃあお昼ご飯を食べがてら買ってこようか、と立ち上がって玄関に向かうと、迅くんが後ろからついてきた。

「……視えてても心臓によくないな」

「ん?何?」

「はは、なんでもない」

少し気になったけれど、迅くんが優しく笑てわたしの手をとったから、しょうがないから誤魔化されてあげることにした。

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