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▼ 十代と再会3

わたしたちがアカデミアに通っていた時代…。いや、それよりもずっと前から全デュエリストの憧れの存在である武藤遊戯さんから始まった空前のデュエルモンスターズブーム。今の世界では、プロのデュエリストはもはや芸能人のような扱いを受け、ファンだってたくさんつく。実際、アカデミアに通いながらプロとして活躍していたエドの人気は当時からすごいものであったし、わたしたちの同級生でも、ヨハンや万丈目なんかは雑誌やテレビで見かけることも多い。そんな世界に、飛び込んで行ったのだ、十代は。突然現れて大会で優勝を掻っ攫った十代が話題にならないはずがない。普段の十代を知る人間からはその奔放さ故に呆れた顔をされることも少なくないとはいえ、デュエルしている時の十代は、贔屓目無しに格好いい。本人はデュエル以外の仕事に良い顔しないため、他の知り合いに比べて露出は少ないものの、だからこそ高まるレア感というのだろうか。街を歩いていても十代の名前をよく聞くようになったと思う。

「……なんだよ」

「………べつに」

わたしの家にきたかと思ったら自分のデッキの調整をし始めた十代をじと目で見つめると、十代が気まずそうにわたしを見る。昔はカード触っている時はいくら視線を送っても気づかなかったのに。これも大人になったことによる変化、なのだろうか。

「おまえもうデュエルやんねーの?」

「んー…たまにやるよ」

テーブルをはさんで正面に座る十代のカードを見ながら答えると、じゃあオレとデュエルしようぜ、と想像していた通りの十代の反応。本当に趣味程度だからプロとやれるような実力なんてないのに。本当にデュエル馬鹿。十代らしいといえばらしいんだけど。十代の名前で色めきだつ女の子たちを見て、複雑な感情を覚えることも少なくない。なんでいきなり。わたしは。ずっとずっと、好きだったのに。そんなことを言ったところでどうしようもないし、十代がそういう子たちを選ぶわけでもないんだけど。学生時代からそうだった。十代の周りには明日香とか、レイとか、素敵な女の子が集まる。女の子だけじゃない。十代に惹かれて集まっていた人はたくさんいた。わたしもそのひとりだったのだから。でもきっと、その中で、一番汚い気持ちを抱いていたのは、わたしだ。だって、親友である明日香や、いきなり現れて十代と意気投合してずっと一緒にいたヨハンにすら嫉妬していたのだから。十代がそういう気持ちに疎いことなんて、当然知っていたけれど、もやもやした感情をひとりで飲み込むというのは、しんどいことだった。だからこそ、わたしは。十代とデュエルすることがこわい。デュエルで全力をぶつけ合ったら、わたしの気持ちが全部、十代に伝わってしまう気がする。やだ、と十代のデュエルの誘いを拒否すると、十代は不満そうに唇を尖らせた。

「ね、十代」

「ん?」

「となり、いってもいい?」

十代の顔を見るのは好きだ。デッキの調整をする真剣な顔も、カードを見る少し伏せた瞳も、顔にかかる前髪も。全部全部、大好き。いきなりなんだよ、と笑った十代が自分のとなりをぽんぽん、と叩くので、お行儀は悪いけど、立ち上がらずに床を這って移動する。正面から見る顔も、大好きだけど、やっぱりわたしは、わたしにしか見られない、となりからの角度が好き。すぐに触れられる、この距離が好き。近くにきたのに、もっと触りたくなる。ねえ十代。他の子たちじゃ、十代のファンの子たちじゃ、絶対に来れない距離まで、近づきたいの。わたし、十代が帰ってきてくれただけで幸せだって、そう思っていたのに。十代が近くにいたら、もっともっとって思ってる。我慢できなくて、ぎゅう、と十代の腰に、となりから抱きついた。うわ、と声を上げた十代はわたしの頭を撫でて苦笑する。

「どうしたんだよ、今日は」

「……べつに」

十代がここにいてくれて、うれしい。そして縛られるのがあんなに嫌いな十代が制約も多いプロのデュエリストになったのは、ここにいるためだってことも知っている。大好きなデュエルで、ここにいるためのお金を稼ぐため。十代にとっては天職なのだろうけど、いつか嫌になってどこかにいってしまうんじゃないかって心配になるの。それとも、十代のことを好きだっていう、他の女の子のところに行ってしまう方が早いのだろうか。

「なんか、不安?」

「十代が、どっか行っちゃいそう」

「どこも行かねーよ」

わたしの頭を梳くように撫でていた十代が、ぐしゃぐしゃと突然乱暴にかき回した。それにむっすりとして起き上がると、さっきよりもずっと近い、正面からの十代の顔。この間、結婚、という言葉が十代の口から出た時、十代の意思じゃないことはわかりきっていたから断ったけれど、でも、結婚してしまえばもしかして、ずっと十代をわたしに縛り付けておけるんじゃないかって思った。縛ったら逃げていく人だと、誰よりも知っているのに。色んな感情がないまぜになって、ぽろり、と涙がこぼれた。

「……なんで泣いてんの?」

オレの、せい?わたしを見つめる十代の目は、どこまでも優しい。いつからこんな目をするようになったのだろうか。昔、異世界で、覇王となった十代の目にうつるのが怖かった。あの、冷たい金色の瞳に射ぬかれて、わたしも所詮ただのデュエリストのひとりだと、十代にとって特別な存在なんかではないと思い知らされるのが怖かった。異世界から帰って来た十代が、わたしを拒絶する目を見るのが、怖かった。今こうして、十代はわたしだけを見ていてくれるのに、何が不安だというのだろうか。ただ首を横に振って俯くしかないわたしの顔を、自分の肩辺りに押し付けるようにして十代が抱きしめた。十代のにおいが胸いっぱいに広がる。ぎゅ、と十代の服を握りしめて、すき、と呟く。

「じゅうだいが、すきなの」

「……うん」

「ごめん、わたし、こんな…でも、すきで」

うん、うん、と何を言っているのかわからないわたしの言葉ひとつひとつに頷いてくれる十代。こんなに好きなのに、十代のそばは苦しい。十代を独り占めしたいの。デュエルとか、ファンとか、仲間とか、そういうもの全部おいて、わたしだけのものになってくれればいいのに。こんなこと言ったら困らせる。嫌われちゃうかもしれない。だけど十代は、少しの沈黙のあと、わたしを抱きしめる腕の力を強めた。

「いいよ。なまえがオレを、独り占めしろよ」

バッと、十代の腕から逃れて十代の顔を見つめる。わたしの顔は、驚愕に染まっていることだろう。だって、十代が、そんなこと言うなんて。ふたりの間にできた距離を詰めるように、ちゅ、と十代がわたしの頬に口づける。

「オレがなまえを傷つけた分にも、待たせた7年にも、まだ全然足りないだろ」

待ってたのは、わたしの勝手なのに。殊勝なことを並べてわたしを大切にしてくれようとする十代に、涙が引っこんで、今度は笑いがこみあげてくる。なんで笑うんだよ、と不満そうな十代に、思い切り抱きついた。

「いいの。十代は、そのままでいて」

十代がそんな風にわたしのことを考えてくれるだけで、うれしいから。こんなの全部わたしのわがままで、本当にすべてを捨ててしまったら、そんなのは十代じゃない。ただ、本当にわたしのわがままを聞いてくれると言うのならば、ちょっとだけでいいから、他の人よりも特別にしてほしい。それだけで、わたしは十分だから。十代はわたしの背中をぽんぽん、とあやすように叩いて、耳元に口を寄せた。

「出会ったときからずっと、なまえはオレにとって特別だよ」

本当に、どこでそんな言葉を覚えてきたんだろう。十代の背後で、ハネクリボーとユベルが呆れたように数回首を横に振っていた。

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