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▼ 続・ホワイトデー

バレンタインのお返しに、とわたしのために3日もおやつを我慢してくれた陽太郎に心をうたれ、じゃあお礼にお姉さんが美味しいものを食べさせてあげようじゃないか、と意気揚々と2人で玉狛支部を出たことが始まりだった。雷神丸を連れていきたがる陽太郎を宥めるのが一番大変だったことだけここに記しておこう。動物は飲食店に連れて行けません。何を食べたい?と聞くと、ケーキ!と言うから、どうせなら、とお子様を連れて行ってくれるひとはそうそういないだろうお洒落でケーキのおいしいカフェに陽太郎を連れて入る。

「何食べたい?」

「むむ…これはむずかしいもんだいだ」

陽太郎の目はショートケーキとチョコレートケーキを行き来している。両方食べなよ、と言いたいところだが、お子様にそんなにケーキを食べさせては玉狛のオカンことレイジさんにわたしが叱られる可能性がある。やっぱりお子様はご飯をたくさん食べて大きくなるのが一番だよ。

「じゃあわたしと半分こしよっか」

これとこれでいい?と陽太郎がさっきからずっと見ているケーキ2つを指差すと、途端に陽太郎の目がきらきらと輝きだす。

「なまえちゃんははなしがわかる!こなみとはおおちがいだな!」

喜ぶお子様はかわいいけれど小南にそれ聞かれたらあの子大人げなく怒るから本人の前では言うなよ。店員さんを呼んでケーキ2つと陽太郎のオレンジジュース、わたしのアイスティーを注文した。見るからにうきうきしている陽太郎を見るのはわたしもうれしい。

「なまえちゃん、これはもしかしてでーとなのではないか!?」

「子守りかな」

「おとことおんながふたりでケーキをたべるんだ…けっこんしてあげてもいいよ」

「イケメンになって出直してこい」

多少雑な扱いをしても玉狛支部で日々鍛えられている陽太郎には効果がないらしい。段々とめんどくさくなって陽太郎が結婚できる歳になってもわたしが結婚してなかったらね、と適当に返すと、注文した飲み物とケーキが運ばれてきた。陽太郎の前にショートケーキ、わたしの前にチョコレートケーキを置かれ、フォークを陽太郎に渡してからいただきます、と両手を合わせる。それを見て陽太郎もケーキを食べようとしていた手を止め、両手を合わせていただきます、と呟いた。こういうところは素直ないい子だなぁ。ショートケーキを食べて目を輝かせ、うまいうまいと言っている陽太郎に自分の食べているチョコレートケーキを一口大フォークにのせて差し出すと、戸惑いなく食い付き、また目を輝かせた。 そんな時、カランカラン、と古き良きドアベルが来店を知らせる音がした。それだけなら全く興味もわかないので無視していたところだが、それと同時によく知っている声が複数聞こえてきてつい視線を向けてしまう。小南と同じ制服を着たかわいい女の子が3人と、うちの高校の学ランを着た見覚えのある男3人。内2人は見たことがないほどデレっとした顔をしていた。店員さんに席に通され、男女が交互になるように座ったやつらは、そういう場によくありがちな手順で自己紹介を始めている。そう言えば、今デレっとしてる2人が先週、小南の通うお嬢様校のかわいい子たちと合コンをセッティングすることに成功した、と騒いでいたことを思い出す。かわいいこ、と言われてちょっとうらやましかったけれど、ボ ーダー内だってかなりレベルが高いだろう!オペレーターとか!那須隊とか!と思って聞いてもいないことをべらべらと自慢げに話す出水と米屋をアプリゲーをすることで完全にスルーしていたのだ。まさか今日、同じ店だなんて思わないではないか。そして出水と米屋に連れられているのがとりまるだということにも正直驚いた。合コンとかそういうのに興味があるとは思っていなかった。まあ男なら誰だってかわいい女の子が好きだよね。そして女の子たちはやはりとりまるに釘付けだった。出水も米屋もかわいそうに。合コンには自分より外見のレベルが低い子を連れていくという肉食女子の策略はこういうところから生まれたのだろう。まあ3人とも、わたしにこんな現場を見られたくはないだろう。大事な 決戦を迎えている後輩たちのためにも、なるべく見つからないように少し身を屈めてまだたくさん残っているアイスティーのストローを口に含んだ。陽太郎が食べ終わったらすぐに店を出てあげよう。そう思って正面に座っている陽太郎に視線を戻すと、そこに陽太郎の姿はなかった。え?どこにいったのあのお子様。こんなところで迷子か!?と焦って周りを見回すと、出水達の決戦場にてくてくと近づいていく陽太郎の後ろ姿を発見した。おい馬鹿おまえなにやってんだ!!気づくのが遅れたせいで止める間もなく、陽太郎は合コンをしている男女6人に話しかけた。

「やあやあみなさんおそろいで」

え?なにこの子?とざわざわする女の子たち。ぼく、どうしたの?と陽太郎と目線を合わせて尋ねる天使のような女の子もいた。対する男性陣は、よく知っているお子様の乱入に出水と米屋が固まっている。

「陽太郎…こんなところで何をやってるんだ?」

辛うじてとりまるが陽太郎に問いかけると、陽太郎は自信満々にでーとだとのたまう。おい、まさかわたしとか。子守りだって言っただろ。陽太郎ととりまるが知り合いだとわかった女の子たちが烏丸くん子供すきなの?かわいい〜。この子かわいいね〜。等と途端に色めきだす。あからさますぎないか。おだてられて陽太郎がどんどん調子に乗っていく。それに比例するように出水と米屋のテンションが下がっていくのを感じた。もう見ていられない。

「ようすけもとりまるもおれのこうはいです」

米屋ととりまるを指差して偉そうにふんぞり返る陽太郎を後ろから捕獲して抱き上げた。

「なにやってるの!なにやってるの陽太郎!!」

「なまえちゃん、とりまるとようすけといずみがいるぞ」

「わかってるよ!わかってるけどなんで話しかけにいくの!!」

陽太郎に馬鹿!!と言っても陽太郎はしつれいな〜!と怒るだけで反省する様子はない。そしてわたしを認識した瞬間に出水が怨みのこもった目でわたしを睨んでいる。おまえそれ目の前の女の子たちに見られたら一生彼女できないよ。

「ほら陽太郎、戻ってケーキ食べて帰るよ」

「なぜだ〜!おれはせんぱいとしてあいさつするのだ〜!」

もう十分しただろう。わたしに抱き上げられながらじたばたと暴れる陽太郎をこのクソガキ…!と半ギレで睨むと、子供の扱いに長けているためよく従姉妹の栞ちゃんに陽太郎の面倒を推しつけられている米屋が間に入る。

「ま、まあまあなまえさん、陽太郎も満足したら戻るから一回落ち着いて」

「いやもうほんとごめん……。後輩たちの一世一代の勝負に水を差して……!これを逃したらもう彼女なんてできないかもしれないのに」

「失礼すぎじゃね」

わたしの精一杯の謝罪は米屋の琴線に触れたらしい。陽太郎には寛大な姿勢を見せようとした米屋のこめかみに青筋が浮かんでいる。陽太郎は暴れ疲れて半泣きだった。こんなお洒落なお店で大声で泣かれるのはさすがにごめんだ。なんとかして穏便に陽太郎を連れ戻し、後輩たちには合コンに戻っていただきたい。相手の女の子たちはもはや飽きているのか、わたしの登場から微動だにしないとりまるの顔を見つめていた。

「わかった陽太郎、残ったケーキ全部食べていいから戻ろう」

「うぐ…っなまえちゃんがあーんしてくれなきゃいやだ」

「わかったわかったあーんでもなんでもしてあげるから」

ここぞとばかりに甘えやがって。ぐずっている陽太郎をあやすように背中をぽんぽんと叩いていると、突如わたしの腕からお子様の重みが消える。え、と思って陽太郎を目で探すと、いつの間にか近くに来ていたとりまるに抱えられていた。

「なまえ先輩、陽太郎とふたりでなにしてるんですか」

「はなせとりまる〜〜〜!おれはいまなまえちゃんとでーとちゅうなのだ〜〜〜!!」

「は?」

ドスのきいた声だった。およそお子様に対して向ける声ではない。ぴぎゃ、と陽太郎が固まってしまう。さっきようやく落ち着いてきたのに!

「バレンタインのお返しに陽太郎が3日もおやつを我慢してわたしにくれたから、お礼にケーキ食べさせてたの」

そこのふたりは義理チョコあげてもなにもお返しなかったけどね、と付け加えると、かわいい女の子たちにそういう印象をもたれるのが嫌なのか、慌てたようになまえさんがくれたのって大袋のチョコから数粒だろ!と叫んだ。お客様、他のお客様のご迷惑となりますので店内ではお静かにお願いいたします。

「どうせ京介だってお返ししてないだろ!」

負け惜しみなのか、道連れにしようとしているのか、出水がとりまるを指差すが、残念ながらとりまるは出水の仲間ではない。今わたしがつけているバレッタは数日前のホワイトデーにとりまるからもらったものである。とりまるが陽太郎を片手で抱いたまま、わたしのバレッタを触る。

「つけてくれてうれしいです」

「……あ、うん。せっかくもらったし」

出水が絶望的な顔をした。それはもう写真をとって太刀川さんに送りたいくらいに。京介おまえあのチョコにそんな立派なもん返したのか、という驚愕もあるようだがそもそもとりまるにあげたチョコは出水たちに投げつけたものとは別だった。どんどん気まずくなっていく場に焦り、とりあえず邪魔してごめんね、と言って陽太郎を引き取って席に戻ろうとするが、とりまるが陽太郎を離さず、出水先輩、米屋先輩、と屍のようなふたりを呼ぶ。

「俺は飯食べに行くって聞いてたんで、ちがうなら帰っていいですよね」

出水と米屋が呼んだにしてはやたらかわいい子たちだな、と思っていたら、やつら、とりまるの顔で釣ったようだ。しかもとりまるを騙して連れてきたらしい。えー!烏丸くん帰っちゃうのー!と女の子がブーイングを上げるが、とりまるは全て無視して陽太郎を片手で抱えたままわたしの背中を押し、わたしと陽太郎がもともと座っていた席へと歩き出した。そして陽太郎の口に残ったケーキを次々に詰め込んでいく。

「……いや、何をやってんのとりまる。せっかくかわいい女の子とお知り合いになるチャンスだったのに!」

「興味ないんで」

「あの子たち絶対とりまる狙いだったよ?興味ないとか言ってる場合じゃないよ?」

はぁー、と深いため息を吐いたとりまるは、陽太郎の口にケーキを突っ込む手を止めて、わたしを見た。

「俺、前からずっと好きな人がいるんで」

驚きのカミングアウトだった。氷がとけて薄くなってしまっているアイスティーを意味もなく口に含む。気づくとケーキはすべて陽太郎の口に突っ込み終わっていた。行きましょう、と声をかけて立ちあがったとりまるに続いて立ちあがり、会計を済ませる。何故かとりまるが支払おうとしていたが、わたしから陽太郎へのお礼だから、と断った。店を出ると、先程散々暴れて疲れたらしい陽太郎はとりまるに抱っこされながら眠っている。とりまるがわたしの前を歩き、玉狛への帰路をたどる。なんていうか、とても気まずい。好きな子がいるならわたしとふたりで歩いてたらよくないんじゃないの、とか、言おうとしたことが音にならずに空気に溶けていく。髪につけたバレッタの存在ばかり気になってしまう。 さっき、とりまるに触られた時、馬鹿みたいに心臓が高鳴っていた。だって、イケメンに接触されたから。いつだってわたしはそうやって予防線を張っている。とりまるがわたしを好きになってくれるわけがないから。顔がいいとかイケメンとか、何かと口にして、何かあっても傷つかないように。それでも、とりまるに好きな人がいるという事実は、わたしの胸にしこりのように残り、気分を重くさせていく。軽く震えたわたしの携帯に藁にもすがる気持ちで飛びつくと、出水からLINEが来ていた。

【京介となまえさんが店出てすぐ女の子たち帰っちゃったんだけど!!!】

うるせえ。無性に腹が立ったので一部始終を太刀川さんにLINEしてやった。次の日にはボーダー内に広まっていたので、ちょっとだけ悪いことしたかな、と思ったが、反省はしていない。


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