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▼ if 迅悠一ルート1

最近、迅さんからの視線をよく感じる。もともと厄介ごとばかり連れてくる人なので、陰でこっそり疫病神と呼んでいることがバレてしまったのだろうか。ちなみに、疫病神というあだ名は風間さんに知られた際に風間さんと東さんとレイジさん、3人に揃って洒落にならんと説教されてしまったので今はもう呼んでいない。確かにちょっとおふざけが過ぎたかもしれないけどみんな迅さんに対して過保護すぎないだろうか。話が逸れてしまったが、そんな訳で迅さんからの視線は感じる。でも、何か用があるのかと思って話しかけようとすると逃げるようにいなくなってしまうのだ。最初こそはまた何かの暗躍かな、とか、まあ迅さん大学に行ってないけど実力派エリートとして忙しいもんね(笑)とか思っていたものの、それがかれこれ1ヶ月続くと、いくら心が広くて温厚なわたしでもなんだこいつ、と思う訳である。

「迅さんいる?」

借金取りも顔負けの形相で玉狛支部の扉をノックすると、おそらく勝手に扉を開けに来たであろう陽太郎が悲鳴をあげて引っ込んでしまった。お子様相手に大人げない態度だったかもしれないけれどその反応はわたしだって傷つくんだからな。陽太郎が逃げたことを不思議に思ったのか、入れ替わるように栞ちゃんが現れて、わたしの顔を見てなまえさん顔こわいよ〜?と笑って招き入れてくれる。そして迅さんがいるかを尋ねると、栞ちゃんがわたしをソファに座らせたあとでちょっと待ってね、と迅さんを呼びに行ってくれた。

「あれ〜?さっきまではいたんだけどな〜?」

ピキ、と血管が浮き出るのを感じる。わたしが来たから逃げたってことか。そうかそうか。

「栞ちゃん、お願いがあるんだけど」

「はーい!なまえさんのお願いならなんでも聞いちゃう!」

「今度迅さんと遭遇したら簀巻きにしてわたしを呼んで」

栞ちゃんが笑顔で一瞬固まってしまったので、同じ事を繰り返して言うと、わたしの頭に軽く衝撃が走る。物理的な暴力だった。もちろん栞ちゃんがそんなことをするわけがないので振り返ると、ボーダーのゴリラ代表、レイジさんが立っていた。え、わたし今ので頭もげてない?大丈夫?

「物騒なことを言うな」

「レイジさん理由も聞かず人を叩くのはよくないと思うよわたし」

「叩いてない。小突いただけだ」

「レイジさんの力をか弱い女の子のわたしと同じ天秤で測れると思わないで」

もう一発頭に振ってきそうな拳をなんとか防いで、レイジさんと栞ちゃんに最近の迅さんの奇行について説明した。ふたりならなにか知っているかもしれないし、迅さん捕獲作戦に協力してくれるかもしれない。未来予知の副作用を持っている迅さんに本気で逃げられたら、捕獲するのはツチノコを見つけるくらい難しい。わたしの話を聞いて、栞ちゃんは心当たりがないようで首を傾げるばかりだったが、レイジさんは苦虫を噛み潰したような顔をしてから深い溜め息を吐いた。

「迅のことはもう少し放っておいてやれ」

「レイジさんなにか知ってるの?」

「…………直接聞いた訳じゃない」

心当たりがあるのならそれがたとえ間違っていたとしても教えてほしいところなのだが、レイジさんは言いたくないらしく詳しくは語らないままとにかくしばらく放っておけとしか言わない。腑に落ちないけれど、本人にも逃げられてしまったし、わたしもそれ以上聞くことはできず、小南秘蔵のどら焼きだけしっかりいただいてから玉狛をあとにするしかないのだった。


* * *


「太刀川さん、しばらくっていつまでだと思います?」

「しばらくはしばらくだろ」

「だから具体的に!1週間とか1ヶ月とかあるじゃないですか!」

「んなもん本人に聞けよ」

一応わたしなりに気を遣って、迅さんが話す気になった時にすぐ話せるように隊室でアニメを観るのではなく、ラウンジでだらだらとするようにしているのだが、あれからさらに1ヶ月経っても迅さんの態度は変わらない。レイジさんにしばらくってどれくらいか聞いておけばよかった、なんて後悔してももうどうしようもないので、ラウンジで暇そうにしている太刀川さんと喋っている。しかしさすがは太刀川さん。全く参考にならない。相談するだけ無駄な人ベストオブイヤー受賞おめでとう。溜め息を吐いて太刀川さんが食べているお餅をひとつもらおうと手を伸ばすと、ぱし、とその手が突然現れた手に掴まれ、止められてしまった。

「いたいた、みょうじちゃん」

「…………は?」

そうしてどこからか颯爽と現れたのは、今現在のわたしの悩みの種、迅悠一本人だった。え?なんでこの人普通の顔してわたしの手を掴んでんの?わたしお餅食べたいんだけど。ていうかあんた絶対わたしが探し回ってたこと知ってたでしょ。よぉ、迅。わたしの胸中なんて知らない太刀川さんが呑気にお餅を食べながら手を上げた。それにへらっと笑って挨拶を返した迅さんは、わたしの手を離して太刀川さんのお餅を遠ざけてみせる。

「ちょっと、何するんですか」

「それはちょーっとよろしくないと思うよ」

「わたしが太刀川さんのお餅を食べようが、わたしから逃げ回ってた迅さんには関係なくないですか!」

「おいみょうじお前おれの餅食おうとしてたのか。やらねえよ」

「太刀川さんは引っ込んでてください!」

太刀川さんがいては話にならない。そう判断して、迅さんの腕を今度はわたしが掴んで、来て下さい、と引っ張った。そうして辿り着いたのはボーダーの屋上で、そういえば迅さんいつも高いところにいるよな、とどうでもいいことが頭を過る。しかしこんなチャンスが次いつ来るかわからない。頭をぶんぶんと振って、それで、と切り出した。

「ここ数ヶ月の意味不明な行動はどういうことなんですか」

「みょうじちゃん基本的に人に興味ないのに気づくなんて珍しいよね」

「そりゃあんだけ見られてたのにあんだけ避けられればね!!いくらなんでも気になるよね!!!」

ここ数ヶ月のことだけでわたしは苛々しているのに、さらに喧嘩を売ってくる迅さんに剣幕で詰め寄ると、迅さんはまあまあ、とわたしの肩を叩いて事情を説明し始めた。

「みょうじちゃんがどんどん太ってく未来が見えたから、その未来を回避してあげようとこの実力派エリートが駆け回ってたって訳」

本当のこと直接言ったら怒るでしょ?と肩を竦めてなんともなさげに言う迅さんを半目で見つめ続けると、迅さんは負けじとへらへら笑うだけだった。へえ、そう。わたしが太ったらかわいそうだと思ってね。へえ。すごい余計なお世話である。避けていたのは、わたしがそれを知らない方がわたしが太る未来を避けられるからだとくるくる回る舌が紡いでいくのを見続けた。ようやく迅さんの口が閉じられて、説明は終わったとばかりに立ち去ろうとする迅さんの腕を再び掴んで止める。なんで自分の言いたいことだけ言っていなくなろうとしてるの?わたしにだって言いたいことがある。そう、たくさんあるのだ。でも、そういうの全て置いておいて、まず。

「…………迅さん、嘘へたですよね」

さすがに今のが本当のことではないことくらい、わたしだってわかる。迅さんの顔から笑顔が消えた。陽太郎の方がまだ嘘が上手なんじゃないですか?と煽るように言うと、今度は迅さんの眉間に僅かに皺が寄る。

「言っときますけど、迅さんの嘘で騙されるのなんて小南と陽太郎くらいなんですからね」

「………みょうじちゃんは陽太郎たちとちがって純粋な心が欠如してるんじゃない?」

「そんなに喧嘩売りたいって言うなら買いますけど」

嘘吐いてもいいことないですし早くゲロっちゃいましょ?ほら、吐いたら楽になりますよ。なんならカツ丼でもつけましょうか。今度はわたしの舌がくるくると回る番だった。わたしの勢いに押されて迅さんが後ずさる分距離を詰め、気づけば壁にぶち当たった迅さんとの距離がとても近くなっている。迅さんは何やら慌てている様子だが、それで引いてあげるほどこの2ヶ月のストレスは軽いものではなかった。どんどん近づいていき、気づけば勢い余ってふにゅ、とわたしの胸が迅さん身体にぶつかって形を変える。あ。と思ったのもつかの間、迅さんがわたしの肩を掴んで引き剥がし、顔を背けていた。しかし、わたしからまる見えな耳は真っ赤に染まっている。

「…………わたしさすがに迅さんがそこまで童貞くさい反応するとは思ってませんでした」

「おれも自分がこんなに趣味悪いとは思ってなかったよ…」

「それどういう意味ですか。ねえちょっと迅さん」

何やら失礼なことを言ったかと思うと、頭を抱えてしゃがみこんでしまった迅さんの肩を揺らして抗議すると、その手をぎゅ、と握られて止められる。そして迅さんの瞳がわたしを射抜いた。

「おれとみょうじちゃんが近い未来で付き合うことになるっておれの副作用がいってるって言ったら、みょうじちゃんどうする?」

「……迅さんはどうしたいんですか」

わたしを試すようなことを言う迅さんに苛立ちを覚える。迅さんはふざけた人だけど、冗談を言うにしても内容を選ぶ。それに最近のこの不審な態度。その"もし"が本当の話であることくらい、迅さんと関わったことのある人だったら誰でもわかるだろう。そして本当にわたしと迅さんが付き合うことになる未来が迅さんに視えているのだとしたら、迅さんがわたしにかける言葉は、それじゃない。わたしはまず、それを視た迅さんがどうするのか。それを確かめなければならないのだ。

「副作用じゃなくて、迅さんがどうしたいのかが聞きたいです」

わたしはそれから検討します、と告げると、迅さんは本当にままならない子だよね、と眉尻を下げて笑った。

「おれは、そんな未来も悪くないかなって思うよ」

「その未来を避けるために逃げ回ってたのに?」

「ほら、みょうじちゃん色々激しいから」

「それ悪口ですからね!」

ぷんすこ、とあえて口に出して怒りをアピールして見せる。ここまで言わなきゃ本当のことを言わないし、問い詰めなかったら有耶無耶にするつもりだったであろう迅さんは、なんて面倒臭い男なのだろうか。未来なんて視えてもろくなことがないと痛感した。どうなるかわからないから挑戦してみよう、なんて思考そのものがなくなってしまっているのだろう。

「………で、みょうじちゃんはどう思う?」

「そうですねぇ……」

一息ついてから立ち上がった迅さんをじろじろと上から下まで無遠慮に眺める。迅さんとわたしが付き合うなんて、考えたこともなかった。言われた今だって、ピンとはきていない。だけど。

「迅さんみたいな面倒臭い男に付き合ってあげられるのなんて、わたしくらいじゃないですか?」

迅さんのこの面倒臭さが、不覚にも可愛いと思ってしまった時点で、きっとそういうことなのだろう。


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