▼ 黒いもさもさ2人
※隠岐くん普通校組にしてます。
もさもさとした黒髪に後ろ姿、そしてうちの学校の制服。あれ、なんで本部にいるんだろう、と首を傾げながらも、見かけたのに素通りというのも微妙な気がして声をかけることにした。これが出水とか犬飼とか太刀川さんだったら絶対声なんてかけないけれど。
「よーっすとりまる〜なんで本部にいるの〜?」
ぽん、と肩を叩いて振り返ったのは、わたしが頭に描いていた相手と違う人物だった。
「とりまるくんじゃなくてすんません」
苦笑した隠岐はトレードマークのサンバイザーをつけていなくて、なんとなくシルエットがとりまるに似ている。あえていうのであればとりまるの方がもさもさしているだろうか。しかしこれは恥ずかしい。例えるのなら先生に向かってお母さん、と言ってしまうくらい恥ずかしい。じわじわと顔に熱が集まってくるのを感じて、もういっそ開き直ってやろうとわたしは眉尻を吊り上げた。
「なんでおまえサンバイザーしてないんだよ!!」
「いやいや俺も四六時中サンバイザーつけてるわけやないですって」
「嘘つくなよ!本体だろ!!アイデンティティは大事にしろよ!!」
「なまえさん間違えて恥ずかしいから言うてもめちゃくちゃ言い過ぎとちゃいます?」
わたしの暴言がノーダメージでいなされてしまった。なんだこのスルースキル。ふしゃー、と毛を逆立てた猫のように威嚇しても、制服のポケットから何やらお菓子のようなものを取り出した隠岐が、ちっち、とまるで動物にするようにわたしの前でお菓子を揺らして見せる。お前馬鹿にしてんだろ。
「なまえさん、とりまるくんのこと大好きなんやなあ」
「誤解ですね」
「俺やとわかってたら話しかけなかったでしょ」
「そうだね。隠岐に近づいたら孕むからね」
「俺の生殖力強すぎません?」
気分を害した様子もなくテンポよく進んでいく会話に、なるほどこれはモテる、と納得する。いやもともと隠岐は嵐山さんやとりまるほどではなくてもそこそこ顔がいいし気づかいもできる男だ。その面ではくそ生意気な後輩たちの100000倍好感度は高いのだが、なんていうかそこはかとなく感じるヤバさというか。実際のことなんか知らないけれど女の噂が絶えない隠岐はわたしの警戒心を煽るには十分だった。せっかくやからちょっと話しません?と誘われて顔を顰めた。なんだそのスムーズな誘い方は。こいつ、慣れてやがる。
「ジュース奢ります」
「しょうがないなあ。ちょっとだけだよ」
先輩の威厳とは。ジュース一本でホイホイ釣られるのも後輩に奢らせるのも正直自分でどうかと思うけれど、なんとなくちょっとくらいなら付き合ってもいいかなという気分だったのだ。そもそも間違いで声をかけてしまったのはわたしだし。自販機でお茶を買ってもらって、ラウンジに移動した。ジュースでもよかったんだけどやっぱり選ばれたのは綾鷹だろう。女子ってお茶好きですよねえと言われて、適当にまあな、と返す。これがくそ生意気後輩組だったら緑茶とかババアかよ、と笑われているところである。飲み物を持って訪れたラウンジはそこそこざわついていたが、うるさいやつらはいないため、ゆっくり話ができそうだ。そう思いながら四人がけの席にふたりで座った。
「で?わたしに何か用?」
「べつに用はないですよ」
「……は?ないの?」
「なまえさん基本隊室に引きこもっとるし、伝説のポケモン見つけたみたいな気分になったんすわ」
「おい人をミュウみたいに言うな」
「なまえさんはツンツンしとるしライコウあたりとちゃいます?」
「人を髭面扱いすんのやめろ」
せめてスイクンがいい、と伝えると笑顔で黙殺された。この野郎。その後も話し上手なのか生駒隊がネタが豊富すぎるのか隠岐のテクニックなのか、ぐだぐだした話が途切れることはなく、なんとなく時間が過ぎていく。イコさんのプライベートの話とか危うく口をつけていた綾鷹を噴き出すところだった。しばらくそうしていると、隠岐が、お、と声を上げた。視線はラウンジの入口の方に向かっている。ラウンジ入口に背を向けていたので、身体を反転させて隠岐の視線を追ってみると、そこには先程わたしが隠岐と間違えてしまったとりまるの姿があった。とりまるもわたしに気付いたらしく、こちらに向かって歩いてくる。
「……珍しい組み合わせですね」
「とりまるこそうちのシマ(本部)になんか用でもあんのかコラァ?」
「出会いがしらにメンチ切ってくるのやめてください」
「なまえさんさっき間違えたんで恥ずかしいんやろ」
「おい口を閉じろ。そして隠岐は早く本体を装着しろ」
隠岐がとりまるに座るように促すと、とりまるは隠岐と向かい合って座っているわたしの隣に腰をおろした。なんていうか、黒くてもさもさした男たちに囲まれてとても居心地が悪かった。傍からみたらこれはどういう状況に見えるのだろうか。無表情で黙ったままのとりまるに、隠岐は先程と変わらない調子で話を振る。驚くことにまだ生駒隊のネタがあるらしい。主にイコさんであるが、イコさんは芸人を目指しているの?そんな全力でウケるために身体を張っているの?わたしの頭に浮かんだ疑問を余所に、生駒隊のアホな話を聞いても、はあ、としか反応を示さないとりまる。こいつの表情筋は鋼鉄で出来ているのだろうか。
「ていうかさっきから思ってたんだけど、女の子からの視線が痛い」
「えらい唐突やなぁ」
言わずと知れたモテ男とりまると女性(特定はされていない)との浮いた話が多い隠岐。ふたりが揃っているだけで視線を集めると言うのに、そこに同席しているのが悪い意味で注目を集めることはあっても、良くも悪くも普通のJKの名を欲しいままにするわたしとあっては、妬み100%の視線が突き刺さるのも無理がないだろう。勇気100%に急いでジョブチェンしてくれないだろうか。木虎や香取等、それなりに関わりがある正隊員であっても酷く敵意を向けられることがあるわたしにはC級隊員の子からの視線はもっと痛いものである。これでもみんなの憧れA級隊員なんだけどな。日頃の行いか。そうか。
「今さらそういうの気にするんですか」
「言っておくけどわたしが一部の女子から敵視されてるのはとりまるのせいだからな。わたしは!全ての女子と!仲良くしたいのに!」
「そういうこと大声で言うからでしょ」
「代わりに俺と仲良くしたらええんやないですか?」
「だから隠岐と仲良くすると孕むって聞いたから」
「誰に?」
「二宮さん」
隠岐が手で口元を隠して噴き出した。気持ちはわからないでもない。でも隠岐ととりまるがふたりでナンパに繰り出したら数十人の女の子引きつれて帰ってきそうだよね、と何気なく頭に浮かんだことを呟くと、とりまるが酷く嫌な顔をした。表情筋が珍しく動いてるけどみんなが求めているのはそうじゃないと思うよ。笑っている隠岐にやってみるか誘われて即答で拒否したとりまるは、溜め息を吐いてから腰を上げる。わたしのハーレム(仮)はもう終わりか。
「なまえ先輩、小南先輩から漫画を借りてくるように言われてるんですけど」
「あー、あの少女漫画の続きか。じゃあ隊室まで取りにきて」
小南に前貸していた少女漫画の続きが数巻たまったので貸す約束をしていたことを思い出す。なんだ、とりまるパシられてたのか。多忙なとりまるを無駄に引き止めても可哀想なので大人しく席を立った。隠岐に買ってもらった綾鷹は後少し残っているので隊室で飲むことにしよう。
「隠岐、お茶御馳走様」
「またお茶しましょ」
「気が向いたらね」
ひらひらと手を振ってラウンジを出た。最初にわたしが間違えたのが悪いとは言え、なんか酷く無駄な時間を過ごした気がしなくもない。生駒隊の事情にやたらと詳しくなってしまった。隊室で漫画を渡すと、それ丁寧にを鞄にしまったとりまるがわたしを見た。まだ何かあるのだろうか。
「何を間違えたんですか?」
「わたしその話したくない」
普通に恥ずかしいし間違っても本人に言えることじゃない。じっと見てくるとりまるを隊室から叩きだし、はっとする。わたし隠岐に口止めしてないんだけど先程の生駒隊の話のように面白おかしくネタにされてしまうのではないだろうか。今からラウンジに戻って追っかけまわして口止めしてやろうかと思ったが、やつは赤い服を着た女を追いかけて時速300Kmで走ったいう噂がある男。トリガーにもグラスホッパーがセットされている。わたしの機動では到底追いつけないだろう。もういいよ。本人の目の前で話されなければ、今さら恥の一つや二つ増えたところでなんだというのか。最期には恥の多い人生だったと言って死んでやる。後日生駒隊と遭遇した時に絶対からかわれると思って身構えたのだが、いつものようにイコさんがうるさかっただけで、わたしの恥ずかしい間違いをからかわれることはなかった。ちゃんと本体をつけた隠岐に視線をやると、隠岐が苦笑して少し首を振ったので、わたしの中の隠岐の株が急上昇した。この手慣れ具合、隠岐の女にまつわる噂は、きっと本当なのだとわたしは確信したのだった。
※ネタ募集より「SideA主で、たまたまサンバイザーしてない隠岐くんと烏丸くんを間違えて声かけてしまう」「SideAの子と隠岐と烏丸、三つ巴」