▼ デートに関する擦り合わせ
【土曜日11時に駅前で。1日予定あけといてください】
木曜日の防衛任務前、そんなメッセージがとりまるから来て、まず最初に思ったことは、なんで土曜日わたしが非番だって知ってんだこいつ。というものだった。隊室でごろごろしながらちらり、とナマエさんに視線を向けると、びく、と肩を跳ねさせたあとでへたくそな作り笑いが返ってくる。はい、犯人発見。べつに知られて困るわけではないけどなんでわたしの情報をやり取りしているのか。普通にわたしに聞けよ。ていうか非番だからといっても、他の予定が入ってる可能性とか考えないのだろうか。まさかわたし友達いないと思われているのか。はぁ、とあからさまにため息を吐いて見せる。
「いやいや!デートのお誘いでしょ!なんでそんな怒ってるの!」
「とりまるがナマエさんと手を組んでわたしの外堀を埋めに来ていることが気に入らないし手を貸してるナマエさんはもっと気に入らない」
「よ、よかれと思って…」
とりまると最近ちゃんとデートをしていないというのは事実だった。わたしは大学生になってから夜間の防衛任務に入るようにもなったし、そもそもとりまるはバイト戦士なのでボーダーの用事が入っていなければスーパーやカフェに生息している。空き時間にごはんだけ、とかはあっても丸一日一緒に過ごすのはいつぶりだろうか。しょうがないか、と諦めてナマエさんのおやつを奪い取るだけで済ませた。悲痛な声を上げるナマエさんを気にすることなく、さぁちゃんがずい、とわたしに迫って、デート服選んであげる〜とわたしの眼前で輝く笑顔を見せた。
「え〜いいよ適当で」
「なまえちゃんはね〜やっぱりスカートがいいよね〜」
「さぁちゃんわたしの声聞こえてる?」
さぁちゃんにはまったくわたしの声が届いていないようで、今日防衛任務終わったら服選んであげるね、とわたしとナマエさんの家に来る約束を無理やり取り付けられてしまった。
* * *
ひらひらとロングスカートの裾が揺れる。マキシ丈の裾を踏まないように、今日は厚底のサンダルを履いてきた。わたしの持っている服からさぁちゃんが選んでいった服に、カンカン帽。夏に差しかかっている今の季節にぴったりの装いではあるものの、露出は少なく日焼け対策もばっちりな服装である。さすがさぁちゃん。気合が入り過ぎているようにも見えないあたり完璧である。一方的に取り付けられた待ち合わせ場所につくと、既にとりまるが待っていた。いつもの迅さんのお下がりではなく、涼しげなシャツと細身のデニムを着こなしたイケメンは、あからさまではないものの周囲の視線を少なからず集めている。うわぁ、あれの隣に並ぶのか。最近はすっかりとりまると一緒にいることに慣れてきていたものの、いつもと違って気合の入った様子のとりまるを見ると、やはり2メートルくらい距離をあけて歩きたいな、と仮にも付き合っている相手に対して失礼極まりないことを考えていた。しかし気温も上がってきている中、いつまでもとりまるを待たせているわけにもいかない。とりまる、と声をかけると、その声に反応してとりまるがわたしの方を向く。そしてじろじろと不躾にわたしを上から下まで見た後、ようやく口を開いた。
「なんか今日、身長高くないですか」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
人を呼び付けておいて第一声がそれか。じとーっと睨みつけると、とりまるは無表情のまま、冗談です、と言ってわたしの手をとり歩き出した。手を繋ぐ流れが自然すぎて驚きである。どこでそんなスキル身につけてるの。
「なまえ先輩の頭の位置がいつもより高くて違和感はありますけど、これはこれでいいですね」
「その心は」
「いつもより近いですし」
「じゃあいつもとりまるが屈んで歩けばいいんじゃない」
「なんの筋トレですか」
身長が平均よりも低いのはわかっているけれど、まさかちょっと身長盛っただけでここまで言われるとは。普段からぺたんこサンダルとかヒールの低いショートブーツやスニーカーを好んで履いている弊害だろうか。久しぶりに履いた厚底サンダルはやっぱりちょっと歩きにくいし、少しの段差でもぐらぐらしてしまう。その度に手を繋いだままのとりまるが転ばないように引っ張ってくれる。
「……ごめん」
「いいですよ。かわいいですし」
「…………今どこ向かってるの」
「なまえ先輩は照れるとすぐ話題変えますよね」
「さっきからなんなのもう!!」
どっかに太刀川さんとか出水とか犬飼とかが隠れていてわたしの反応をにやにや愉しんでいるのではないかと邪推するほどにとりまるの態度が甘いことに警戒が隠せない。そりゃわたしだって手放しで褒められたら恥ずかしくもなるよ。それがたとえ特殊なフィルターがかかっていたとしても。むっつりしながらとりまるに手を引かれて歩いていると、とりまるが着きました、と突然立ち止まった。そこは、わたしにとってめちゃめちゃ覚えがあるお店の前だった。
「え?」
「予約してあるんで入りましょう」
「いやいやちょっと待ってとりまる!正気か!?」
でかでかと書かれているアニメタイトル。外から見える店内にはキャラクターの絵がそこかしこにあって、明らかに普通のお店ではないことがわかるだろう。先日から始まったわたしの好きなアニメのコラボカフェだった。非ヲタのとりまると行く場所では絶対にない。行きたいなぁ、と思っていたのだがいつも一緒に行っているさぁちゃんとはなかなかスケジュールが合わず、まだ行く予定すら出来ていなかったが、なんでとりまるがわたしの行きたがってるコラボカフェを知ってるんだ。それになんで予約方法とかまで知ってるんだ。今はまだ始まったばかりだから完全抽選制のはずなのに。
「なまえ先輩、ここに来たかったんですよね?」
「そうだよ!そうだけどさ!!とりまると来ようとかまったく思ってなかったんだけど!!!」
コラボカフェというものは大体価格設定が高めな上に美味しいとは言い難い。そんなところに非ヲタでまだ高校生な上、苦学生のとりまると一緒に来てどうすると言うのだ。情報提供をしたのはさぁちゃんかナマエさんだろうし、わたしのことを考えてくれて予約までしてくれたのは嬉しいけどもっと別のところがあったと思う。
「………ちなみに参考までに聞くけど、この後のプランは」
「………なまえ先輩の好きなアニメの映画を応援上映で観ようかと」
「バッキャロー!!!」
とりまるの胸元をぽかすかと殴る。お、応援上映って何を考えてるんだあほか。もうチケットを押さえてしまったのか聞くと、まだだと言うので、そのプランを即却下する。非ヲタの彼氏と一緒に応援上映ってどんな辱めだよ。今日はみなさんに聞いてほしいことがありまーす!なーにー?みたいな流れを全力でやるわたしとそれを無表情で見つめるとりまるを想像してすごく死にたくなった。なんでこんなお洒落してコラボカフェからの応援上映とかいうヲタク満喫コースをエンジョイしなければならないのか。
「あのねえ、別にわたしはとりまるに貢いで欲しいわけでもわたしの好きなものを好きになってほしいわけでもないの」
「べつに俺はこれといって好きなものとかないですし、なまえ先輩が喜ぶことをしたいと思ったんですけど」
「だから!だったらとりまるも一緒に楽しめるようなことにしてって言ってんでしょーが!!」
べつに無理にどこかに出かけなくてもいいし、出かけるとしてもお金がかかるようなところじゃなくていい。安く入れるような動物園とかでもとりまると一緒なら楽しめると思うし、カフェでずっとだらだら喋ってるだけでもいいじゃないか。わたしがクソヲタなのは否定しないけれど、一般的な女子並にはそれ以外のことだって興味あるし。でも、やっぱりわたしのためを想ってわざわざカフェの予約をしてくれたとりまるの気持ちを無駄にはしたくないから、とりあえず店に入って、その後のことはお店の中で話し合おう、ととりまるに促すと、無表情ながらも少しトーンの低い声で了承の返事が返ってくる。落ち込んでるのか納得していないのかどっちだよ。
「その代わり、ここは全額わたしが出す。それだけは譲らない」
「いや、でも」
「じゃなきゃ今すぐ帰る」
「……わかりました」
無理やり納得させてコラボカフェにふたりで入る。こんなイケメンと一緒にこんなところ来たことない。周囲からの視線が痛かった。だけどクソヲタの性というべきか、店内の各所にいる推しにすっかりテンションが上がってしまって、コースター目当てでドリンクやたらと頼むわ、トレーディンググッズを上限買うわでとりまるからの結局楽しんでるじゃないですか、と言いたげな視線もひたすら痛い。各種の推しもちゃんと引けて大満足で2人分の飲食の料金を支払った。お店を出てから気づいたけれど、この後どうするか決めなきゃいけなかったのに全く話し合いをしていない。
「と、とりまる!ごめん、この後…!」
慌ててとりまるの顔色を窺おうとすると、とりまるは俯いて肩を震わせている。まさか怒っているのだろうか。とりまるがせっかくわたしのことを考えてくれたのにそのプランにケチをつけて怒ったくせにしっかりエンジョイしてしまったことに。ぷるぷる震えているとりまるの顔を除き校とするが、とりまるに顔を押さえつけられて覗きこむことが出来ない。こいつもしかしなくても、めちゃくちゃ笑ってるな?時折笑い声が漏れている。ひとしきり笑い終えて、何もなかったように無表情でこちらを見るとりまるを白けた目で見つめる。わたしの行動がそんなにおかしかったか。そうか。
「この後ですけど、俺、行きたいところあります」
「もう好きにすればいいじゃん……」
再びさらっと手をとられてとりまるの誘導に従って歩き出す。さすがにもうヲタ活ではないだろうと信じている。そうしてたどり着いたのは、広々とした公園だった。子供たちが元気に走り回っている。
「わ、わたしもここで走り回れと……?」
「何言ってるんですか。この公園、あっちにじゃぶじゃぶ池があるんです」
日陰で足だけ水につけてゆっくり話しませんか。なんだか唐突に健全な高校生らしい場所が来たな、と面くらう。いや高校生なら夏なんだからプールとか海とか山とか行くかもしれない。なぜじゃぶじゃぶ池なのか。
「なまえ先輩泳げないでしょ」
「失礼なこと言うなよ。泳げるよ。溺れてると勘違いされるけど」
「それに水着っていうのもなかなかハードル高いですし」
「どういう意味だコラ」
「ここなら、そういう心配もないですし、近くでアイスとかクレープも売ってるので」
そのくらいは奢らせて下さい、と言うとりまるは先程のコラボカフェでわたしが全額支払ったことを気にしているらしい。いやわたしのものだしいいんだけどね。むしろコースターのためのドリンクファイト少なく済んでラッキーなくらいだったんだけど。ただまあここは、とりまるの気持ちを汲んであげるべきなのだろう。子供たちが遊ぶじゃぶじゃぶ池で、日陰に腰をおろし、サンダルを脱いで足をつけた。ロングスカートが水につかないように軽くたくし上げるととりまるが上げ過ぎです、と文句をつけてくる。貴様ロングスカートの暑さを知らないな。素材にもよるけど結構風を通さない上に汗をかいたり水に濡れたりすると足にまとわりついてくるんだからな。
「わたし真夏の雪だるま大作戦がいい。ポッピングシャワーとラブポーションで」
「アイス売ってるとはいいましたけどサーティーワンじゃないですからね」
隣に座ってわたしと同じように水に足をつけるとりまるにアイスをねだると一蹴される。えー、と不満気な声を上げて、じゃあタピオカー、と言うと嫌いなんじゃなかったんですか、といつかのタピオカブームの際にわたしがタピオカに並々ならぬ殺意を抱いていたことを持ち出される。結局とりまるは公園に出店しているアイスクリーム屋さんでわたしの好きそうなアイスを買って戻ってきて、それをふたりで食べながらのんびりと話をする。真夏だから暑いけど、日陰で風通しもよく水が冷たいから全然苦痛ではなかった。こんなにずっと外にいるの久しぶり泣気がする、と引きこもり全開なことを言うと、知ってます、と間髪いれず返ってくる。少しずつ陽が落ちてきて、そろそろ水はおしまいかな、と先に立ちあがって手を差しだしてくれているとりまるの手を掴んで立ち上がる。鞄に入れていたタオルハンカチで足を拭いてからサンダルを履いた。帰るにはまだ早い時間だ。
「次行くとこ、わたしが決めてもいい?」
「行きたいとこあったんですか?」
「んーん!ちょっとさ、ゲーセン行かない?」
「俺プリクラはちょっと」
「おっけープリクラ撮りたいのね任せて。ばっちり加工してあげよう」
あからさまに嫌そうなとりまるの顔を見て大笑いして、それでも着いてきてくれるとりまるとゲーセンに行き、UFOキャッチャーやマリカやらで遊ぶ。うちの隊室にマリカもハンドルのコントローラーもあるからそれはそれは壮絶なバトルを繰り広げ、最後にばっちり落書きをしたプリクラを戦利品にしてゲーセンを出た。
「……なまえ先輩、今日、楽しかったですか」
ここまで遊んだというのに、まだ最初に怒ったことを気にしているらしい。この男、意外と引きずるタイプだった。まあ大人っぽいとは言っても、まだ高校生だしなあ、なんて、大学生になってまだ数カ月のわたしが言うことではないかもしれないけど。馬鹿だなあ。当然のように繋いでいた手に、ぎゅ、と少しだけ力をこめる。
「わたしはとりまると一緒だったら、割と何しても楽しいよ」
「……じゃあ今度は一緒に体力づくりのためにマラソンしましょうか」
「とりまるのそういうとこ本当によくないと思う」
嘘ですよ、と柔らかく笑ったとりまるの横顔を見て、うれしくなってわたしもつい、ふふ、と笑いを溢すと、何いきなり笑ってるんですか、と不審顔をされる。だからおまえそういうとこな。
※ネタ募集より、「sideA主と烏丸のデート」