▼ スーツってすごいよね
二宮隊と玉狛第二と焼肉に行った翌日、防衛任務が終わって隊室に向かっていると、迅さんと緑川に遭遇した。わたしに向かって、よ、みょうじちゃん、と手を上げた迅さんは緑川と個人ランク戦をやっていたそうだ。珍しい、と思っているとそれが表情に出ていたのか、苦笑される。
「後輩たちの借りをちょっとな」
「へへーん!いいでしょー!」
「いやまったく羨ましくないけど」
「みょうじちゃんもおれとランク戦してみる?」
「冗談は日頃の行いだけにしてくれます?」
「おっと?普通に暴言だな?」
世間話の一環で三雲くんと遊真が本部に来て、里見に弓場ちゃんを紹介してもらっていたことを聞いた。次のランク戦の対策だろう。あの子たちは本当に一生懸命で努力家だから、見ている側としても応援したい気持ちになってしまう。先日も二宮さんに小言を言われたばかりだけど。ていうかわたしに言ってくれればわざわざ緑川経由で里見に約束取り付けてもらわなくても弓場ちゃんくらい紹介したのに。
「なまえちゃん先輩も防衛任務終わったならおれとランク戦しようよー!」
「わたしこれから本屋いかなきゃいけないから無理」
「本なんていつでも買えるじゃん」
やろー!やろー!とわたしの周りをぐるぐるする緑川に、ついイラッとしてしまう。いつでも買える?何を言っているんだこいつは。今日はわたしの好きな漫画の発売日で、漫画の新刊なんて、発売日当日に買わなければ意味がない。それがヲタクの宿命というやつである。
「うるせえメテオラぶつけんぞ」
「こらこらみょうじちゃん」
ぴ、と変な声を上げて迅さんの後ろに隠れた緑川を見かねてか、盾にされている迅さんがわたしを宥めようとぼんち揚げを差しだしてきた。仕方ないから受け取ってぼりぼりと音を立てて咀嚼する。初めてあった時から随分経つが、未だに緑川はわたしのメテオラが苦手なようだ。ごっくん、とかみ砕いたぼんち揚げを飲み込んだ。そろそろ本当に本屋に行かなければ。新刊を買って急いで帰って家で4回くらい読みたい。
「じゃあわたし帰ります」
「あ、みょうじちゃん。今日は商店街の本屋に行くのがおすすめ」
「あれ?特典とかないはずですけど」
「おれの副作用がそう言ってる」
「迅さんそれそろそろ恥ずかしくないですか?」
キメ顔をする迅さんに真顔で返すと、それまで迅さんの後ろにいた緑川が出てきてぎゃーぎゃー言ってくるからさっさと踵を返して退散した。書店の特典とかはないはずだけど、迅さんが言うからにはきっと何かあるのだろう。言うとおりにするのは癪だけど仕方ない。隊室で荷物を持って先帰るね、と隊員たちに声をかける。はーい、とか、おつー、とかナマエさんとさぁちゃんが適当な返事をしてくるのを半目で見つめる。お疲れ様でした、と勉強しながらも返してくれるりっちゃんを見習ってほしい。教科書の影から覗いているワンピースの単行本なんてわたしには見えてないから。なんでわざわざ隊室でまで勉強してる風にカモフラージュして漫画を読んでるのかわからないけれど、そういうところ本当にさぁちゃんの従姉妹って感じがするよね。
* * *
ほくほくと新刊を抱えてルンルンで商店街を歩く。迅さんに言われた通りの本屋に行ったけれど、特に変わったことはなかった。最近ちょっと迅さんの扱いが雑だから些細な仕返しのつもりだったのだろうか。だとしたらそこまで嫌な思いしたわけじゃないけど地味にイラッとくるな。眉間にしわを寄せて歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。なんだ、キャッチか?ナンパか?戦闘態勢を取って振り返る。
「なまえ先輩」
「……あれ、とりまる。バイト帰り?」
いつもの迅さんのお下がりを着たとりまるがそこにいた。そういえばとりまるのバイトしてるスーパーってこの先だったっけ。お疲れ、と声をかけると、ども、と短く返されて、とりまるがわたしの隣に並んで歩きだした。
「送りますよ」
「疲れてるでしょ。真っすぐ帰りなよ」
「どうせ今日食事当番なんで」
「だったら余計に早く帰ってご飯作りなよ…」
「なまえ先輩もきます?」
今の話の流れでそうくるとは思わなかった。ちらり、と手にしている本屋の袋を見て、今日はやめとく、と返す。漫画読みたいし、何より玉狛ではきっと三雲くんたちが一生懸命次のランク戦に向けて頑張っているところだろう。邪魔してしまうのはしのびない。とりまるだってこれから玉狛に行くのであれば、わたしなんて構ってないで三雲くんたちを助けてあげた方が良いだろう。三雲くんがいいこすぎて忘れがちだけど、彼はとりまるの弟子なのから。レイジさんととりまるのように三雲くんと千佳ちゃんから表情が抜け落ちないことを祈るばかりである。そっすか、と師匠ゆずりの無表情で告げたとりまるのポケットから、バイブ音が響いた。すいません、とわたしに一言断ってからとりまるが携帯を耳に当てる。おいこいつ未だにガラケーだぞ。
「どうした?修」
電話の相手は噂をすればの三雲くんのようだ。やはり二宮さんや弓場ちゃん、イコさんを相手取るとなると師匠を頼りたくなるものなのだろう。うんうん、とひとりで頷いて電話をしているとりまるにジェスチャーで帰るね、と伝える。すると、ガシッ、と突然腕を掴まれた。しかも力が強くて振りほどけない。
「わかった。ちょうど今なまえ先輩を連れてそっちに向かってる」
「おい!」
わたしさっき行かないって言ったじゃん!と言う前に三雲くんとの通話を切ったとりまるは、わたしの腕を掴んだまま方向転換して玉狛へとずるずる引きずっていく。なんでこいつこんなに力が強いのか。やっぱりゴリラの弟子になるとみんなゴリラになってしまうんだろうか。とりまるがイケメンじゃなければ通報されてもおかしくない絵面で商店街を抜け、わたしの家がどんどん遠ざかっていく。
「二宮さんの対策なら、なまえ先輩がいた方がいいでしょ」
「知ってる?わたし玉狛じゃないんだよ」
「これを機に移籍します?」
「絶対しない」
抵抗むなしく、修たちのためなんです、という言葉に押し切られ、わたしは買ったばかりの漫画を抱えて玉狛支部へと連行されることになった。だって、三雲くんたちのためって言われたら仕方ないよね。玉狛第二はかわいい。玉狛支部につくと、作戦会議をしていたらしい玉狛第二が頭を寄せて話をしていた。しかし、わたしととりまるに気づくと三雲くんがすぐに駆け寄ってきてくれる。こういうところだよ。すべての後輩たちに見習ってほしい。今日めんどくさい緑川と接したから余計に。
「すみません、よろしくお願いします」
「いや、むしろ2日連続でお邪魔してごめんね…」
「なまえセンパイも昨日焼肉行ったんだっけ」
「うん〜遊真はカゲたちとお好み焼き食べたんでしょ。上手に焼けた?」
「お好み焼きならおれに任せてくれていいよ」
「ほほう…。じゃあ今度どっちが上手に焼けるか勝負しようか」
自信ありげな遊真を見て、にこにこしてしまう。これだよこれ。昼間の緑川は一体なんだったんだというかわいさ。遊真の頭を撫でくり回すが、とくに嫌がる素振りもなくわたしの好きなようにさせてくれる。おかしいな、わたしにショタ属性はなかったはずなのに。今は一家にひとり遊真がほしい。家と隊室に置いてきたい。しばらくそうしていると、とりまるが遊真の頭を撫でるわたしの手を叩き落とした。
「……で?俺は何をすりゃいいんだ?」
「ちょっととりまるその前に先輩に言うことがあるでしょ」
「なまえ先輩、今は時間がないので後にしてもらえますか?」
「は!?」
誰のせいだと思ってる。ていうかなんでわたしは手を叩き落とされなきゃいけないの。出水たちの真似をしているのであれば即刻やめてほしい。とりまるだって中学生の時はとてもできる後輩だったのに。いくら顔がいいからって許されることと許されないことがあるからな。まあ大半は許されるのだけれど。ここもわたしが大人になるしかないだろう。わたしがとりまるに怒っていたことで、話を続けていいのか迷っている様子の三雲くんに謝って続きを促す。すると三雲くんは、訓練室でトリオン量をいじり、とりまるに仮想・二宮さんをして欲しい、と説明をした。ふむふむ。要するにとりまると二宮さんをフュージョンしてにのまるを作り、にのまると戦おうということらしい。にのまるって響きやばいな。どんなに混ぜても結局無表情ってところが何よりやばい。どっちかって言うととりまるが目つき悪くなった感じだろうか。
「俺は本職の射手じゃない。二宮さんの技術には敵わないぞ。なまえ先輩にやってもらって方がいいんじゃないか」
「いや、逆にわたしは自分の癖がついちゃってるから二宮さんの真似は難しいかな。それに二宮なまえはちょっと…」
「何を言っているのかわからないですけど不快なのでその呼び方やめてもらえます?」
「いきなり怒るのやめてくれない?」
またもわたしととりまるの間で流れる不穏な空気に、三雲くんが慌てて、記録で見つけた両攻撃のシーンがいくつかあるからそれを真似してほしい、と冷や汗をかきながら仲裁に入ってくれた。とりまるの器用さは栞ちゃんのお墨付きである。ヒュースでも二宮さん役はできるだろうが、それではヒュース自身の二宮さん対策ができないからとりまるにまわってきたのだろう。まあ、いざとなればわたしがやればいいけれど、二宮さんの戦術とわたしの戦術は違いすぎて全然違う動きをしてしまったら三雲くんたちの練習にならない。
「……なるほど。……ちょっと待て」
一考したとりまるはおもむろに携帯電話を取り出した。そういえばこいつさっき今日の夕食当番って言ってたな。誰かに代わってもらうつもりなのだろう。レイジさんだったらお邪魔しちゃおうかな。
「……おつかれさまです。すみません今日の晩メシ当番代わってもらえません?修たちの訓練に呼ばれてて……迅さんに?いや目上の人には頼みにくいでしょ」
ここまでのとりまるの言葉でもう相手がわかってしまった。絶対に小南だ。一応とりまるからしたら小南だって目上の人だっていうのに。同じことを電話の向こうで言われているのだろう。とりまるは電話口で尊敬してます、等と嘯いている。ぷんすこ怒っている小南の姿が目に浮かぶようだ。しかし結局今度当番を代わるということで納得したらしい。
「……話はついた。OKだ」
電話が切れたガラケーを畳みながら、とりまるが何事もなかったように三雲くんに向き直った。
「なまえセンパイも付き合ってよ。にのみやさんと仲良しなんでしょ」
「おっとそれは誤報だな?」
誰だ遊真にそんな嘘吹き込んだやつは。わたしはただ二宮さんと出水のトリオン馬鹿射手の集いに巻き込まれているだけだ。買ったばかりの漫画を読みたいのは山々だが、後輩に頼まれてはまあ仕方ないだろう。わたしは自分のトリガーで換装して訓練室に入った。そしてとりまるが栞ちゃん作成の二宮さんトリガーで換装をする。とは言ってもトリオン量を調整しただけでどうせいつものとりまる…。
「んんんんん!?」
「……なんですか」
なんですかってこっちのセリフだよなんだよそれは。栞ちゃん特製トリガーを使用したとりまるは、その、なんていうか。
「へへーせっかくだから隊服も二宮隊仕様にしてみましたー」
「栞ちゃんグッジョブかよ」
すぐに自分の換装を解いてスマホで連写する。二宮隊の逆にコスプレ感溢れて恥ずかしいのでは?という隊服を顔面がいい男が着るとこんな破壊力になるとは全く予想していなかった。なんかもうホストみたいじゃない?軽率に貢ぎそうにならない?やめてください、とわたしのスマホを奪おうとするとりまるが近づいてくると、ひえ、と奇声を上げてしまう。ダッシュで逃げてヒュースを盾にする。めちゃめちゃ嫌がられているがここは我慢してもらいたい。
「………なんで逃げるんですか」
「いやもう本当近づいてこないで。一定の距離を保たせて」
「なまえ先輩の口から距離を保ちたいなんて出てきたことに驚きなんですけど」
「わたしは元来パーソナルスペース激広い人間だよ!!」
もう最近はぶっ飛んだ人が多すぎてあまり関係ないけれど、これでも初対面の人に対して外面貼りつけて距離をとる人見知りなのだ。あまりなめないで欲しい。人の背中に張り付いて言うことじゃない、とヒュースに文句を言われて渋々ヒュースから離れ、遊真の背後に移動する前にとりまるに捕まる。いつもと変わらない距離なのに、直視できなくて慌てて顔を背けた。やっぱり顔がいい人というのは観賞用なのだ。普段の姿ならともかく、いつもとちがう姿についてはブロマイドやjpeg等で見れればそれでいい。むしろ生はちょっと刺激が強いので本当に勘弁してくれ。
「………なまえ先輩、こういう格好好きなんですか?」
「そりゃあな!!似合ってればスーツが嫌いな女の子はそういないだろうよ!!!」
離れろ、と一生懸命距離をとろうとしているのだがやはりゴリラ化が進んでいるのか、逆に距離を詰められていく。いやだから近いんだってば!顔が熱くなって目が合わせられない。気分はバルス直撃である。目が、目がァ…!思いっきり挙動不審なわたしをまじまじと見た後で、とりまるはぱっと手を離して三雲くんに始めるぞ、と声をかけた。な、なんだったのだろうか、今のは。はぁ〜〜と深呼吸をして、少し離れた位置からにのまると三雲くんたちの訓練を見守る。やはり二宮さんが先手をとって両攻撃をしてくると、トリオン量が勝っているヒュースであっても防ぐのが難しいようだ。両攻撃をシールド二枚でガードしていたら反撃が出来ずにジリジリ削られるだけだし、シールド一枚にして反撃しようとしたら簡単にシールドが破られてしまうだろう。うちの隊だって二宮さんを相手にするときは両攻撃を使わせないようにするか、りっちゃんやナマエさんをガードに回してわたしも両攻撃返しするか、という選択になってくる。リスク面を考えたら両攻撃を使わせないに限るのだけど。何度か繰り返した後でとりまるが三雲くんに、なぜ二宮さんの対策で1対1を想定しているのかを訊ねる。確かに二宮さんと1対1で両攻撃を受けきると考えると難しいけれど、両攻撃をしている間、一切のガードができないと考えれば、二宮さんを倒す絶好の好機に違いないのだ。この訓練は、両攻撃をしている二宮さんの隙が出来るタイミングを覚えること、そして1対1を長引かせて二宮さんの隙を持続させることを目的としているらしい。
「うちの隊のコンセプトと近い発想かな」
「そういえばみょうじ先輩の隊は小鳥遊先輩の盾の後ろからみょうじ先輩が攻撃するスタイルって聞きました」
「なまえ先輩は機動力が死んでいるからな。固定砲台の発想だ」
「優秀なタンク役がいるからねぇ」
そろそろグラスホッパーかテレポーターをセットしたらどうですか、といい加減りっちゃんには言われているけれどそれを入れるくらいならメテオラをもう一個積んだ方がいいことをあの子もわかっている。うちの隊と玉狛第二では、戦術や経験が結果を左右するランク戦は置いておいても、基本スペックだけなら玉狛第二の方が上だろうし、二宮さんとあえて1対1になって隙を作る作戦もちゃんと訓練すれば実戦で使えるだろう。ただ問題は、二宮さんが1対1の誘いに乗って来るか、だ。単独1位の二宮隊が、わざわざヒュースと1対1で撃ち合うだろうか。
「『二宮隊』はそうかもしれません。でも、『二宮さん』は乗ってくると思います」
三雲くんのやけに断定的な言葉に、とりまるが少し表情を崩して笑みを見せる。弟子の成長が喜ばしいのだろう。だけどそんなもんを見せつけられる側の気持ちになってほしい。直視できなくて慌てて視線をそらしてしまった。いつもの無表情どこ置いてきたんだよ。しかもよりにもよってそんな格好してる時に。
「何か確信があるのか?」
「確信ってほどじゃないですけど……まあ……」
「二宮さん煽り耐性低いもんね」
「それはなまえ先輩が煽ってばかりいるからじゃないですか?」
二宮さんに対してはかなり良心的に接しているつもりだったのだが、傍から見たらそうは見えないらしい。いつも虐げられているのはわたしの方だと思うんだけど。いい加減おいしいしゃぶしゃぶが食べたい。三雲くんが二宮さんが乗ってくる、と言うのは先日の焼肉の件を考えてだろうか。確かにあの時の二宮さんはやたらと好戦的だった。鳩ちゃんのことに関して、わたしはあまり関わらないようにしていたから詳しく知っているわけではないけれど、二宮さんはすぐ熱くなる。もともと沸点が高い人ではないけれど、鳩原未来に関してだけ、異常なほどに沸点が低いのだ。中学生に煽り耐性低いって言われる二宮さんって構図はめちゃめちゃ面白いけれど、それだけデリケートな問題だと考えると微妙な気持ちになってしまう。玉狛第二を応援したいということには変わらないけれど、二宮さんだっていつも何かと気にかけてくれるし。迷惑なことも多いが。
「とりまる先輩〜ゆばさんの早撃ちもやってよ」
「生駒の旋空もやってくれ。おまえならできる」
「えっじゃあ嵐山隊ごっこもやって!」
「無茶言うな」
なまえ先輩も悪乗りするのやめてください、と咎められる。とりまるなら嵐山隊の隊服きたら違和感なくボーダーの広報ができると思うんだけどなぁ。前に騒いでいたように唯我がやるよりよっぽど現実味があるのに、本人はまったく乗り気ではないらしい。
* * *
「なまえ先輩もメシ、食ってきますよね」
訓練を一通り終えて、とりまるにそう問いかけられる。連れてこられたのはいいが、わたしがしたことはちょっとした口出しくらいだった。これ、わたしがいる意味あっただろうか。そして今日の夕食当番が小南にチェンジしたということは、今晩はカレーであることが確定している。カレーかぁ…と呟くと、小南先輩に言いつけますよ、と換装を解いたいつものとりまるに言われた。スーツマジックが解かれた途端にふてぶてしさ全開である。とりまるの告げ口に怒った小南にぎゃいぎゃい言われるのも面倒だし、と夕飯を御馳走になることにした。支部にはレイジさんと林藤支部長以外が揃っていたらしく、陽太郎が短い手足でとてとてと近づいてくる。少し前にバレンタインのチョコレートをあげてから前にも増して懐かれているようだ。
「なまえちゃんのカレーだぞ!」
「ん?おぉ〜ありがとう、陽太郎」
「おい、自分の食事くらい自分で用意しろ」
わたしの分のカレーを小南から預かって運んでくれたらしい陽太郎にお礼を言うと、すかさずヒュースに文句を言われるが、わたしが頼んだわけでもないのに理不尽が過ぎると思わないのか。もう無視することにして小南のカレーを口に運ぶ。文句なしに美味しいいつもの小南のカレーだった。小南もカレー以外が作れたらいいお嫁さんになりそうなものだけど、今のままでは毎食カレーになってしまう。それどこの舞台俳優育成ゲームの監督だよ。ごはんの後もとりまるは三雲くんたちに付き合って訓練の続きらしく、わたしは時間が遅くなってしまうのでごはん食べたらお暇しよう。もぐもぐと口内の白米とカレーを咀嚼しながら、三雲くんたちの話を聞き流す。勝てるかはわからないけれど、こんなに頑張ってるのだからこの子たちにいい結果になるといいなぁ。カレーおいしいし。
「そういやあたし最終戦の解説に呼ばれたから。玉狛支部として恥ずかしくない試合しなさいよね!」
「こなみ先輩が解説……」
「大丈夫なんすか?」
遊真ととりまるは普段の小南を見ているからこその心配なのだろうが、普通にやったことあるんだけど!と小南が頬を膨らませるだけに終わる。まあA級隊員ともなればやったことない人の方が少ないだろう。わたしだってやったことあるし。ただ解説でちょっと遊び過ぎて後で関係各所からしこたま怒られたのでなかなかわたしには回ってこなくなってしまった。一部には結構好評だったんだけどな。カレーを食べ終えて食器を流しに持って行こうとすると、とりまるがわたしから食器を受け取ってくれて、なまえ先輩、と名前を呼ばれる。
「この後また修たちに付き合うので送れないんですけど…」
「そんな遅いわけじゃないし大丈夫大丈夫」
「おれ送って行こうか?」
「そっちの方が危なそうじゃないですか?」
いつも送ってもらってるわけでもないのに、申し訳なさそうなとりまるに両手を振って大丈夫なことをアピールした。名乗り出てくれた迅さんについては、暗い道を迅さんとふたりで歩くのがちょっと嫌だったのでお断りさせていただいた。え〜いいことあったでしょ?と聞いてくる迅さんに一瞬考えて、スーツのことか、と思い当たり、ありがとうございます、と迅さんの手を両手で握った。商店街の本屋に行かなければとりまるに会わなかった訳だし、さっきのスーツ姿は見れなかっただろう。今わたしのスマホにスーツのとりまるがおさめられているのはひとえに迅さんのおかげなのだ。しかしだからって送ってもらうのは別の話なので迅さんととりまるを振り切ってひとりで玉狛を出る。いざとなればトリオン体になればいい話だし、そもそも三門市は近界民が出る影響か、そういう人的な何かは起きにくい。それなのに、家についてお風呂に入った後にスマホを確認すると、とりまるから無事に家に着きましたか、という確認のメールが届いていたのだった。マメなのか心配症なのかわからないけれど、こういうのがモテる秘訣というやつなのだろう。