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▼ ホワイトデー

3月14日。ちょうど一か月前の乙女の決戦日に比べてあまり目立たないイベントではあるものの、本命に渡した乙女たちはお返しに胸を高鳴らせながら待っている日である。お返しに贈るお菓子にはひとつひとつ意味があるとか、そういうことはあまり知られていないけれど、やはり好きな人からはキャンディをもらえたらうれしいものなのだろう。義理チョコを配り歩いたわたしとしては誰がどんなお返しをくれるのか、そもそも奴らはホワイトデーという日を知っているのか。それが重要だった。去年までは。今年は、そう。渡してしまったのだ。本命チョコレートを。本命だなんて言っていないし、ついでみたいな話の流れで渡したからそんなに重く考えているとは思わないけど、もしかしたら、お礼の意味で何 かをくれたり、するかもしれない。そんなことを考えたら夜はなかなか寝付けなかった。

「みょうじちゃんハッピーホワイトデー」

「……なんでこんなところにいるんですか、迅さん」

「いやー、やっぱり明らかな義理だとしてももらったからには返さなきゃだろ?」

登校途中、わたしの通学路に立っていた不審極まりない迅さんは、そう言ってわたしに向かってぼんち揚げを袋ごと差し出した。3倍どころではない返しだがこれはもしかしなくてもぼんち揚げを布教されているのではないだろうか。ありがとうございます、と一応お礼を言って受け取ると、こっちはレイジさんからね、とクッキーの入った小袋を渡された。これが女子力(ゴリラ)である。あとは陽太郎が3日分のおやつをみょうじちゃんのために取っておいてるよ、と言う迅さんに自分で食べろって言っておいてください、と返す。お子様にそんな我慢を強いてカツアゲするなんてさすがのわたしにもできない。陽太郎、おまえは将来いい男になるよ……。

「あと一個おれからプレゼント」

「ぼんち揚げならもう大丈夫です」

「ちがうちがう。今日はきっとみょうじちゃんにとっていい日になるよ。おれの副作用がそういってる」

それだけ言い残して立ち去る迅さん。小南が迅さんの趣味は暗躍だと言っていたけれど、一歩間違えたら不審者そのものだ。学校に着くと、当真がぼんち揚げの袋を抱えたわたしを見て爆笑した。確かにぼんち揚げの袋まるまる持って登校するのはわたしもどうかと思ったけれど、そこまで笑うことはないだろう。ていうかホワイトデーのお返しという意味では当真もわたしに何か渡すべきなんだからな。

「当真からのお返しは?」

「は?あるわけねーじゃん」

「だからモテないんだよ」

「おまえもな」

単価数円のチョコレートだったけれど、それでも当真に渡してしまったことが悔やまれるレベルだった。そしてやはりというか、昼休みまでの間にわたしにチョコをたかりにきた野郎どもの中で律義にお返しを持ってきたのはゾエさんと村上、そしてとっきーと佐鳥だけだった。といってもあげたものがあげたものなので、本当にちょっとしたお菓子だったけれど、気持ちだけで十分うれしい。村上に袋に入った飴をもらった時はついドキドキしてしまった。ホワイトデーといったら飴じゃないのか?と首を傾げる村上は罪な男である。迅さんとレイジさんが用意してくれてたから、少し期待していたのだが、とりまるからは特に何もなかった。そりゃあんなかわいくない渡し方したらねえ。それにとりまるはA級隊員 で固定給プラス出来高をもらっているのに複数のバイトを掛け持ちするほどの苦学生(この言い方はちょっとちがうけど)なのだから、たくさんもらっているバレンタインチョコのお返しなんかいちいちできないだろう。べつに、落ち込んでなんかいない。バレンタインほど学校が浮足立つこともなく、普通に1日が終了する。今日は夕方から防衛任務だから、早々に席を立ち昇降口へと向かう。靴をはき替えたところで、3年生の靴箱に寄りかかって立っている影に気がついた。

「……とりまる?」

「ちょっとだけ時間いいですか」

「この後防衛任務だから、ちょっとだけなら」

ここじゃ人目が多いんで、と言うとりまるに連れられてこの時間はあまり人が通らない連絡用通路に足を運んだ。わたしに時間がないからか、手短に済ませます、と言ったとりまるは学ランのポケットから綺麗にラッピングされた包みを取り出した。

「え、これ」

「バレンタインのお返しです」

包みを開けるように促されて、慎重にラッピングを開けていく。中からは、綺麗な細工のバレッタが出てきた。わけがわからなくて何度もバレッタととりまるの顔をわたしの視線が行き来する。固まってしまって動けないわたしを見かねてか、とりまるがわたしの手からバレッタを抜き取り、わたしのハーフアップにされた髪につける。

「……似合ってます」

ぶわ、と顔に熱が集まるのを感じた。え、なんで、なんでこんな、女の子、みたいな。

「こ、こんなのもらえないよ!わたしがあげたのは余りものだし…!」

「それでも、なまえ先輩の手作りチョコをもらった男は、俺だけでしょう」

いやそうだけど!限りなく本命に近い何かだった。だけど、少なくとも友チョコとしてみんなに渡したものと同じで、お返しにこんなアクセサリーをもらえるようなものではなかったのに。

「本当は、ネックレスにしようと思ったんですけどね」

ネックレス。ホワイトデーに、ネックレスを贈る意味は、そう、たしか“あなたを束縛したい”。

「すみません、うそです」

無表情でそう言うとりまるに、限界まで赤くなっているであろうわたしの顔から、さっと血の気が引いていく。か、からかわれた……!無言で髪からバレッタを外し(その際にもう一回ちゃんと見たら悔しいほどかわいかった)、とりまるに押しつける。

「わたしにこういうの買ってからかうお金あるなら自分のために使いなよ!」

からかわれたことに拗ねていることもあるけれど、とりまるの着ている服が迅さんのお下がりだってことは知っているし、とてもじゃないけど受け取れない。とりまるはちょっと困ったようにバレッタを押しつけようとするわたしの腕を掴んだ。

「返されてもそれこそ捨てるしかなくなるんで、なまえ先輩が嫌じゃなければ使ってもらえませんか」

そんなことを言われたら、受け取るしかないじゃないか。とりまるはもう一度わたしの髪にそのバレッタをつけると、やっぱりよく似合ってます、とバレンタインにわたしがチョコレートを渡した時と同じように笑った。


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