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▼ 弟子入り事変2

※出水視点



ここのところ、なんとなく本部の空気が悪い。そう思ってるのはきっとおれだけじゃない。その原因がなまえさんと最近なまえさんの弟子になった月島なのはみんなわかってると思う。とは言っても、ふたりが喧嘩してるとかそういうんじゃないし、なまえさんが月島をいじめてるとかは誰も思ってない。そういうことする人じゃないってことはなまえさんによく絡みに行ってるおれもよく知ってるし。ただまあ、なまえさんはおれとか陽介とか緑川とか、なまえさんと同い年の先輩たちとかにめちゃめちゃ絡まれるのでそれに対する口調がキツかったり態度とか乱暴だったりするから月島みたいな女子にはちょっと怖がられたりするのではないかとは思う。でも柚宇さんとかと話してる分にはちょっとテンション高いだけで普通の人なんだけどな。かわいい女の子に嫉妬するタイプでもないし。いつもラウンジでなまえさんを待つ月島に、なまえさんの初めての弟子、ということで興味を持ったやつらが話しかけにいくのはここ最近でよく見る光景なのだが、最初の頃に比べて、月島がぽつりぽつりと悩みを零すことが増えていた。やはりなまえさんの言い方がきついとか、尊敬していることは変わらないが相性がよくないのかもしれないとか。じゃあちがうやつに教えてもらえばいいじゃん、とちょっと思ったが、そんなことを言って泣かれでもしたらおれが悲惨だ。ていうかなまえさん以上に射手の師匠に向いてる人っていないと思うけどな。おれも二宮さんも加古さんも人に教えるの向いてないし。そもそもおれや二宮さんではトリオン量の差があるからうまく教えることができないかもしれない。その点なまえさんは他の人よりトリオン量は多いけどおれたちより少ないからトリオン量に差のある相手との戦えるようにいつも考えて戦ってるし。那須があそこまでバイパーを使えるようになったのもなまえさんが面倒見てたからっていうのも少しはあると思うんだよなー。今日はなまえさんは学校の用事で遅れるとのことで、月島はラウンジでそのことを伝えに来た当真さん、通りかかったおれと陽介、緑川、荒船さんと話をしていた。待ってる間個人ランク戦とかやった方がいいんじゃねーのかな。とはいえなまえさんの弟子をラウンジでひとり放置するわけにもいかない。

「つーかさ、やっぱり女子ひとりでラウンジで待ってんのって危なくね?なまえさんとこの隊室にお邪魔させてもらえば?」

「あ、えっと…その、みなさんとても優しいんですけど、ちょっと居心地が悪くて」

全員が押し黙った。そうだよな、あそこ居心地悪いよな。こう、なまえさんたちに対する居心地のよさだけをMAXに振り切った感じあるよな。柚宇さんとかはよくあそこでごろごろしてると言っていたが。ただおれらでもできるようなゲームやってる時の居心地の良さはすごい。こたつに入ってクッションに囲まれながら菓子とジュースとゲームってどんな天国だよ。なんでいつもは乙女ゲーとかアニメとかなんだよ。

「おれ出禁くらってんだよなー」

「うっそウケる。何したの当真さん」

「みょうじに絡んでた時にサーヤさんの持ってきたDVD落として傷つけた」

「まさかの紗彩さんからの出禁」

「あのひといつもにこにこしてるのに」

「めちゃくちゃかわいいよな…見た目だけは」

なまえさんとこのオペレーター小鳥遊紗彩さん。顔面偏差値の高いボーダーのオペレーターの中でもめっちゃかわいいゆるふわ系大学生。しかしながらなまえさんを超えるオタクということもあって遠くから見るのが楽しい人だった。いつもにこにこしてて怒ってるところなんておれは見たことないが、当真さんが素直に言うことを聞いているあたり、相当やばかったのだろう。絶対怒らせんなよ、と言った当真さんは見たことのない顔をしていた。月島を放置して盛り上がっていると、月島が話題を変えるようにあの、と切り出した。

「なまえ先輩と仲良くなる方法、教えてもらえませんか」

わたし、いつもなまえ先輩を怒らせちゃうみたいで、ちゃんと仲良くなりたいんです。そう言った月島の目が少し潤んでいる。この間月島のことでなまえさんに小言を言って一触即発の空気を醸し出した荒船さんが、そんな月島に少し困ったような顔をして帽子をかぶり直す。

「みょうじの態度についてはもう慣れるしかねえかもな」

「まああれがなまえちゃん先輩のデフォルトだもんね」

「で、でも、どうしてもキツい態度をとられるのが苦手で…なまえ先輩の言ってることが正しいのもわかってるんですけど緊張して身体が固くなっちゃうんです」

いやだからそれならちがうやつに……。しかし既に半泣きの女子にそんなことおれには言えない。太刀川さんじゃあるまいし。あーだこーだ話していると、ラウンジに珍しいやつが入ってくるのが見えた。向こうもこちらに気づいたらしく、いつもの無表情で近寄ってくる。

「よう京介」

「どうも」

イケメンでかわいくない後輩の京介は、玉狛所属ということもあり、最近ではランク戦に参加することもなくなってしまったため、本部に顔をだすことは滅多にない。防衛任務がないときはアルバイトに勤しんでるし、おれも学校ですれ違うことが一番多いくらいだった。陽介や当真さんも珍しいな、と声をかけている。無駄に本部に来るようなやつでもないし、きっと何かあるんだろう。そう思って尋ねると、京介はきょろきょろとあたりを見回しながら口を開いた。

「なまえ先輩どこにいるか知ってますか」

なんと渦中の人間に用があったらしい。当真さんが月島に伝えたのと同じように、学校の用事で遅くなると伝えると、少し考え込むようにしてからそうですか、と答える。

「なまえさんとなんか約束してたのか?」

「……いえ、約束はしてないです」

約束してないのかよ。最近のなまえさんは時間が空いたら月島に付きっきりだから事前にアポとっとかないと時間とってもらえねーぞ、と伝えると、月島?と首を傾げた。そうかこいつなまえさんが弟子とったこと知らねーのか。先程までおれたちと話していた月島を指差して、こいつなまえさんの弟子、と端的に伝えると、珍しく驚いたように目を見開いて、不機嫌な表情をする。そういやこいつ入隊したばかりの時に顔がいい子だ〜!とテンション高めのなまえさんに絡まれてそのままノリで弟子にしてくれって頼んで断られてた。その後木崎さんの弟子になったんだから結果オーライとはいえ、自分が断られたのに、という気持ちだろうか。月島がちょっと緊張したように京介に自己紹介をすると、特に興味もなさそうに挨拶をかえす。おまえ顔がよくなかったらただの無愛想な男だからな。

「で、なまえさんになんの用事だったんだよ」

「………最近、何か悩んでるみたいなので」

「は?」

悩んでる?なまえさんが?月島じゃなくて?その場の全員が疑問符を頭に浮かべる。そもそも最近っていつの話で、なんでそんなことわかるんだよ。京介にそれを聞くと、学校で見たときに、と返ってくる。そして最近玉狛に遊びに来ないから小南とお子様が不満そうだとも。だからっておそらく一番忙しいおまえがわざわざくるのか。なんだかんだ言ってなまえさんと仲良いのな。本当になまえさんが悩んでるのかは知らないが、最近の変化と言ったら月島のことしかないだろう。そう思っていたら月島が自分から京介に最近おれたちによく話す内容について話し始めた。なまえさんに憧れて弟子にしてもらったこと、乱暴な言葉やキツい態度につい怯えてしまうこと、多分自分のせいでなまえさんの気分を害していること。半ば泣きながら語る月島を見下ろす京介が何を考えているのかはいつもの無表情のせいでまったくわからなかった。荒船さんがハンカチを月島に差し出した。え、荒船さんハンカチ持ち歩いてんの。男子高校生が?さすが荒船さんかよ。

「……いや、それはないだろ」

話が終わってまず京介が口にしたのは否定だった。

「ないって何がだよ」

「なまえ先輩がキツい態度をとることも乱暴な言葉を使うことも絶対にないです」

「いつも態度も口も悪ぃだろ」

荒船さんも当真さんも怪訝そうにしている。京介の中で特殊フィルターでもかかってんのかよ。

「女子に対しては絶対にしないですよ。あの人女子には優しくするのがモットーですし」

すごい説得力があった。そういえばなまえさんって女性隊員やオペレーターたちに対しておれたちから見ておまえ誰だよってくらい優しくしているし基本的でれでれだ。ナマエさんに対して以外。うちの隊室でも柚宇ちゃんはかわいいねえ、と言って柚宇さんとハグし合ってるのをよく見るし、正直おれも混ぜてほしい。確かに、月島に対しておれたちにとるような態度をとるなまえさんはまったく想像ができなかった。あれ?もしかして月島の考え過ぎか勘違いじゃねえの?月島以外みんな京介の言うことに納得してしまった。中身はともかくあんなにか弱い那須もなまえさんに見てもらってる時に月島と同じような悩みを言っているのは聞いたことないし、今でも仲が良いことを考えたら、指導中だけ厳しくなるなんてこともない。

「まあ、ちょっと月島の考え過ぎかもな」

「そ、そんなことないです!」

あー、なんだ。ちょっと心配して損した。ていうか京介すげーな。なまえさんのことめっちゃよくわかってんじゃん。しかし納得する様子のない月島が何やら言葉を重ねていると、またしても珍しい人がラウンジに入ってきた。少し前に話題に上がった紗彩さんだ。やっほ〜と笑顔で手を振る紗彩さんは今日もかわいかった。本当に中身が伴っていれば付き合ってほしいのに。

「あれ〜とりまるくんだ〜めずらしい」

「小鳥遊さんこそ珍しいですね。ひとりでラウンジにくるなんて」

「ちょっとね〜。とりまるくんはどうしたの?」

「なまえ先輩が元気ないみたいだったので少し気になって」

なまえさん以上にいつも隊室にこもるか鬼怒田さんのところにいって新作トリガーの開発をしているかの紗彩さんは隊員やオペレーターが一緒でなければなかなかラウンジに来ることはない。そして京介と話していた紗彩さんは、京介がここにいる理由を聞くとそのことね〜、と言うと月島に向き直った。こんにちは、とにこにこあいさつする紗彩さんに月島も笑顔であいさつを返す。

「わたしはあなたに話があって来たんだけどね」

なまえちゃん、返してくれない?笑顔を絶やさずに小首を傾げた紗彩さんにその場の空気が凍った。

「なまえちゃんが何も言わないからしばらく様子見てたんだけどねぇ、訓練室での態度も悪いし、やる気もないし、なまえちゃんを利用して同情を集めようとしてるみたいだし、わざわざうちの隊長じゃなくてもいいんじゃないかなって」

「なまえ先輩がそう言ったんですか……?」

「だから〜なまえちゃんはそんなこと言わないよ〜」

月島を弟子にしてから元気がなくなっていくなまえさんを見て、紗彩さんがこっそり訓練室のログを確認していたらしい。訓練室ってログ残ってんのかよ初めて聞いたんだけどそれ少なくとも誰でも見れるものじゃないだろ。いやもうこの時点で紗彩さんの圧力がすごい。ずっとにこにこしてるのにめちゃくちゃこわい。焦った様子の月島がちがうんです!と紗彩さんの言うことを否定するものの、紗彩さんはきっちりとそのログを持ってきていて、手に持っていたパソコンで再生し始めた。……うわあ。きっと一部に過ぎないその映像の中でも、月島に聞いていた話とはちがうものばかりだった。まず、一生懸命頑張っていた、とは到底見えないやる気のなさ。なまえさんがメニューを提示しても真面目にやっている様子はない。そして肝心のなまえさんは、京介の言うようにおれたちに対する態度とはまるでちがう、乱暴さのかけらもない優しさ一辺倒である。

「ね?なまえちゃん、返してくれる?」

顔を青くして泣いている月島が、嗚咽を上げながら何度も頷く。とりあえず、おれは絶対に紗彩さんだけは怒らせないことを誓った。


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