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▼ 弟子入り事変1

とってもかわいらしい女の子に突然本部で声をかけられ、弟子にしてください、と言われるなんて、だれが想像しただろうか。東さんならあるかもしれない。だって東さんだし。でも、よりにもよってわたしだ。真面目にやっている時はともかく、平時は結構だらだらしたり滅茶苦茶やったりわたしに弟子入りしようなんて物好きがいるとは。人を指導したことがないわけではない。ボーダーに入ってそれなりに長いし、A級部隊の隊長ということもあり、試合のログを見た人に師匠と弟子の関係とまではいかずともアドバイスすることはあった。ちゃんとやってるランク戦のログを見た那須ちゃんに頼まれて、那須ちゃんの入隊当初付きっきりでバイパーの指導をしていたし、うちの隊の人たちの弾トリガーについてはわたしが使い方を教えてきた。でも、弟子という弟子をとったことはない。そもそも自分のことで精いっぱいだし、指導をする時間のためにわたしの趣味の時間が削られるのは耐えられない。だから、空いてる時にちょっと見るくらいなら、という形で済ませているのだ。例によってその女の子にも弟子はとっていないこと、たまにでいいならばちょっと見てあげるくらいならできることを伝えると、その女の子の瞳がみるみるうちに潤み始める。え、泣く?こんなことで?泣き始める女の子を前に慌てるわたしは、周囲からの何やってんだよ、という視線に耐えきれず、弟子にすることを了承してしまったのだった。ようやく泣きやんだ女の子に詳しく話を聞いてみると、射手志望のC級隊員で、16歳の高校一年生。まだボーダーに入隊したばかりとのこと。月島きらりちゃんというどこぞのきらりんレボリューションのような名前の彼女は、トリオン量はそこそこ。少なくはないが多くもない。ただまあかわいいし、それなりに面倒見てある程度で独り立ちさせればいいかな。弟子という響きにちょっと憂鬱になっていたが、軽く考えることで気を紛らわせた。

「なまえさん、弟子とったってまじ?」

C級の訓練が終わったきらりちゃんとラウンジで話をしていたら、早速噂を聞きつけたらしい出水と米屋、緑川の3バカが駆け付けてきた。くっそ。余計なことばっかり首突っ込んできやがって。出水は思い切りにやにやして、なまえさんの弟子ってやべーなウケる、とでも言いたそうな表情をしている。

「………うっざ」

「なまえちゃん先輩弟子とる前にちゃんとおれとランク戦してよ!」

あ、メテオラはやだよ、と付け加えた緑川がわたしの腕を掴んでぐいぐい引っ張る。やめろ。開幕フルテンションの3人にきらりちゃんが若干引いていた。ボーダーに入隊したばかりなのにこんなバカどもに絡まれることになって申し訳なさの極みである。

「かわいい女の子がいるからって絡んでくるんじゃないよ」

「いやまじでかわいいんだけどなんでなまえさんの弟子になったわけ?」

「脅されてるんじゃね?」

「おまえらがわたしのことを日頃からどういう目で見てるかよくわかった」

緑川以外は今後の付き合い方を考えたい。軽蔑しきった目で見ても、出水と米屋はへらへらと笑うだけだった。こいつらどういう神経してんの。そんなわたしたちを見て、きらりちゃんがあわあわとしながら、出水と米屋の質問に答え始めた。

「あ、あの、わたし、なまえ先輩に憧れてて、一生懸命お願いして弟子にしてもらったんです」

「憧れる要素なくね?」

「出水く〜ん、そろそろ真面目に先輩とお話しようか〜」

なまえさんかわいい女の子に弱いよな、と米屋が呆れたようにわたしを見る。そりゃそうだろ。誰だってかわいい女の子とイケメンが好きだろ。そして緑川、そろそろわたしの腕を引っ張るのをやめろ。とにかく、わたしはこれからきらりちゃんに指導しなければならないのだ。バカどもを構っている時間はない。緑川にデコピンをひとつして、きらりちゃんに声をかけて訓練室に向かう。まず、射手志望だというきらりちゃんに、トリガーセットについて確認をした。トリオン量を考えたら出水のような弾バカにはなれないだろうから、ハウンドやバイパーを用いて戦う方がいいのではないかと思うのだが。

「なまえ先輩のトリガーセットはどうしてるんですか?」

「わたしはバイパーメインで、合成弾を使うからハウンド以外すべてをメインとサブに分けてセットしてるかな」

「じゃあ、わたしもそれで」

「え、いや、最初からフルで使うのは難しいと思うよ」

トリガーはセットするだけでトリオンを持っていかれる。わたしは出水や二宮さんほどではないもののトリオン量が多いからこのセットで戦えるけど、きらりちゃんには少々厳しいのではないだろうか。そもそも、合成弾なんてそんなほいほい撃てるものでもないし、C級のうちは試す必要すらない。基本ができないうちは教える気もないし。まずは無難に弾トリガーの中からメインで使うトリガーを決めて極めるべきだ。

「やってみなきゃわかんないじゃないですか……」

そう言って落ち込んでしまったきらりちゃんにうーん、と首を傾げた。わたしと同じトリガーセットにしてどうしたいと言うのだろうか。とりあえず妥協案として、バイパーの弾道を毎回リアルタイムで引いて使うことを提案した。わたしのトリガーはバイパーをメインに使う前提で組まれているし、その為には弾道が引けなければ話にならない。やんわりとそれを伝えて、弾道が引けるようになったら同じセットにしようと言うと、不満そうにしながらもなんとか納得してもらえた。バイパーの使い方、弾道の引き方を教えて何度か仮想訓練を行うが、まあ当然というか、全くできていない。そりゃそうだよ。ボーダーの中でもリアルタイムで弾道を引いている射手は出水と那須ちゃんとわたしだけなのだから。そんな簡単にできれば苦労はしない。しばらくはアステロイドの使い方も含めてバイパーの基礎の練習をしようね、とその日の指導を終えた。それから、防衛任務を除いた時間のほとんどをきらりちゃんの指導にとられる日々が続いた。弟子をとると言ってしまったからには覚悟していたものの、あまりにわたしの時間がなくなって、隊室でだらだらする時間もなかなか取れない。ちょっとストレスがたまってきた。しかも、回数を重ねるごとにきらりちゃんのやる気が感じられなくなっている。真面目に弾道を引こうと努力している様子も見れず、すぐにできないと音を上げるので、もうどうしたらいいのかわからない。じゃあバイパーメインにするのをやめよう、と言っても嫌がるからじゃあ勝手にしろよと思わず口から出そうだった。かわいい女の子にはそんなこと言わないけれど。きらりちゃんは小南や木虎と同じ星華に通っているとのことで、いつも待ち合わせは本人の希望でラウンジなのだが(普通校であるわたしの方が本部に着くのが早いのでうちの隊室まで来てくれ、と言ったところ緊張するから嫌ですと言われてしまった)ラウンジで3バカを始めとするボーダー隊員と話している時が一番楽しそうだ。やっぱりわたしの教え方が悪いのだろうか。弟子をとるのが初めてな上、これまで面倒みてきた人たちはみんな優秀だったり努力家だったりしたため、こういうケースを経験したことがなかったから、最近は学校でも考えることが増えた。柚宇ちゃんたちは何も言わずにいつも通り接してくれるから学校ではそこまで悩むことはないけれど。いろんな人を弟子にしている東さんはこういうことよくあるのだろうか。今度聞いてみようかな。

「なまえちゃーん、昨日のアニメの録画みよ〜」

「………あー、ごめんさぁちゃん。わたしこれからきらりちゃんの指導しなきゃ」

「またぁ〜?」

きらりちゃんが来るまでの間、隊室で準備をしていると、さぁちゃんがとても魅力的なお誘いをしてくれた。残念ながら今日はきらりちゃんがいるので無理なのだけど。むくれてもかわいいさぁちゃんに癒されつつ、ごめんね、と謝ると、今度のイベントのチケがご用意されたら許す、と言われたので死ぬ気で頑張らなければ。泣く泣くさぁちゃんと別れてラウンジに向かうと、きらりちゃんは既に到着していて、数人のA、B級隊員と話をしていた。やはり指導中は決して見ることのない笑顔を浮かべている。

「ごめんね、お待たせ」

声をかけると、その場の全員がわたしの方に視線を向けた。ていうかなんでこんなに集まってんの。暇人の集まりかよ。こんなとこにひとりで待たせたら可哀想だろ、と言ってきたのは荒船だった。は?だから隊室まで来てほしいって言ったんだけど。本人が嫌がるから仕方ないじゃないか。そりゃわたしだってかわいい女の子をラウンジでひとり待たせるなんて、変な虫がつきそうで嫌だけど、わたしにだって隊の仕事もあればきらりちゃんのための訓練メニューの組み立てもある。どうせまた隊室でだらだらしてたんだろ、と言われるのはさすがに頭に来る。

「わたしにだってやらなきゃいけないことあるんだからしょうがないじゃん」

「ゲームだろ」

「ゲームしていいんだったら今すぐ隊室戻るけど」

荒船に対して完全に喧嘩腰でにらみ返すと、荒船は大きくため息を吐いた。そんなわたしを見て出水がまぁまぁ、と間に入ってきた。おいそこどけ。わたしはこのゴリラ見習いをいっぺんブッ飛ばさなきゃ気が済まない。ターゲットを荒船から出水にうつし、ガンをつけると、だからそういうとこだって、と出水が苦笑した。

「なまえさん月島に厳しいらしいじゃん」

「え?」

これ以上ないほどに優しくしてるつもりだったんだけど。おかしいな?この子大丈夫かな?って思っても落ち着いて指摘するだけにしてたんだけど。

「ち、ちがうんです!なまえ先輩は優しく教えてくださってるんですが……」

「基本的に口悪いからな。女子にはきついだろ」

暴言を吐いた覚えもないのだが。でも、きっと無意識に出た言葉づかいが悪くて怯えさせてしまったのだろう。そのせいで訓練に身が入らなかった可能性もあるし気をつけなければ。そうは思うものの、何?こんなところで、みんなにわたしの愚痴を言ってたってこと?繊細な女の子だから抱え込むのも限界だったのかもしれないし、本人はそういうつもりなかったのに周りの奴らが大げさに言っているだけかもしれない。どちらにしてもみぞおちのあたりがずーん、と重くなった。そしてそれまで珍しく黙っていた犬飼がうすら笑いを浮かべて口を開いた。

「でも大人しいなまえちゃんは気持ち悪いからおれはそのままでいいと思うな〜」

それに、なまえちゃんの言い方程度で気に病んじゃうんじゃ近界民とは戦えないんじゃないかな。笑みを崩さない犬飼を、もやもやしていた気分も忘れて蹴っ飛ばす。わたしがずっと言わなかったことをさらっと言いやがって。しかもオブラートに包まずに!いった!と悲鳴を上げた犬飼を荒船や出水も含むその場の全員がこいつひでえな、と言いたげな表情で見ている。しょうもないことで時間を無駄にしてしまった。きらりちゃんに訓練室行こっか、と声をかけると素直な返事が返ってくる。基本的にはいいこだとは思うんだけどねえ。ラウンジを離れるために犬飼とすれ違う際、誰にも聞こえないよう呟くと、犬飼が苦笑する。頼んでないから。その一言で、わたしが何を言いたいのか伝わったのだろう。


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