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▼ ストーカー事件

成し遂げねばならぬことがある。そのために、覚悟を決めて玉狛支部の扉を叩いた。いらっしゃーい、と笑顔の栞ちゃんに通された支部の中には、きっとまたどこかで暗躍しているだろう迅さんと林藤支部長以外が揃っていた。遊びに来るなら連絡しなさいよ、と満更でもなさそうに突っかかって来る小南には申し訳ないが、今日は遊びに来たわけではない。

「レイジさんに折り入って相談があるんです」

真剣な顔でレイジさんを見つめると、ただ事ではないと察したのか、レイジさんがいつもの無表情でわたしに向き合う。バッと、いきおいよく頭を下げた。

「わたしもゴリラの仲間入りさせてください!」

「何を言ってるんですかなまえ先輩」

レイジさんからの返答を聞く前に、光の速さでとりまるがわたしの頭を上げさせる。おい邪魔するな。わたしは、わたしはゴリラにならねばならぬのだ。わたしを取り押さえるとりまるに反抗するように暴れるが、絶対にやめてください、ととりまるも引くつもりはないようだった。そんな壮大なバトルを繰り広げているうちに、レイジはゴリラだったのか…!と衝撃を受けた様子の陽太郎を栞ちゃんが抱き上げて支部から連れ出し、それを見送ったレイジさんが腕を組んで、それで?とわたしに問いかける。

「ゴリラになりたいんです」

「残念ながらお前も俺も人間だ」

「ゴリラみたいな身体に!なりたいんです!」

「本当にやめてください」

わたしを見るレイジさんの目は冷めきっているし、とりまるはいつになく焦っている様子だった。こんな切実な声聞いたことない。とりあえず、わたしが身体を鍛えたいことは理解してくれたようだ。頭でも打ったの?と普段隊室でごろごろしているわたしをよく知っている小南が少し心配そうにわたしの顔をまじまじと見ている。こら。

「……身体を鍛えるのは別に悪いことじゃない」

「でも基本的になまえはドン臭いし、レイジさんのメニューにはついていけないでしょ」

「小南ちゃんちょっとわたしとお話しようか」

本当のことじゃない、と言われてしまえばぐうの音も出ない。運動神経が死んでいるのは誰よりも自覚している。トリオン体ですらまともに動けないのだから。いかに動かずにすませるか。それがわたしが立てる作戦の基本である。でもそんなこと言ってられない状況になってしまったのだ。言ったら巻き込むことになるかもしれない。そう思ってきっかけを話すを少し躊躇っていたのだが、今この場にいる3人の訝しげな視線がわたしに突き刺さり続けるので、仕方なく事情を話すことにした。

「……うちのオペレーターのさぁちゃんが、ストーカーされてるっぽくて」

「紗彩さんが!?大丈夫なの!?」

そう、始まりは数日前。防衛任務が終わって隊のみんなで帰宅している最中だった。唐突にアイスが食べたくなって、アイスの実!と叫びながらわたしがコンビニを指差すと、いい感じに頭がお花畑なうちの隊員たちはそれぞれ食べたいアイスの名を口にしながら足の向きをコンビニへと変えていく。そのコンビニは警戒区域に近く、ボーダー本部から帰る際の通り道となっているため、何かと立ち寄る機会が多かった。入口付近で壁に寄り掛かってアイスを食べている男性が視界に入ったが、アイスの実で頭がいっぱいになったわたしは特に気にすることもなくその横を通り過ぎて店内に入る。そこでナマエさんが、あれうちの大学で見たことある、と呟いたのは聞こえたが、そこでも大して関心を抱くことはなかった。しかし問題は、その帰りのことなのだ。アイスの実を食べる気満々だったのにコンビニに置いていなくて、渋々ほかの3人に勧められたアイスの中から選んで購入して店を出た際、アイスを食べ終わっている様子なのにまだ入り口に立っているその男性が再度わたしの視界に入って来たのだ。

「つまり、どういうことかわかるでしょ?」

「なまえ先輩がアイスの実を食べたかったことしかわかりません」

「結局なんのアイスにしたの?」

「雪見だいふく」

「なんでよ!全然ちがうじゃない!」

と、まあアイスの話は置いといて。あの人なんでずっとあそこいるんでしょうね、とわたしと同じことを思ったらしいりっちゃんが声を潜めてわたしたちに問いかけた。他人の行動の理由なんてわかるわけもないのだけれど、なんとなく、その人の視線がわたしたちに向いている気がして、気になったのだ。首を傾げていると、さぁちゃんがいつもと変わらぬ様子でのんびりと、衝撃的な言葉を発した。最近1日に5回くらい見かけるよねぇ。1日に5回て。どういうことだよ。ボーダーの人間だってそんなに会うことないよ。嵐山さんに会えただけでハッピーになるわたしが断言する。だってわたしはそんな頻度でハッピーにはなっていない。そこからさぁちゃんを問い詰めていくと、最近差出人不明の手紙が家に届くとか、ひとりで歩いている時、よく他の人の足音が聞こえるとか。ぼろぼろとストーカーされている事実が出揃ってくる。たしかにさぁちゃんは中身アレだけどぶっちぎりかわいい。深く関わらなければ幻想を抱いてしまうこともあるだろう。それにしても、うちの大切なオペレーターをストーキングなんて、許せない。せめてさぁちゃん以外だったら、いざとなったらトリオン体になって逃げることができる。しかし、さぁちゃんはオペレーターだ。トリガーは持っていても戦闘用ではない。わたしがトリオン体になってメテオラで吹っ飛ばす、という作戦を立てたが、一般人に向けたトリガーの使用禁止と言うボーダーのルールの前に実行前に頓挫してしまった。だからこれはもう、生身を鍛えるしかない、という結論に至ったのだ。すべてはさぁちゃんを守るために。

「小鳥遊にストーカーか…」

「随分勇気がありますね」

「おいこらとりまるどういう意味だ」

さぁちゃんはかわいいだろ!ととりまるに掴みかかる。確かにさぁちゃんはいろいろアレだけど、か弱い女の子であることは事実なのだ。か弱い女の子は守らなければならない。か弱い…?と首を傾げたとりまるは、そんなことよりも、とわたしと距離をとった。かわいくない後輩だな!!

「いくら鍛えてもなまえ先輩が生身でストーカーと対峙するのは危険です」

「だからレイジさんに頼んでゴリラにしてもらおうとしてるんじゃん」

「他の人が話をつけるとかいう選択肢はないんですか」

「レイジさんにそんな迷惑かけられない!」

「なんで俺なんだ」

というよりも、最初は大学生の人たちにさぁちゃんを守ってもらうようにお願いするつもりだったのだ。さぁちゃんと同い年の方がいいかな、と考えたのだが、安心と信頼の嵐山さんは多忙を極めている上に広報の仕事をしている人にそんなこと頼めないし、蓮さんに頼んでも被害者を増やすだけになる可能性がある。イコさんは女性に関して信用がないのでナシ。柿崎さんに関してはなんていうか、良心が痛むので。ちなみに二宮さんにもちらっとお願いしてみたのだが、さぁちゃんの名前を出した時点でめちゃめちゃ嫌な顔をされてくだらねぇ、と言い残して去って行ってしまった。だから友達いないんだよ。さすがに事情が事情なので真面目に話を聞いてくれる3人とああでもないこうでもないと話していると、玉狛支部の扉が無遠慮に開かれる。栞ちゃんと陽太郎が帰って来たのだろうか、と思って振り向くと、いつも同じ格好をした実力派エリートの姿があった。いっそのこと迅さんをさぁちゃん専属の護衛として雇えばいいのでは、と頭を過る。ぼんち揚げ渡しておけばいいんでしょ。コスパもいい。

「何考えてるかなんとなくわかったから言うけど、やらないからね」

「さぁちゃんがどうなってもいいって言うんですか!この人でなし!」

「大丈夫、おれの副作用がそう言ってる」

「うそだったら沢村さん説得して痴漢で警察に駆け込みますからね」

「みょうじちゃんって本当におれには厳しいよね」

結局、迅さんがこう言っているんだから、とレイジさんに説得され、渋々ゴリラ計画を諦めたわたしは、小南と普通にお茶して普通に遊んで普通に帰ることとなった。少し日が落ち始めてはいるが、真っ暗というわけでもないし、いつものことだし、とひとりで玉狛支部を出ようとすると、後ろからわたしの頭に軽く手刀が降ってきた。おい。誰だ。勢いよく振り返ると、とりまるが呆れたようにわたしを見ている。

「ストーカー事件が身近にあるのにひとりで帰すわけないでしょう」

むしろとりまるのストーカーの子に敵意を向けられて危ないことになるのでは、と思ったのだが、後輩の厚意なのだから、と素直に送られることにした。帰り道でゴリラはやめてください、とぼそっと言ったとりまるは、本当にわたしがゴリラになるのが嫌らしい。いつも無表情なとりまるにはめずらしい顰めっ面に思わず笑ってしまう。ちなみに、さぁちゃんのストーカーについては、迅さんの予言通り、その翌日にさぁちゃんと会った時には解決していた。どうやったの、と問いかけると、え〜?と笑顔ですっとぼけるさぁちゃんに何故か背筋を冷たいものが伝っていったので、うちの隊では二度とその話題が上がることはなかったし、それ以来例の男性を見かけることもなかった。わたしがゴリラになる必要もなくなったため、レイジさんに断りの連絡を入れたら筋トレメニューが返ってきたので、レイジさんをリスペクトしている荒船にそっと転送しておいた。


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