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▼ 楽しい減量生活

怒りが突き動かすまま、隊室にあるすべてのお菓子を処分した。さぁちゃんやナマエさんから悲鳴が上がっていたが、そんなのは知らん。我が隊室に置かれたお菓子BOXには、チョコレートやポテトチップス、じゃがりこ、クッキー、ぼんち揚げなど、様々なお菓子が常備されていたのだが、こんなものがあるから悪いのだ。

「おいみょうじお前、太ったろ」

高校3年生の面々と集まって適当に喋っている時に、オブラートに包むこともせずわたしにそう言ったのは、荒船だった。カチン、と凍りつくわたしを気にすることなく、カゲや犬飼、当真が次々にわたしの見た目について、確かに丸くなっただの、そりゃいつもごろごろして菓子食ってれば豚にもなるだの、あいつだけこの間お好み焼き二枚食ってただの、追い打ちをかけていく。ぷるぷる震えるわたしをゾエさんが宥めようとするが、ゾエさんのシルエットからあまり心が癒されることはなかった。

「まぁなまえは最近油断しすぎよね」

「こ、今ちゃんまで…!」

頼りになる親友にすらそう言われてしまって、さすがのわたしも心がぽっきり折れてしまった。何より犬飼と当真に豚豚言われたのが本当に耐えられない。そしてわたしはダイエットを決意したのだ。

「飯に行くぞ」

「行きません」

ボーダー内をうろつくと無神経な野郎どもに遭遇することが多いので、隊室にこもることが前よりも増えた。実際、だらしない顔をした太刀川さんにみょうじお前太ったんだって?と絡まれてたまたま近くを通りかかった風間さんに助けを求めたら、太刀川さんを成敗してくれてものの自己管理の大切さについてお説教され大ダメージを受けることになったのだ。そんなわたしを心配してか、わざわざ隊室を訪ねてくれた二宮さんからのご飯の誘いを即答で断る。だって二宮さんに連れて行かれるところなんて、どうせ焼肉に決まっている。わたしは今!ダイエットをしているんだ!二宮さんのペースで山のように食べさせられるお肉なんて必要ない!運動が嫌いなので動いて痩せる選択肢がないわたしには、食事制限しかない。うちの隊員はわたしのお菓子絶ちに巻き込まれて災難だとは思うが、食べるならわたしのいないところで頼む。ダイエットを始めて2週間、取りつく島もないわたしに苦い顔をしながら帰っていった二宮さんをはじめとして、行けば絶対に甘いものが出てくる玉狛への出入りもやめていた。ぼんち揚げを手にした迅さんを見かけようものなら、全力で反対方向にダッシュをするし、カゲの家のお好み焼きも誘いを全部断っている。一番心が痛んだのは、周りから話を聞いて心配してくれたのか、東さんがご飯に誘ってくれたのを断った時だった。

「そういう年頃なのはわかるが、無理してダイエットするのはよくないぞ」

そう言ってわたしの頭を撫でた東さんは控えめに言っても神様のように見えた。あとどこから噂を聞いたのか、レイジさんが筋トレメニューを持ってきたので、丁重にお帰りいただいた。ゴリラメニューなんてできるわけないだろ。間食を控え、食事も制限している中、最も苦痛なのは学校でのお昼休みだった。わたしがダイエットしているのを理解した上で、高カロリーな物を見せつけるように目の前で食べる当真に何度ブチ切れそうになったことか。ただでさえダイエット中というのはストレスがたまってぴりぴりするというのに。怒るわたしを落ち着かせようとした柚宇ちゃんがポッキーを差し出してくれたのを叩き落としてしまうほどに、わたしはかなりキていた。ちなみに、柚宇ちゃんにはその後すぐめちゃめちゃ謝ってポッキーを一箱弁償している。

「なまえ先輩、小南先輩と陽太郎が会いたがってるんですけど」

「いつかねって言っといて」

わざわざわたしの教室まで来て玉狛に誘ってくれるとりまるに胸を痛めながらも断る。なんだ、レイジさんにでも聞いたのか。この間わたしがゴリラメニュー受け取らなかったのを根に持ってるのだろうか。わざわざ顔がいい後輩にバラさなくてもいいじゃないか。ていうかみんなしてなんなんだ。わたしだってダイエットくらいするよ。そんな物珍しそうにつつきに来なくてもいいだろ。小南と陽太郎については気を遣ってというよりはいつものテンションなんだろうけど。断ったのに何か言いたげな目を向けてくるとりまるを、触ると危険なほど気が立っているわたしはキッ、と睨みあげた。

「なんだよ!どうせとりまるも太ったって言いたいんでしょ!」

「いえ…そんな気にすることはないと思いますけど」

「はぁー!これだからイケメンは!すぐそういうこと言う!!いいよもう!正直に豚って言えよ!犬飼と当真は散々わたしのことを罵ったぞ!!」

ムキーッ!と荒ぶるわたしに、とりまるはいつもと変わらない無表情で落ち着いてください、と言ってわたしの頭の上に何かを置いた。おい。本当になんなの。怒り心頭で頭に置かれたものを手に取ると、カロリーが低いでお馴染みのクラッシュタイプのこんにゃくゼリーだった。まじまじとゼリーを眺めていると、とりまるが少し噴き出した。いやだってみんなわたしに食べさせようとするし高カロリーなものを目の前に見せびらかしたりするけどこういう気づかいはしてくれなかった。カロリー高くない甘いもの食べたら少しは気分でも紛れるんじゃないですか、と心なしか柔らかい表情をしたとりまるに、とぅんく、と心臓が音をたてた。これが、これこそがイケメン。やっぱりイケメンは違うな!顔がいいと心まで豊かになるんだ!だから当真はイケメンになれない。これが世界の真理なのだろう。

「俺はなまえ先輩ならどんなに太ってもかわいいと思いますよ」

「せっかくの感動が台無しだからそういうお世辞はいらない」

「………なまえ先輩は本当にそういうところありますよね」

 * * *

やはり適度な糖分補給は必要なのだととりまるのおかげで再認識し、わたしは今まで自分ひとりでなんとかしようとしていたのが間違いであったと再認識した。そう、こういうのに適任な人間がいるじゃないか。もちろんレイジさんではない。レイジさんに頼んだらゴリラにされてしまう。

「ということで、宜しくお願いします荒船先生」

「どういうことだよ」

そう、我らが荒船先生である。村上を短期間で鍛え上げたその手腕でわたしのダイエットもサポートしていただきたい。そしたら本でも出版するといい。ダイエットにも使える荒船メソッドとかで。

「そもそもわたしがこんなことになっている原因は荒船にあるんだから協力してくれるべきでしょ」

「はぁ?なんで俺なんだよ」

「忘れたとは言わせないけどね?荒船くんがみんなの前でわたしに太ったって言ってデリカシーのなさを露呈した件だけどね?」

「……わかったわかった。その代わり俺の指示にちゃんと従えよ」

さすがに悪いと思ったのか、距離を詰めるわたしから視線を逸らして、了承する荒船に、わたしは満足して頷き、条件を突きつける。まず、運動は嫌だ。そしてイライラしない程度の食事制限がいい。この時点で荒船になめてんのか、と拳骨を喰らった。めちゃめちゃ痛かったので蹴り返したけども。

「いいか、自分に甘くしたら痩せるもんも痩せねぇ。効果的なダイエット法を調べてくるから明日まで待ってろ」

そう言い残して去って行った荒船を見送って、頼む人間違えたかな、と若干後悔し始めていると、ランク戦していたらしい村上と緑川がうーん、と微妙な顔をしているわたしに声をかけてきた。ちなみにちょっとぶすくれた緑川の表情を見る限り、今日も村上の勝利だったらしい。さすが村上。微妙な顔をしていたせいか、何かあったのか?と聞かれるが、村上にダイエット云々の話をするのは躊躇われる。とりまるにはしたのに、と思われるかもしれないが、全然ちがう。優しくて素直な村上に、万が一にでも確かに少し太ったな、とでも言われてみてほしい。さすがに自殺しかねない。とりまるはそういうこと言わないよう気を遣ってくれるけれど、村上は嘘がつけない男なのだ。なんと誤魔化すべきか視線をうろつかせるわたしに、しばらく首を傾げていたが、思い当たったように、あぁ、と村上が声を上げた。

「この間荒船が言っていたことなら気にすることないよ」

決して鈍いわけではない村上に、わたしが何に悩んでいたのか気付かれたらしく、フォローを入れられてしまう。

「……でも荒船だけじゃなくて犬飼と当真と今ちゃんも言ってたし風間さんにも説教された」

「風間さんにまでか」

さすがに村上が苦笑した。村上にまで苦笑させる女なんだわたしは…やっぱり甘えてる場合じゃない。荒船先生の指導のもと死ぬ気でダイエットしなければ。

「おれは無理して元気がないよりも、みょうじがいつもみたいに元気に笑ってた方がいいと思う」

繰り返すが、村上は嘘をつけない男なのだ。来馬さんの影響かもしれないけれど、それは村上の長所だと思うし、だからこそくそ野郎ばかりな同世代の中でも村上を贔屓しているわけなのだが。村上がそう言うならダイエットなんてやめちゃおうかな。だって村上がこう言ってくれてるのに犬飼とか当真の言うこと気にするなんて馬鹿みたいじゃない?鉄のような意志でダイエットを決めたはずなのに、村上の言葉で簡単に手のひらを返し上機嫌になるわたしに、村上と一緒にいた緑川がねえねえ、と呼びかけた。振りかえると、緑川はまじまじとわたしを見た後、いつものようにニカッと笑った。

「なまえちゃん先輩最近丸くなったよね」

笑顔で無邪気に言った緑川に、村上のおかげで立て直されていたわたしの心は粉々に砕けた。翌日荒船が持ってきたダイエットメニューを鬼気迫る様子でこなしていくわたしと、わたしに合わせて荒船が完璧に組み立ててくれたメニューのおかげで、そう時間をかけずにわたしは太る前より少し痩せた体型を手に入れたのだった。さすが荒船。これぞ荒船メソッド。そしてわたしのダイエットが終わるのと同時に我が隊のお菓子BOXに再びお菓子が補充されるようになり、玉狛にも顔を出すようになったのだが、レイジさんの厚意を断ったのに荒船に頼んだことをどこからか聞いたのか、食事当番のレイジさんがわたしの前に出した食事は、味噌田楽のみだった。レイジさん、そういうのいじめっていうんだよ。


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