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▼ バレンタイン

街を歩けば色とりどりのラッピングに甘い匂い。年に一度のお菓子メーカーの策略の日が今年もやってきた。毎年柚宇ちゃんや今ちゃん、うちの隊員、那須ちゃん、小南等、親しくしてくれている女の子たちと友チョコを贈り合う日になっているバレンタインデー。当然今年もそのための準備はぬかりない。今年は何を作ろうか、と先日の柚宇ちゃんの誕生日と同じくらい悩んでしまったが、今年は甘さ控えめのガトーショコラを作った。ついでに毎年催促してくる一部のチョコがもらえない野郎どものためにお徳用の大袋アソートチョコレートを用意してある。今日は防衛任務も入っていないので、学校、本部、玉狛とはしごして配り歩く予定である。教室にたどり着いて、既に席についている今ちゃんにおはよー、と 声をかけると、おはよ、と返ってくる。いつものことではあるが、柚宇ちゃんはまだ登校していないようだ。昨日も遅くまでゲームをしていたのだろう。

「今ちゃん、ハッピーバレンタイン!」

綺麗にラッピングしたガトーショコラを今ちゃんの机に置くと、今ちゃんもカバンをごそごそと漁って、わたしの前にラッピングされた包みを置いた。

「ハッピーバレンタイン」

「お、手作りだ〜」

「昨日防衛任務なかったからね」

「やった!」

柚宇ちゃんはきっと手作りじゃないよね、と言うと絶対ちがう、と今ちゃんが苦笑した。市販でも十分うれしいから問題ないのだが、そもそも柚宇ちゃんがお菓子を作っているところが全く想像できない。始業まであと少し、というところで教室に駆けこんできた柚宇ちゃんはいつもののんびりした笑顔でおはよぉ〜とわたしと今ちゃんに手を振った。さすがにもう先生が来てしまうので柚宇ちゃんには休み時間にでも渡そうと決めて柚宇ちゃんに手を振ってから席に着く。そして1限が終わってすぐ柚宇ちゃんの席に行ってガトーショコラを渡すと満面の笑みでお礼を言われる。かわいい。今ちゃんもわたしにくれたものと同じチョコレートを柚宇ちゃんに渡している。

「ふたりとも手作りだ〜うれし〜」

これお返し〜と言って柚宇ちゃんが取り出したのは、やはりと言うべきか、市販のものだった。それを見て今ちゃんと顔を合わせてふたりで吹き出すと、柚宇ちゃんが不思議そうな顔をする。

「ごめんね、なんでもない。ありがとう」

「いえいえ〜」

予想と全く違わない柚宇ちゃんは本当にかわいいと思う。食べるの楽しみだね、と3人でに話していると、甘い匂いを嗅ぎつけたのか、抜け目のない当真が寄ってきた。

「お?いいもんあんじゃん。俺には?」

「うわ、出た」

「ひっでえリアクションだな」

「ちゃんと用意してあるよ」

ない、とでも言えば3カ月はぐちぐち言われるのが目に見えている。それが面倒くさいからお徳用アソートを用意したのだ。どん、と机の上に置いて当真の目の前で開封し、その中から適当に2つ手にとって当真に差し出す。

「ほら、恵まれないリーゼント野郎へのお情けだよ〜」

「ふざけんなコラ」

そっちの寄こせ、と友チョコ用のガトーショコラに手を伸ばす当真に蹴りを入れて防ぐ。むしろなんでちゃんとしたものをもらえると思っているのか。日ごろの素行を見直してほしい。義理だって渡すのを躊躇するレベルである。大体昨今の野郎どもはちゃんとしたチョコレートをあげたところでお返しなんてくれないのだから、ただ単にこちらの出費にしかならないのだ。好意がなければやっていられない。同い年の野郎の中では、村上とゾエさんにならあげてもいいけれど実際に渡したら他がうるさいのがわかりきっている。ふたりには大変申し訳ないが、アソートで我慢してもらおう。昼休みに今ちゃんからもらったチョコを食べていると、想像通りというか、チョコの催促にくる野郎ども。出水と米屋を筆頭 として、佐鳥、ゾエさんに引っ張られたカゲと村上。佐鳥にはとっきーの分も合わせてアソートを渡し、ゾエさんと村上にはせめてもの気持ちに他の人よりもたくさん手に乗せてあげると、それを見ていた出水と米屋が文句を言いだしたので節分の要領でチョコレートを投げるとちゃっかり拾って退散していく。今ちゃんはずっと呆れ顔だし、柚宇ちゃんはガトーショコラを食べるのに夢中でチョコをねだる野郎どもに目もくれていない。きっとふたりからも貰いたかったであろう野郎ども、ざまあみろである。と言いつつも、きっと今ちゃんも柚宇ちゃんも自分の隊の分は用意してあるのだろう。他の奴らもきっとオペレーターからもらえるのだから待っていればいいのに。チョコが男のステータスなんて一体誰が 言い出したのか。学校が終わって本部に行き、真っ先にねだりに来た犬飼にアソートを渡す。

「あれ〜?本命じゃないの?」

「頭沸いてんの?」

「やだなー冗談だって」

「すごーい全然笑えなーい」

「なまえちゃん本命は渡すの?」

びしり。わたしの動きが止まる。本命?なんのこと?と必死に絞り出した声は焦りのせいか遊真でなくとも嘘だとわかるものだった。こいつ無駄に鋭いから、本当に嫌だ。

「ちなみにこのあとの予定は?」

「……ある程度チョコ配り歩いたら小南たちに渡しに行く」

「じゃあそこで本命渡すのか〜」

「渡さないけどね!!」

こんなに明らかな義理チョコを配り歩いているのにそんなひとりにだけちゃんとしたのを渡したら、本命なのがバレバレじゃないか。にやにやしている犬飼に二宮さんと辻の分のアソートを渡し、隊室へと追い返す。ていうかなんであいつにバレてんの。意味わかんないんだけど。その後も友チョコを配り歩き、ねだってきた野郎どもとお世話になっている男性隊員にはアソートを渡す。数はもちろんわたしの気持ちの大きさである。あらかた渡し終えたところで小南からまだか、とLINEが入った。犬飼が余計なことを言ったせいで玉狛に行きにくいじゃないか。そして少し多めに作ったこともあって、小南と栞ちゃんと千佳ちゃんの分を差し引いても余ってしまっているガトーショコラ。陽太郎にでも渡してしまえれ ば後腐れなく終われるというのに、しっかりと準備してきたわたしはちゃんと陽太郎用のアンパンマンチョコを用意してしまっている。もう、なるようになれ。息を大きく吐いて玉狛へと続く道を歩き始めた。

「遅いわよ!」

玉狛支部の扉を開けて第一声がそれだった。仁王立ちする小南。支部の中からは甘いにおいが漂ってくる。きっと準備をして待ってくれていたのだろう。栞ちゃんが眼鏡をきらーんと輝かせながら小南の後ろから顔を出す。

「今日はチョコレートフォンデュパーティーだよ〜」

「えっ!たのしみ!」

「あたしたちだってずっとなまえが来るの待ってたんだからね!」

「ごめんね〜モテない男どもに本部でやたらと絡まれた」

コートを脱ぎながら支部の中にいれてもらい、ぷんぷん怒っている小南にそう言うと、ソファに座っていたとりまるがこちらをガン見してくる。おまえよくそれやるけど表情が乏しいから何も伝わらないよ。とりあえず小南と栞ちゃんと千佳ちゃんにガトーショコラを渡し、雷神丸に乗って近づいてきた陽太郎にアンパンマンチョコを差し出す。

「さすがなまえちゃん。おれがみこんだだけのことはある」

「お返しは30倍だよ」

「なにぃ!?」

「男して女の子の気持ちにはそのくらいで返さなきゃだめでしょ」

「そうだぞ陽太郎。常識だ」

わたしの冗談に乗ってきたとりまるがお子様に向かって容赦なく嘘を重ねていく。自分のお小遣いを数え始める陽太郎にさすがに嘘だよ、とフォローを入れようと思ったのだが、とりまるに小南先輩がそろそろお怒りです、とチョコレートフォンデュの前に連れて行かれてしまう。まあきっとあとで誰かフォローしてくれるだろう。なまえさんの手作りおいしいんだよね〜と喜んでいる栞ちゃんにちょっと恥ずかしくなりながら、三雲くんと遊真にアソートを渡す。ちょっとこの中で渡すのはさすがに申し訳ないから多めに渡してあげると、特に文句を言うこともなくお礼を言ってくるふたり。こういうのをかわいい後輩っていうんだよ。出水たちに見せつけてやりたい。レイジさんと迅さんととりまるにもアソートを渡すと、迅さんから意味ありげな視線をいただいた。どんな未来が見えてるのかはわからないけれど下世話なんでやめてください。わたしのカバンに残ったままのガトーショコラを出すことなく、小南たちの用意してくれたチョコレートフォンデュを囲み、玉狛支部とパーティーを始める。

「なまえ先輩何食べます?」

「いちご!」

とりまるがわざわざいちごにチョコレートを付けて渡してくれる。わたしは楽においしいものが食べられるからいいけど、フォンデュするのが楽しいという意見もあるんだからそれあんまりやらない方がいいよ、と言うと微妙な顔をされてしまう。親切心だったんだけど。小南とか顔をきらきらさせながらフォンデュしてるから、完成品を渡したところで喜ばないでしょ、きっと。

「みょうじちゃんは今日、本命チョコ渡したの?」

「……迅さんもですか」

「他にも誰かに聞かれたの?」

犬飼、と簡潔に答えると、みんな納得したような反応を示す。やつがどう思われているのかがよくわかる反応だった。またとりまるがわたしの方をガン見してくる。だから何が伝えたいのかわからないんだってば。

「あげてないですよ。女の子には友チョコで手作りしましたけど、野郎には全員さっきみんなに渡したアソートチョコです」

あえて言うならさっき陽太郎に渡したアンパンマンチョコが一番特別かもね、と言うとわたしから視線をそらしてマシュマロをフォンデュしていたとりまるがマシュマロをチョコの中に落とした。落ちつけよ。色とりどりの果物やマシュマロ等を思う存分堪能していると、すっかり遅くなってしまった。中学生たちもいるのだからそろそろお暇しなければ。

「今日はありがとう〜おいしかった〜」

「こちらこそ〜」

「あんた最近全然こっち来ないじゃない」

「用事ないし」

「え!?」

ガビン、とショックで半泣きの小南に笑って頭を撫でる。

「うそうそ。小南たちに会いにくるよ」

ちょろい小南はこれだけで機嫌を直して、頬を赤らめて怒りだす。かわいいなあ、と思って眺めていると、アウターを着込んだとりまるが、送ります、とわたしのとなりに並んだ。大丈夫、と言ってもとりまるは聞く様子がないので、小南たちに手を振ってふたりで帰路につく。

「チョコフォンデュおいしかったねえ」

「……そうっすね」

「とりまるは今日たくさんチョコもらったんでしょ〜?さすがイケメン」

「そんなことないっすけどね」

それはすごい謙遜だろう。ボーダー内でもとりまるのことを好きな女の子がどれだけいると思っているのか。昼にうちの教室に来た佐鳥もとりまるがモテてる!って言ってたし。なんとなく会話に困って作り過ぎてしまったガトーショコラの処分をどうしようか、なんて軽く言うと、全部食べたら太りますよ、なんて失礼極まりない言葉が返ってくる。その後も少しぎこちない会話を続けていると、わたしの家の前にたどり着く。何故かとても気まずかったから、到着してほっとする気持ちと少し残念な気持ちが入り交じっていた。どうしよう、渡すのならば今しかない。さっき余ってるって言ったし、今ならば変に勘ぐられたりもしないのではないだろうか。

「とりまる」

「はい」

「………これ、送ってくれたお礼」

自分で食べたら太るから、とかわいくない言い訳を重ねると、とりまるは驚いたように少し目を見開き、わたしが差し出したガトーショコラを受け取った。

「ありがとうございます。今日もらった中で一番うれしいです」

きっと、深い意味はない。栞ちゃんが散々持ち上げてくれたから、それで。だとしても、寒い冬の夜だというのに火照ってしまった頬を誤魔化すように、それじゃ!と慌てて家に逃げ込んでしまった。


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