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▼ 元気がない日

うす暗く、重苦しいこの空は、まるでわたしの心をあらわしているようだった。今にも泣きそうで、でも泣けない。何かをする気も起きなくてただ刻々と時間だけが過ぎていく。わたしのあまりの沈みように、教室では誰も声をかけてこない。あの当真でさえもだ。その状態のまま昼休みに突入し、いつも一緒にお昼を食べている今ちゃんと柚宇ちゃんがどうする?と気遣わしげに声をかけてくる。食欲がない、と返すと、今ちゃんがちょっとでも食べなきゃだめだよ、と言ってわたしを購買に連れて行くために教室から連れだした。今日は奢ってあげるから。今ちゃんの優しさにうっかり泣いてしまいそうだった。柚宇ちゃんがわたしの手を握って優しく引っ張ってくれる。本当にいい友達に恵まれたなあ。

「なまえ先輩?」

購買に向かう途中で、名前を呼ばれた。振り向く気力もなく、立ち止まった今ちゃんと柚宇ちゃんにつられて立ち止まる。とりまるの声だ。いつもならすぐに振り向いて挨拶がてら今日も顔がいいね、と言うからか、立ち止まり俯いたままのわたしを不審に思ったらしいとりまるが近づいてくる。

「柚宇さん、なまえさんどうしたの?」

「う〜ん、朝からずっとこんな感じなんだよね〜」

「拾い食いでもしたんじゃね」

どうやら出水と米屋もいるらしい。失礼な発言にも怒る気力もない。無反応を貫くと、相当深刻な問題なのだと察した出水と米屋が焦り出した。らしくねーよ、元気出せよ、今度駅前のシュークリーム買ってやるから、と次々に声をかけてくるが、こいつらちょっと慰めるの下手すぎるな。すまないが放っといてくれないか。

「出水くんたち女の子慰めるセンスが絶望的にないね」

「え、柚宇さん辛辣じゃね?」

見かねた柚宇ちゃんが出水と米屋を引きはがすと、俯いたままの視界に誰かの靴が飛び込んできて、頬に手を当てられる。そのまま優しく上を向かされると、その先にはとりまるの整った顔があった。

「何があったんですか」

「……なんでもない」

「なんでもないって顔してないです」

顔をそむけてとりまるの手から逃れ、再び俯く。そんなすぐ笑えるようになるわけがない。ひとりで悩んでもどうしようもないこともあるでしょう。さぁちゃんに話したよ。俺じゃ力になれませんか。引き下がる様子のないとりまるにため息を吐いて、重い口を開く。

「……ずっと好きだったひとがね、しんじゃった」

その場にいた面々が目を見開き、ざわざわし出す。え?なまえさん好きなやついたの?ていうか死んだ?え?聞こえるようにそういうこと言っちゃうからおまえらはモテないんだよ。今ちゃんが気遣わしげにわたしの肩を抱いた。

「いつかこういう日がくることはわかってたけど、こんなに早いなんて思ってなかったの……」

そう。わかっていたのだ。彼はそんなに長くは生きていられないこと。そういう風に、ずっと前から言われていた。でもわかっていたからって心の準備ができるわけじゃない。わたしの目から、彼が死んでから一度も出なくなってしまっていた涙がようやくこぼれ、頬を伝う。その涙を、再びわたしの頬に伸ばされたとりまるの指が拭う。

「……なまえ先輩、それなら俺が、」

「まさかブランコにくくりつけられてカラスに集られてるとは思わないじゃん……!!」

その場の全員が黙ってしまった。何かを言いかけていたとりまるも含めて。そして米屋が、長い沈黙のあとに口を開く。

「……それ今週のジャンプの話だよな?」

「最近毎週クロロが出ててすっごく充実してたのにまさかのシャルの死で朝からもうしんどみがすごい」

カラスとブランコがトラウマになりそう、と呟くと、くっだらねーーーーー!と言いたげな表情をした出水と米屋。

「解散ー」

「珍しく心配して損したわー」

背を向けて去っていくふたりに疑問符を浮かべていると、わたしの肩を抱いていた今ちゃんの手も離される。

「奢るのやっぱりなしね」

「えっ」

「なまえちゃんらしいよね〜」

「えっ???」

今ちゃんと柚宇ちゃんもわたしを置いて購買に向かって歩いていってしまった。さっきまであんなに優しくしてくれたのに。いきなりどうしたの。最後に残ったとりまるを見上げると、今まで見たことがないような顔をして遠くを見ていた。これが虚無顔というやつだろうか。

「そういえばとりまる、さっき何か言いかけて…」

「なんでもありません」

「いやでもさっき」

「なんでもないです」

完全に心を閉じた様子のとりまるそれ以上何を言っても無駄なのを感じたのでそっとしておくことに決め、今ちゃんと柚宇ちゃんを追いかけて購買に向かうと、なぜかふたり分のジュースを買わされた。しかし、今ちゃんはなんだかんだ言ってわたしの分のメロンパンを買っておいてくれたのでやっぱり大好きである。お金はしっかり徴収されたけど。そしてその日の帰り、本部に向かおうとすると米屋と出水にカラスのたくさんいる公園に連れて行かれた。激怒して追いかけまわし、駅前のシュークリームを買わせ、隊室でさぁちゃんと語り合いながら食したが、さぁちゃんはわたしの気持ちをとてもよくわかってくれた。

「また推しが死んだ!!つらい!!!」

「あやうく最後のセリフがウンコになるところだったもんねぇ」

「やめて」


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