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▼ はじめてのちゅー

「なまえ先輩、キスしてもいいですか」

突然だった。付き合い始めてから数カ月が経っただろうか。付き合う前と変わったことと言えば、前に柚宇ちゃんにも話した通り、スキンシップが増えたことと、わたしに触れるとりまるの手がとても優しく感じること。あとは周りの反応くらいだろうか。一足先に大学生になってしまったわたしと高校2年生のとりまるは、まだとても健全なお付き合いをしていた。今日はわたしがとっている講義が休講になり、とりまるもテスト期間とかでふたりともお昼から予定が空く、ということで一緒にお昼ご飯を食べよう、という話をしていたのだが。ぽかん、と間抜けにも口を開けたまま少し考え込む。とりまるは、今、何を言った?

「……じゃあ今日は天ぷら食べに行こうか」

「魚の鱚じゃありません」

「え、じゃあ1とか3とか… 」

「奇数でもないです」

わたしの頭が弾き出した答えはすべて否定される。他にもなんとか別の可能性を絞りだそうとするものの、キス、接吻、口づけ、マウストゥマウス、とわたしの逃げ場がなくなるようにとりまるがいつもと変わらない無表情で口にした為完全に退路を塞がれてしまった。おいおいとりまる、高校2年生が頭が陽気なお年頃なのは去年の出水や今年の佐鳥を見ていたらわかるけれど、こんな真昼間の出会いがしらに何を言い出すんだ。

「そういうのって宣言してするものじゃなくない?」

「じゃあいつ、どこでならしていいんですか」

「そりゃ他の人のいないところとか…少なくとも今は拒否」

「他の人が来ない場所が、どこにあるんです?」

いっぱいあるだろうが!家とか!なんか!あるじゃん!と思ったものの、わたしはナマエさんとルームシェアをしているために、さすがに家にとりまるを連れ込んだことはない。とりまるは実家暮らしだから遊びに行ったとしてもとりまるのご両親や弟と妹等、誰かしら御在宅である。玉狛支部にあてがわれたとりまるの部屋だって、いつ陽太郎や小南が入ってくるかわからない。あれ、これは詰みでは?それなりにデートをすることはあったけど、外で誰に見られているかわからない状態なんて絶対嫌だと言うことをきっととりまるはよくわかっているのだろう。つまり、自然の流れに任せていては、わたしたちには手を繋ぐ以上のことをする日がいつまで経っても訪れないということである。

「理解してもらえましたか」

「まぁ…言いたいことはわかったけど」

そもそもキスってそんな急いでしなければならないことなのだろうか。オタク歴が長すぎてそういうことの必要性がわからなくなっている。乙女ゲームや少女漫画の知識をフル動員させるが、やつらは人目をはばからないしなんかいつも都合よく2人きりの空間になっていたりする。参考にならない。もういっそ流行りの○○しないと出れない部屋〜みたいなやつとかないだろうか。

「なまえ先輩が嫌なら無理強いはしないですけど」

「嫌っていうかなんかもっと自然な流れがあるよね」

そうですか、とだけ言って黙り込んだとりまるに、わたしのなけなし良心がきりきりと胸を締め付けた。

 * * *

「……ということがあったんですが」

「うん、身近な人間のそういう話、すっごく聞きたくないかな」

「聞かなくても視えてるでしょ、迅さん」

とりまるとのやり取りが胸に引っかかったままで、どうするべきか悩んだわたしが相談先に選んだのは、迅さんだった。うちの隊で相談なんてしようものなら人目気にしすぎじゃない?と言われたり、気を利かせたつもりでわざわざとりまるとふたりきりの空間を意気揚々とお膳立てしてくるに決まっている。あと付き合って数カ月経つのにまだちゅーのひとつもしていないことを出水や当真たちに知られたりしたらわたしととりまるの名誉に関わるだろう。そして彼女いないやつらが多いので宛にもならない。その点、迅さんなら口は固いし、そもそも副作用で知っている可能性もあるので、羞恥が大分薄れる上に、的確なアドバイスも期待できる。

「みょうじちゃんは京介と進展したいの?」

「えっとぉ、進展したいっていうかぁ…」

「うわ、なんかいきなり面倒くさい感じになった」

「かわいい冗談じゃないですか」

「おれの好みではないかな」

「迅さんの好みは聞いてないです」

いくら知られているとは言え、さすがにストレートに話すのは恥ずかしくてふざけると、どんどん話が逸れていく。わたしが始めたことえはあるが、これでは迅さんにうやむやにされかねない。

「嫌なわけじゃないんですけど、本当にいいのかなって」

「なにが?」

「だってとりまる高校2年生ですよ…2歳も年下の男の子に手を出していいものか…」

「みょうじちゃんが手を出される側じゃないの」

だって相手はとりまるだぞ。あの男前なら引く手数多だし、付き合ってるってバレてから木虎が今までにも増してわたしに殺意を向けてくる。香取ちゃんも元々仲良くはなかったけどすごく睨んでくるようになったし、この間はすれ違う際に思い切りぶつかられた。香取ちゃんが逃げる前に捕まえて前見て歩かないと危ないよ?わたしだからよかったけどもしこれが三輪だったら香取ちゃんも裏切り者!とかしつこくつけ狙われるからね?と注意して染井ちゃんに引き渡した。もちろんわざとぶつかってきたのだとわかっていてのことである。それから香取ちゃんと本部ですれ違うことが激減した。まあつまり、過激派が多いとはいえ、美少女に想いを寄せられることも少なくないとりまるが選んだのがわたしであるという事実を、わたしはまだ心のどこかで受け入れられていないのかもしれない。

「男子高校生なんて年上のお姉さんに幻想を抱く生き物じゃないですか」

「それはどこで得た知識?」

もちろん当真や出水、米屋、佐鳥、太刀川さんである。迅さんが苦笑して、京介に限ってそれはないけどね、と手に持っていたぼんち揚げをかじった。ぼりぼりと咀嚼音がやかましい。

「じゃあ、だから京介とキスするのを避けてるってことか」

「いやそれは単純に本当にふたりきりになることがないからなんですけどね」

「みょうじちゃんって本当になんなの」

疲れた様子の迅さんは、心配しなくても自然になんとかなるよ、とだけ言って次の予定へと向かってしまった。話を聞いてほしくて無理やり捕まえたのだが、実力派エリートはいつでも忙しいらしい。小南の言うところの暗躍というやつだ。わたしの悩みについては、迅さんがなんとかなると言うのならなんとかなるのだろう。よく当たる占い師に視てもらった気分である。

 * * * 

それから数日後、隊室でのんびりするわたしの元をとりまるが訪ねてきた。本部に用事があったから寄ってくれたらしい。今日はさぁちゃんがオフ会、りっちゃんはみかみかと遊びに行っていて隊室にいないのでナマエさんとふたりで洋画を観ていたのだが先程太刀川さんの強襲に遭い、わたしが盾にしたナマエさんだけ無理やり引きずられていなくなった。その為今は隊室にわたししかおらず、観ているものも割と世間で話題になった映画だったので、とりまるも隊室の炬燵に入って一緒に観始めた。これが乙女向けのアニメだったりBLだったらすぐに帰ろうとするのに。以前ゲーセンでとったこの映画のキャラクターのぬいぐるみを抱えて観ていたのだが、とりまるが来た時点で映画も終盤ということもあり、さすが洋画と言いたくなるようなラブシーンが展開される。洋画とか洋ドラとか、なんでいきなりこんな熱烈なラブシーンをおっぱじめるのだろうか。出会って数時間でラブシーンとかもよくあるから倫理観のちがいに戸惑う。いやBLとかも割といきなりおっぱじめるんですけどね。あーこれ絶対舌入ってる。なんとなく、先日の会話もあってとりまるの反応が気になって、ちらり、と横目で窺うも、いつもと変わらない無表情。何を考えているのか全くわからなかった。手元のぬいぐるみに視線を移して、魔が差す。とりまる、と呼んで振りかえったとりまるの顔に、ぬいぐるみを押しつけた。

「う、奪っちゃった〜?」

てへ、とかわいこぶってぬいぐるみをわたしの顔を隠すように持つが、とりまるは何も言わない。何の反応もないので、さすがに引かれたか、と内心冷や汗をたらしていると、わたしが持っているぬいぐるみを奪い取られてぽい、とわたしの手が届かない方へと投げられる。え、怒った?こんなことで?レイジさんの弟子のくせに沸点低くない?ていうかいつもなら冷たい目でわたしを見て何やってるんですかなまえ先輩、って言って終わるじゃないか。

「いや、ご、ごめんって!ちょっとした悪ふざけじゃん!」

どうどう。怒れるとりまるを鎮めるために両手を前に出して宥めようとするが、その手を片方掴まれて、引っ張られる。そして、唇に柔らかい感触。すぐに離れたが、引っ張られて体勢を崩したわたしをとりまるが支えている為に、半ば抱きしめられているような状態で今何が起こったのかを必死に整理する。

「……奪っちゃいました」

相も変わらず無表情でさっきのわたしの言葉を繰り返すとりまるに、ようやく状況を理解した。途端に顔全体が熱を帯びる。い、いまこいつ、ちゅーしやがった!

「………ちょ、ここうちの隊室なんだけど!」

「他に誰もいないですし」

そう言う問題じゃない!と未だ近い距離にあるとりまるを睨みつけると、なまえ先輩、といつもの何倍も甘い声でわたしの名前が呼ばれる。

「もう一回してもいいですか」

「おまえ実はわたしの話聞いてないだろ」

うちの隊室にたくさん置かれているクッションを手探りで掴み、とりまるの顔面目掛けて振り下ろした。座り心地も触り心地も抜群のクッションで殴ってもダメージなんてほとんどないのはわかっているが、赤くなった顔をこれ以上見られたくなかった。痛いです、といけしゃあしゃあと言ってのけるとりまるを隊室から追い出し、今の今までとりまるを殴っていたクッションを胸に抱えて顔を埋める。はじめてのちゅーが隊室だなんて、これからどんな顔してここで怠惰な生活を送ればいいのか。流しっぱなしだった映画は気づけばエンドロールに差しかかっている。肝心のクライマックスを見損ねてしまったし、もう一度見ようにも今のことを思い出してしまうに決まっている。なんとかなるとは言っていたけれど、もうちょっといろいろ教えといてくれてもよかったじゃないか。全く悪くないのはわかっているけれど、迅さんに恨み言を言わずにはいられなかった。



※ネタ募集より「とりまるとはじめてのキス」


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