WT | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ おめでとうとりまる

学校帰りに本部に直行したわたしの前には、今、無表情の筋肉が立ちはだかっていた。

「……えっと、レイジさん、どうしたんですかこんなところで」

無表情でただひたすらわたしを見下ろしてくるので、圧がすごい。わたしは取って食われるのではないだろうかと頭を過ったほどだった。もちろん、優しいお母さんゴリラのレイジさんがそんなことをするわけがないのだけれど。

「みょうじ、おまえ今日は防衛任務が入っているのか」

「この後からですけど」

「わかった。その分は俺が代わる」

「はい?」

突然分布図にないところでレイジさんとエンカウントしたかと思ったら意味不明なことを言いだしてわたしは困惑である。それに代わるって。うちの隊女の子しかいないけどその隊長ポジションをレイジさんがやるの?絵面がおもしろすぎない?何企んでるんですか。そう問いかけてもレイジさんは何も答えてくれない。その代わりに突然どこからか現れた迅さんがみょうじちゃんはこっちね〜とわたしの背中を押した。なんなのこの玉狛のふたりは。どこかに小南ととりまるも隠れてたりするのだろうか。

「レイジさん、よろしくね」

「あぁ。そっちは頼む」

「この実力派エリートにお任せあれ」

「いや何も任せられないよなんで勝手に話進めてるの!」

ぐいぐいと迅さんに背中を押されるままに本部から出ると、外には林藤支部長が来るまで待機していた。支部長までこの誘拐劇に加わっていたなんて。迅さんと林藤支部長に車に押し込まれて連行されていくわたしを、出水や米屋、犬飼、カゲが指を刺して笑っているのが見える。おまえら、あとで覚えてろよ。走り出してしまった車から逃れる術はなく、大人しくシートベルトを付けて座ってはいるが、隣の迅さんを半目で見つめる。防衛任務を代わってもらう心当たりもないし、こうして無理やり連行される心当たりももちろんない。正直めちゃめちゃびっくりしてるし、これが玉狛の人たちだからまだいいけど、城戸司令に同じことをやられてみろ。臓器のひとつやふたつ無くなることを覚悟しなければならない。とはいえこの状況に不満がないわけではないので、問い詰めたり、騒いだりしてみるが、ふたりとも軽快に笑うだけでわたしの求めている答えなんて教えてくれない。どうしてこの場に小南がいないのか。小南を呼べ。そうして連れてこられたのは、まあ予想はしていたけれど玉狛支部だった。玉狛に連れてくるだけでこの大騒ぎ。普通に呼んでくれれば任務が入ってなければ来るからもっと穏便に済ませてはくれないだろうか。がちゃり、と扉を開けて中に入る。いつもとちがうみんなの行動に内心ドキドキである。

「ちょっと迅!遅いわよ!」

支部の中にはやたらと浮かれた格好の小南が仁王立ちで立っていた。クラッカーを手に持ち、三角帽を被ってよくわからないモールを首に巻いた小南。そして支部内はよくある感じの輪っかを繋げた飾りつけ。見るからにこれから何かのパーティーが行われようとしているのがわかる。

「あら、なまえ。あんたも来たの」

「ちょっとよくわかんないだけど小南その格好恥ずかしくない?」

「どういう意味よ!」

あんたもつけなさいよ、と小南の手によってわたしの頭にも浮かれた三角帽が取り付けられた。いらっしゃーい、と手を振る栞ちゃんも同様の格好をしているし、陽太郎と雷神丸もいつもよりさらに浮かれた格好をしている。迅さんがやばい、もうすぐ来る、と言うと慌てた小南にクラッカーを渡されて、迅さんや林藤支部長も三角帽を身につけてクラッカーをかまえている。そしてゆっくりと開いた扉に、わたし意外の全員がクラッカーを鳴らしたのだった。お誕生日おめでろう、と口々に言うみんなに、ひとりクラッカーを鳴らし損ねたわたしは呆然と突っ立っているしかない。クラッカーを向けられた対象であるとりまるは、ぽかん、と珍しく微かに目を見開いていた。

「……え?とりまる誕生日なの?」

「まぁ、一応」

「じゃあ余計になんでレイジさんがわたしの防衛任務やってるの!弟子の誕生日くらいちゃんと祝わなきゃだめじゃんあのゴリラ!」

できる筋肉と思っていたのに。とんだ期待外れである。とりあえずレイジさんの代打として呼ばれたのならば、とみんなから遅れてとりまるに向けてクラッカーを鳴らす。それに対してやめてください、と不快そうにとりまるが出てきた紙テープを払った。レイジさんがおいしいご飯を作っていってくれたからみんなで食べようと促されて玄関先から移動するが、とりまるの反応が薄くて不満だったらしい小南がぷりぷりと怒っている。わたしも怒りたい。何も言わずに連れてきた迅さんに。せめて説明してくれたのなら一緒にクラッカー鳴らすくらいはできたのに。栞ちゃんがレイジさんのご飯を温めて机に並べていくので、とりあえずとりまるをど真ん中のお誕生日席に座らせて、迅さんに促されるままにその近くに腰掛けた。

「そっかぁ、とりまる16歳か」

「ついこの間まで中学生だったのにほんと生意気よね」

「小南先輩とはひとつしか変わらないじゃないですか」

「ひとつでも先輩は先輩でしょ!」

まあ実際問題、学生のうちの1歳って結構大きいと思う。迅さんも嵐山さんもちょっと前まで同じ学校にいたというのに、嵐山さんは多忙だけど優秀な大学生だし、迅さんはついに職業:ボーダーとして日中街中をぶらつく人になってしまった。嵐山さんと柿崎さんが大学のレポートの話をしているのを見かけて、この間つい三度見してしまった。だって太刀川さんからレポートって言葉を聞いたのは大学生になって半年くらい過ぎた後だった。しかもレポートを半年放置して忍田本部長に叱られた、という内容だったので御察しである。

「16歳ってことは京介もあと2年だな」

「……迅さん」

意味深な迅さんの発言に、とりまるが迅さんを睨んだ。2年後に何があるのよ、と首を傾げる小南をよそに、わたしの頭にはひとつの答えが浮かび上がった。2年後と言えば、とりまるは18歳。つまり、いろいろなものが解禁されるのだ。あの、興味はあるけど周りが気になってなかなか入れないレンタルDVDショップの黒いカーテンの向こう側に足を踏み入れる権利が、ついに。ちなみにわたしは今年18歳となるわけだが、柚宇ちゃんと今ちゃんと全員が18歳になったらあのカーテンの向こうに入ってみようと話をしている。今ちゃんにはめちゃくちゃ拒否られているけれど。

「18歳になるまでは迅さんに頼むので我慢しなよ、とりまる」

「聞きたくないけど一応聞きます。なんの話をしてるんですか」

「えっこの場で言うの?小南と陽太郎がいるのに?」

「もういいです。言っときますけどなまえ先輩が考えてることじゃありません」

完全に蔑んだ目でわたしを見るとりまる。思春期の男の子ってそんなものじゃないのか。柚宇ちゃんに会いに太刀川隊の隊室に行くと、太刀川さんと出水がよくそういうDVDの貸し借りをしているし、学校でも18歳を迎えた男子が早速例のスペースに入ったと武勇伝のように語っていた。イケメンには必要ないのか。そうか。ひとりで納得していると、ちがいますからね、とさらに釘を刺される。おいわたしは何も言ってないだろ。しかしそれが違うとなれば、18歳で解禁されるもの、とはなんだろうか。運転免許、夜間の防衛任務。頭の中でひとつひとつ思い浮かべたが、それに喜んでいるとりまるがまったく想像できない。運転免許あたりは喜びそうだけどお金かかるしなぁ。

「今度は何を考えてるんですか」

「とりまるはそんなに政治に関心があったのか、と」

「選挙権でもないです」

根付さんからボーダーを支援してくれる政治家に投票するように言われる、と太刀川さんが言っていた。しかし同い年の二宮さんはそんなこと言われなかったようで、太刀川さんは放っとくと選挙権を放棄する最近のくそな若者代表のような男だからだろう、という結論に至った。しかし投票先を指定されても太刀川さんは選挙に行かなかったらしい。さすがである。そんな話をしているとすべての料理が温め終わったようで、テーブルの上に御馳走が並んだ。真ん中で存在を主張しているのはとんかつだ。ジュースの入ったグラスが回されて、各々グラスを手に持った状態で栞ちゃんがゴホン、と開始の音頭を取り始める。

「改めて、お誕生日おめでとうとりまるくーん」

次々にとりまるに降り注ぐおめでとう、という言葉に、少しくすぐったそうにありがとうございます、と口元を緩めるとりまる。そしてひとりひとり、誕生日プレゼントをとりまるに渡し始めた。

「ねえ待って。わたしついさっき知らされたからプレゼントなんてないよ」

「何しに来たのよあんた」

「わたしが!聞きたい!」

べつにいいですよ、気にしなくて。といくら言われたところで、先輩としてそう言うわけにもいかない。何よりわたしはなぜかレイジさんの代打としてここにいるのだから。学校に持って行っている鞄をごそごそと漁りとりまるに渡せるものを探す。そして筆箱の中にプレゼントとしてふさわしいものを発見して引っ張り出した。これを渡すのは正直わたしもつらいというか、超絶お気に入りではあったのだが、仕方ない。

「あり物で悪いけど、これ」

「……なんですかこれ」

「わたしとさぁちゃんで考えた鬼怒田さんモチーフのシャーペン」

ボーダー公式グッズとして展開しない?と根付さんに提案したが、即答でボツを喰らったものである。その上鬼怒田さん本人からの許可ももらえず、サンプルとして作ったものはこの一本しかないというレア物だ。デフォルメした鬼怒田さんがプンスカ怒っていて大層かわいらしい出来になっている。とりまるの手元を覗き込んだ栞ちゃんと小南が可愛い!と声を上げた。そうだろうそうだろう。絶対売れるのにこれをグッズ化しない根付さんはセンスがないと言わざるをえない。

「……まぁ、せっかくなので貰っておきます」

「大事にしてねわたしの鬼怒田さん」

微妙な顔で、はい、と返事をしたとりまるだったが、すぐに学校に持って行っている筆箱を取り出して鬼怒田さんシャーペンをしまっていたところを見るに、それなりに気に入ってくれたのだろう。レイジさん、わたし、やり遂げたよ。急に言われたのにちゃんととりまるの誕生日を祝うことができた、と妙な達成感を得たわたしは、その後主役のとりまるをよそにレイジさんの美味しい料理の数々に舌鼓みを打つのだった。ちなみに、とりまるが日常的にそのシャーペンを使用したことにより、佐鳥をはじめとしたボーダー隊員、そしてとりまるのファンの女の子たちから鬼怒田さんシャーペンの販売の要望が根付さんのところに殺到したらしく、うちの隊室に根付さんが商談をしにやってきたのだが、やはり張本人である鬼怒田さんの許可が下りず公式グッズへの道は断たれてしまった。


[ back to top ]