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▼ 彼ジャーしてみる話

真冬もいいところの1月半ば、冬の学生によくあるイベント、マラソン大会がうちの高校でも実施される。大会といっても、学年ごとに2時間ずつ時間を取って決められたコースを走るだけなのだが、長距離走が苦手な人は多いだろう。その例にもれず、3-Aではブランケットにくるまったわたしと柚宇ちゃんが午後の授業にマラソン大会を控えた昼休みにストーブ前の今ちゃんの席に集まって屍になっていた。

「やだよぉ〜マラソンしたくないよぉ〜」

「あったかいところでゲームしてたい〜」

「……あんたらねえ、ぐだぐだしてても走らなきゃ単位もらえないんだからね」

そう、我が校ではのっぴきならない事情がない限り、マラソン大会を走らなければ今期の体育の単位がもらえないのだ。なぜ今日に限って防衛任務が入っていないのか。まことに遺憾である。トリオン体で走っちゃだめかな、と言ったらだめに決まってんでしょ、と今ちゃんにチョップされる。やはりわたしの味方は柚宇ちゃんだけだ。いつまで経っても動こうとしないわたしと柚宇ちゃんに呆れかえった今ちゃんは、わたしたちからブランケットを奪い取るという強硬手段に出た。着替えに行かないと返さない、という今ちゃんに諦めてストーブから離れて自分の席まで体操服を取りに戻り、中を確認して、びしり、とわたしの身体が固まる。長袖ジャージが、ない。古き良き学校である我が校は、真冬であろうと 半そで半ズボンの体操服、その上に着ていいのは長袖長ズボンのジャージのみである。しかしわたしのカバンには、何度見ても半そで半ズボンしか入っていない。この真冬に、半そで半ズボンでマラソンしろと……?思い返せば、先日ジャージを洗濯したものの、ここ数日天気が悪くて厚い素材のジャージだけなかなか乾かなかったのだ。ぎりぎりまで乾かしてあとでカバンに入れようと思っていたのが、裏目にでた。

「ちょっとなまえ、まだ〜?」

「……今ちゃん、柚宇ちゃん」

「どうしたの〜?」

「ジャージ、忘れた」

教室の入り口でわたしを待っている2人を半泣きで見ると、サッと目をそらされる。は、薄情者……!わたし達ボーダー隊員はボーダー提携校ではかなり優遇されているだけに、それなりの素行の良さを求められている(一部を除く)。当然取れるはずの単位を取れなった、なんて言ったら根付さんに怒られかねないし、あっという間に太刀川さんの仲間入りのレッテルを貼られてしまう。それだけは避けたい。でも一月に半そで半ズボンで外を走ったりしたら死んでしまう。冬場は隊室の炬燵から出れないわたしなのだから、余計に。

「なんだよジャージ忘れたのか?」

わたしが動揺しているのを見て面白がっているのか、当真がにやにやと近づいてきた。顔を見るだけで腹が立つが、そもそも当真は不真面目の代名詞みたいなところがある。今さら単位のひとつやふたつ気にしないのではないだろうか。抵抗はあるものの、背に腹は代えられない。

「当真…ジャージ貸して」

「ぜってーやだね」

「クソリーゼント!!!!」

「おいおいそれが人に頼む態度か〜?」

「お願いします貸して下さい」

「ウケる」

「おまえなんか嫌いだ!!!!!」

無駄な時間だった。とりあえず着替えに行くよ、と今ちゃんに引っ張られて更衣室で半そで半ズボンに着替えさせられる。この時間は3年生全員がマラソンをするのだから、当然同学年にはジャージが借りられない。後輩に借りに行くしかない。がたがた震えながら後輩にジャージ借りてくる、というと、可哀想なものを見る目で頑張って、と今ちゃんと柚宇ちゃんが応援してくれた。ヒカリちゃんあたりに借りよう。いや、ヒカリちゃん細いぞ…。ぱっつんぱっつんになったらどうしよう。両腕を必死にこすりながら階段を降りて2年生のフロアにたどり着く。

「あれ、なまえさんじゃん」

「うわ、なんで半そでだよウケる」

高校2年生にもなって仲よく連れションしてきたらしい出水と米屋だった。ウケるじゃねえよ全然ウケねえよ。

「ジャージ、忘れた…」

「げ。3年はこれからマラソンだろ」

「それはさすがにキッツい」

俺のでよかったら貸しますよ、とやさしい言葉をかけてくれるのは米屋だった。ごめんわたしおまえのこと誤解してた。どうせ当真と同じように笑うだけ笑っていくんだろ、とか思ってた。

「ありがとう…でも米屋ジャージいつ洗った?」

「夏休み」

「気持ちだけもらっておくわ」

何度も言うが今は1月半ばである。なぜ夏休みからジャージを洗っていないのか!!さっきちょっとだけ見直したのにまたわたしの中の米屋の株が急降下していく。頭が悪いだけじゃなくてそういうところもずぼらなのはよくないよ。そのままじゃ太刀川さんになるよ。ぶーぶー言っている米屋の相手をしている暇はないので比較的きれいなジャージを求めて徘徊しにいこうとするといきなり、ばふ、と頭から何かをかぶせられ視界が真っ暗になる。なんとかして頭を出すと、目の前には出水がいた。いつの間にかジャージを取りに行ってくれていたらしい。

「洗濯してからまだ着てないからとりあえずこれ着てって」

見ているだけで寒い、とぼやく出水に感極まって泣きそうになった。出水…なんてやさしい子なんだ…。やはり持つべきものは同じポジションの後輩だとしみじみ感じた。きっと射手には悪い人はいない。他のポジションはだめだ。もぞもぞと腕を通して出水のジャージをちゃんと着る。

「ありがとう…出水のジャージ大きいねえ」

「まあなまえさんに比べたらおれらは巨人だろ」

「その生意気さも今だけはかわいく思える」

半ズボンの裾がかろうじて見えるくらいの丈に、まくり上げなければ完全に手まで見えなくなってしまう腕。肩の幅も全然ちがうからか、見るからにだぼだぼと言った感じである。でも自分のジャージよりもあたたかい。すぐに洗って明日返すね、というと、明日使わないからゆっくりでいいよ、と返ってくる。柔軟剤めっちゃ入れてふわっふわにして返そう。そして今度何かおごってあげよう。

「その代わり、ちょっと一枚写真撮らせて」

「は?」

「いや、たとえなまえさんでもさ、自分のジャージ着てぶかぶかな女の子って男子高校生の夢だろ。たとえなまえさんでも」

「おい今なんで2回言った」

ご飯おごってあげようと思っていたが缶ジュースに降格させる。とは言ってもジャージを借りているのは事実なので、仕方なしにやる気のないピースしている写真を出水、何故か米屋に撮られ、今ちゃんと柚宇ちゃんが待っているであろうグラウンドに駆けていく。さすがに長ズボンは引きずってしまうので半ズボンにタイツのままで我慢。

「今ちゃん〜柚宇ちゃん〜」

「無事ジャージ借りれたみたいね」

「ぶかぶかだ〜かわいい〜」

「出水が貸してくれたんだけどね〜思ってたより大きいね〜」

きゃいきゃいと柚宇ちゃんと手をつないでべったりくっついていると、先程わたしを散々バカにしていった当真が、別のクラスのゾエさんやカゲ、村上を連れてやってきた。

「お?半そでで来るの楽しみにしてたのに彼ジ ャーかよ」

「後輩たちは当真より人の心を持っていたよ」

「すごいぶかぶかだけど走りにくくない?」

「どうせ大して走る予定はないから大丈夫だけどゾエさんのを借りたらさすがに動けないかな、と思って言わなかった」

「確かに〜」

ゾエさんや村上ならジャージを貸してくれるかもしれない、とは頭によぎったのだが、さすがにこんな寒空の中、半そでで走らせるなんて悪魔のようなことはできない。もちろん当真は別だが。ぱしゃり。先程聞いたばかりの音が聞こえてそちらに視線を向けると、わたしから手を離していた柚宇ちゃんとクソリーゼントがこちらに携帯を向けていた。

「ちょっと何やってんの。お金とるよ」

「金とれるようなもんじゃなくね?」

「だってなまえちゃんかわいいから〜」

「柚宇ちゃんはゆるす」

ゾエさんも〜なんて悪ノリしてくるゾエさんといまだにカメラを向け続けている当真を半目で睨んでいると、ぱしゃぱしゃと数枚撮られる音がした。カゲはくだらねえ、と言わんばかりにそっぽを向いている。拗らせた思春期ボーイめ。どうせ止めたって聞かないのがわかりきっているので、飽きるまで放っておくことにすると、今度はわたしの携帯がぶるぶると震えだした。画面を確認すると、18歳組、と書かれたグループ名に、画像が送信されました、との文字。嫌な予感しかしなくてLINEを開くと、想像通り同い年のボーダー隊員を集めたグループLINEに当真が

【彼ジャー】

とだけ一言呟いたあとにわたしの写真が連投されている。ちょっと!!!と思わず大きな声を出すが、当真が悪びれるはずもないので、見られる前に、とスタンプを連打して必死に流そうとするが、時すでに遅し。わたしが送ったスタンプにはすぐに複数の既読がついた。これは、間違いなく、見られている。そしてその予想通り、犬飼から大量の草が送られてきた。誰か除草剤をまいてくれ。

犬飼【wwwwwwwwwwwwww】

荒船【一生に一度しかない経験ができてよかったな】

ピコン、ピコンと次々に送られてくるLINE。このグループを退出したい衝動にかられるが、退出したあとにまた変な写真 を送られたらたまらない。

【ハゲろ】

【ゴリラ】

それだけ送ってわたしの精神状況のためにLINEをとじた。どうしてジャージを忘れただけでこんな辱めに合わなければならないんだ。

「大丈夫、かわいいよ」

「村上……」

とぅんく。恋に落ちる音がした。わたし結婚するなら村上がいい。テメー相手じゃ鋼の方がお断りだろ、なんて言ってくる万年思春期の足を踏みつける。当然やり返そうと暴れるカゲをゾエさんがなんとか押さえつけていた。ありがとうゾエさん。ボーダー隊員が揃ってわいわいと騒いでいた為当然のように目立つらしく、普段の倍以上の視線を感じる。そろそろ散ってくれないかな。いつもならまだしも、これだけみんなにいろいろと言われると、いくら柚宇ちゃんや村上がかわいいと言ってくれ ていても恥ずかしいものがある。ここは秘技、ボクちょっとトイレ〜の出番では?愛すべき我が隊のオペレーターがいたらいい反応をしてくれそうなものだけど、誰か突っ込んでくれるだろうか。いや、白い目で見られて余計辱めを受けるだけだろう。結果、ちょっとお花を摘みに〜と言ってその場を離れることにした。後ろから何時代だよ、と今ちゃんの鋭い突っ込みが入った。そういうところ好きだよ。べつに尿意をもよおしているわけではないので玄関付近の風が当たらないところをうろうろしていると、偶然、ばったり、とりまるととっきーに遭遇した。今日はやたらとエンカウント率が高くないだろうか。

「あれ、なまえさん」

「……やっほー」

わたしを見て完全に動きが停止しているとりまるといつも通りのとっきー。わたしに声をかけてきたのは当然とっきーの方だった。とりまるは瞬きもせずにこちらをガン見していた。一体とりまるに何があったのだろう。

「マラソン大会ですか?」

「そうそう〜。あまりに寒いし当真たちがうるさいからぎりぎりまで避難してようと思って」

「なまえさん長距離苦手そうですもんね」

「よくわかったねとっきー」

出来る男とっきーは性根の腐った3年生たちとはちがってぶかぶかのジャージを身にまとったわたしを指差して笑ったりはしない。本当にできる男である。ところでとりまるはさっきからどうしたの。固まっていても元の顔がいいから馬鹿にされることなんてないだろうが、さすがにそろそろ不審に思えてくる。首をかしげてとりまるを見上げるも、やはり反応がない。まさか精巧なとりまる人形か何かなのだろうか。木虎たちが喜びそうだけどそんな馬鹿な。

「ねえとっきー、とりまるどうしたの」

「……寒いから必要最低限しか動きたくないんじゃないですかね」

「そんな変温動物みたいな習性があるの初めて知ったんだけど」

「それよりなまえさん、そのジャージどうしたんですか?」

「忘れたから出水に借りた」

ぴくり。それまで微動だにしなかったとりまるが反応を示す。この時期にジャージなしはつらいですよね、と何事もないかのように喋るとっきーは不審なとりまるが見えていないのか、慣れているのか。同学年には借りられないから、たまたま出水と米屋に会って助かったよねぇ。とりまるの様子は気になるものの、とっきーと会話を続けていると、ついにとりまるが動いた。

「……なまえ先輩」

「うん?」

「写真撮らせてもらってもいいですか」

「お前もか」

先程まで散々3年生たちに撮られて馬鹿にされていたのだ。出水と米屋にも撮られたし、今さら感はあるけれど、さすがに2歳も下の後輩に、しかも顔がいいとりまるにそんなことを言われると恥ずかしいものがある。

「……みんな彼ジャー好きだね」

「 彼ジャーって言うのやめてください」

「え!?」

「そのジャージ、マラソン大会が終わったらどうするんですか」

「え、普通に家で洗濯して返すけど」

柔軟剤たくさん入れてふわっふわにして返してあげる予定、と重ねて言うと先程から挙動不審だったとりまるの目が据わる。今日はずいぶんと情緒不安定だな。とっきーがそろそろ行かないと授業始まるから、と踵を返すのに倣ってわたしもグラウンドに戻ろうとすると、なまえ先輩、ととりまるに呼びとめられる。

「出水先輩は仮にも男なので、女性物の柔軟剤のにおいよりも本部のランドリーで備え付けの洗剤で洗って返した方が喜ぶんじゃないですかね」

うちの洗剤でフローラルな香りを放つジャージを身にまとう出水が咄嗟に脳裏をよぎった。いやきつい。そうか、わたしは男子高校生の気持ちを考えていなかった。

「確かに!アドバイスありがと!!」

鳴り始めた予鈴に御礼だけ言ってぱたぱたと走ってその場を離れる。うそですけど、というとりまるの呟きは、隣にいたとっきーにしか届かなかった。そしてだらだらと半分以上歩いてやり過ごしたマラソン大会の翌日、本部のランドリーで洗濯したジャージを出水に返しにいくと、男子高校生の夢を壊しやがって!!とめちゃめちゃキレられた。解せぬ。




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