▼ 太刀川に引きずられる
「太刀川さん、わたし忙しい」
「へえ」
「忙しいんだって」
「どうせあれだろ、ゲームだろ」
「残念アニメ」
「同じじゃねえか」
うちの国近もなー、ゲームやるからって言って飯とかも断るんだよなー。ずるずるずる、と太刀川さんに首元を掴まれて引きずられるわたしを、多くのボーダー隊員たちが見ている。見ているだけで助けてはくれない。みんな薄情すぎて涙が出てくるよわたし。ていうかどこに向かってるんですか。どうせなら太刀川隊の隊室がいい。柚宇ちゃんに会いたい。しかし太刀川さんが真っすぐ足を向かわせているのはC級ランク戦ブースである。この男、わたしをランク戦ブースに入れてポイントをもぎ取るつもりだな。きゃー、追剥ぎー!とわざとらしく悲鳴を上げるも、まったく動じる様子のない太刀川さんに誰か生贄にできる人はいないものかきょろきょろと見まわすと、わたしたちを見つけてあからさまにやべ、と言う顔をして逃げようとするナマエさんの姿が目に入った。
「太刀川さん!あそこ!ナマエさんがいる!」
「おっとまじだ。おいミョウジ〜!」
「ひいっ!」
生贄を捕えた。わたしを引きずりながら逃げようとするナマエさんを捕えた太刀川さんに、これでわたしは解放されるだろう、と安堵のため息を吐くが、わたしが離されることはなく、わたしとナマエさん、2人がそのまま引きずられていく。ちょっと待ってどうしてそうなるの。おかしいよ太刀川さん。攻撃手は攻撃手同士で勝手にやっててよ。ずるずるずる、と引きずられて、きっとそろそろわたしの制服は埃だらけになっていることだろう。なぜトリオン体になっていなかったのか悔やまれる。対するナマエさんは既にトリオン体だったため、死んだ目で引きずられているだけだった。ていうかこの図やばくない?制服の女子高生と死んだ目の女子大生を引きずる髭面の男。これから何が行われるのか勘ぐられてしまうのでは。
「……何をやっている」
「お、風間さんじゃん」
「風間さん!助けて!太刀川さんに酷いことされる!」
「人聞きの悪いこと言うなって」
そこに現れたのは小型かつ高性能な風間さんだった。明らかに不審者を見る目で太刀川さんを見ていた。風間さんならうまくいけば助けてくれるはず。
「風間さんはこの後暇?ランク戦やろーぜ」
「俺はこの後ミョウジに去年のレジュメを見せる約束をしている」
「そう!そうなんです!風間隊の隊室行こうとしたら太刀川に捕まって……」
ここぞとばかりにそれまで死んだ顔をしていたナマエさんが騒ぎ出した。一人だけ逃げるつもりか。
「なんだよ風間さんと予定あるなら早く言えよ」
「言う間もなかったよね!」
風間さんとの約束があるとのことで太刀川さんから解放されたナマエさんが、ていうか太刀川もその講義とってんじゃん、と続けると、風間さんの太刀川さんに向ける目がまた冷たくなる。どうやらそこそこめんどくさいグループ発表がある講義で、受講者は大体先輩に見せてもらってヒントを得ているらしい。太刀川さんと同じグループの人がかわいそうで仕方ない。まったく意に介した様子のない太刀川さんに、その場にいる全員が呆れかえっていたその時、なぜかやたらと怒っている二宮さんがその場に現れた。
「おい太刀川……レジュメの案を今日までに出せっつっただろう」
かわいそうな同じグループのひとはまさかの二宮さんだった。なんで同じグループになったの。苦労するの目に見えてるじゃん。他の人と組みなよ…。まさか他に組める人がいなかったとかそんなんじゃないよね?ところでわたしはそろそろ離してほしい。わたしまだ高校生だから。大学の話ならよそでやってくれ。
「にのみやさーんたすけてー」
「……お前はなにをやっている」
「太刀川さんに乱暴されてます」
「だからさっきから人聞きが悪いんだよなー」
はっはっは、と笑った太刀川さんに二宮さんが心底軽蔑した視線を向け、わたしの首元を掴んだ太刀川さんの手を叩き落とした。さすが二宮さん。ようやく解放され、立ちあがって制服をパンパン、とはたく。よかった、そこまで汚れていない。二宮さんにお礼を言うと、そんなことよりもグループワークが大事らしい二宮さんはわたしをチラ見するだけでまた太刀川さんに詰め寄った。今日ほど友達のいない二宮さんと仲良くしていてよかったと思う日はなかったと思う。二宮さんと風間さんが一緒になって太刀川さんに小言を言っているのをざまあみろ、と言った気持ちで見ていると、ナマエさんがそわそわしている。そういえば風間さんと約束してるんだっけ。
「風間さん〜約束あったんじゃないんですか〜?」
太刀川さんに助け舟を出したようで不満ではあるが仕方ない。風間さんはナマエさんを見て、もう一度太刀川さんを見てからため息を吐いた。
「すまない、ミョウジ」
「い、いえ!もとはと言えば私が太刀川に捕まったのが悪いので」
風間さんが太刀川さんを諦めたのがわかったのか、太刀川さんは二宮さんの一瞬の隙をついて逃走を図り、残された怒り心頭の二宮さんは大きな舌打ちをひとつすると、かなりイライラした様子で太刀川さんの逃げた方に向かってスタイリッシュに歩いて行った。今度出水と二宮さんを労わってあげよう。特に出水は自分の隊長の責任をとってくれ。そして二宮さんと入れ違うように菊地原がやってきた。不審そうに二宮さんが去って行った方を見ていて、思わずそんな目で見てやるなよ、と零してしまった。菊地原はそれを意に介することなく、風間さんとナマエさんを視界に入れた。きっと副作用で遠くからでもある程度のやり取りは聞こえていたのだろう。その表情には呆れしかなかった。
「風間さんの手を煩わせるのやめてよね」
「うっ」
風間さんがナマエさんを探しに出て戻らなかったから探しに来たという風間さん大好きっ子菊地原は早速ナマエさんに絡み始める。ナマエさんが風間さんに片思いしていることは聴力強化の副作用を持つ菊地原でなくてもボーダー内ではかなり知れ渡っていることなので、同じく風間さんが大好きな菊地原に目の敵にされているのは知っていたが、毎度毎度ナマエさんに嫌味を言いにいく姿を見るともういっそ好きなんじゃないかと思えてくる。ぐうの音も出ないナマエさんと嫌味で畳みかけている菊地原を見て、こういう図どこかで見たことあるぞ、と何かが頭を過った。いつものことなのか止める様子もない風間さんの代わりに菊地原を呼ぶと、なんですか、と嫌そうにわたしを見た。おまえも大概失礼だな。
「菊地原はさぁ、超典型的なツンデレだよね」
「変なこと言うのやめてもらえません?」
「この間さぁちゃんと一緒にやった乙女ゲームにめっちゃ菊地原っぽいキャラ出てきたよ」
「聞いてないし」
「よしよしお姉さんが遊んであげようね〜」
「は?ちょっと離してよ!どこに行く気……」
がし、と菊地原の腕に抱きついて力づくで引っ張っていく。もちろん行先は我が隊の隊室である。確か今日はさぁちゃんもいるはずだから隊室で乙女ゲーをプレイしよう。見る予定だったアニメはしょうがないから後回しだ。生身だから本気で抵抗すれば振りほどけるはずなのに、大人しく連れて行かれる菊地原はなんだかんだ言って優しい後輩である。これがまさしくツンデレ。
「気味悪い笑い方しないでくれる?」
「げへへへへおじちゃんといいことしようか」
「うわこわ……」
だれかー、とやる気なさそうに助けを求める菊地原だったが、うちの隊室でノリノリのさぁちゃんとともに乙女ゲーをプレイして見せたところ、割とまじでトラウマになったらしく、しばらくわたしとさぁちゃんはもちろん、ナマエさんの前にも副作用をフルに使用して姿を現さなくなったらしい。