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▼ エッグベネディクトが食べたい

この間はナマエさんと久しぶりに二人でご飯に行こうとしたのに太刀川さんと出水に邪魔され、焼肉に連行されてしまったため、リベンジということでわたしがずっと気になっていたカフェに行く約束をした。大体やつらときたら何かにつけて焼肉焼肉と、それしか脳がないのだろうか。この間は店についてすぐ二宮さんに捕まったため、いつもの焼肉奉行を炸裂されていたしそんなに食べられないって言ってるのにわたしのお皿に積み上げられていくお肉にもしかして二宮さんはわたしを肥え太らせて出荷する気なのではないだろうかと一瞬頭を過ってしまった。そして胃もたれするから焼肉じゃなくて鍋にしてくれ。まあそれは置いといて、今度こそわたしはエッグベネディクトを食すのだ。この間某料理漫画を読み返してからえりな様のエッグベネディクトが食べたくて食べたくて仕方なかった。

「なまえさんとナマエさんじゃん。どっか行くの?」

「どこも」

二人ならんで隊室を出て早速出水に遭遇した。こいつ実はわたしたちのことを張ってるんじゃないのだろうか。とりあえずもう完全にエッグベネディクトの口であるわたしは死んだ目で平然と嘘をついた。ナマエさんも先日の焼肉で風間さんから説教されたのが堪えたらしく、空気を読んで直帰する、と言っている。

「おれこれから太刀川さんたちとまたメシ行くんだけど一緒にいこーよ」

「いや行かない」

「直帰するんだってば」

「おーい太刀川さーん」

ばっかおまえ!!ひとの話聞けよ!!!!出水に召喚された太刀川さんは嬉々としてナマエさんを捕まえ、出水はわたしの腕を掴んで引きずっていく。いやだから待てって。今日はエッグベネディクトなんだって。おまえらエッグベネディクトなんて料理知らないだろ?食べに行ってもなんだよこれ朝飯かよって言うだろ?ずるずる引きずっていく出水に必死に抵抗し、叫ぶ。

「鎮まれ!鎮まりたまえ!さぞかし名のある山の主と見受けたがなぜそのように荒ぶるのか!?」

「祟り神じゃねえよ」

わたしの抵抗虚しく、ラウンジでは諏訪さんと風間さん、米屋が待っていた。くそ!祟り神の呪いから逃れられなかった!生身の機動が低いことが悔やまれた。いや、トリオン体でもわたしの機動は低い。到底へし切長谷部にはなれないだろう。

「なまえさんまた捕獲されたの?」

「黙れ小僧!おまえにわたしの不幸が癒せるのか?」

「さっきからめっちゃもののけ姫なんだよこの人」

「この間うちの隊室でイケメンが出てくるジブリ作品のイッキ見したの」

「不純な楽しみ方やめろって」

太刀川さんに捕まっているナマエさんはあてにならない。わたしは今日なんとしてもエッグベネディクトを食べるのだからこの場を切り抜けなければ。そう思ってバカふたりを引き剥がし、一番話が通じるであろう風間さんに今日用事があるのでわたしとナマエさん帰ります、と伝える。風間さんいるしナマエさんもしかして行きたいかもと頭を過ったがエッグベネディクトの方が大事である。大体この面子で行ったところで前の二の舞になるのは目に見えている。風間さんはすぐに了承してくれて、太刀川と出水が悪かったな、と言ってくれたが、納得しないのが他のバカどもである。

「用事ってなんだよ」

「どこ行くんだよ」

「今日じゃなきゃだめなのかよ」

上から太刀川さん出水米屋である。イラッときて、やなやつ!やなやつ!やなやつ!と言うと諏訪さんが何言ってんだこいつ、という目で見てきた。まさか耳をすませばを見ていないというのだろうか。だから諏訪さんには情緒が足りないんだよ。風間さんがコンクリートロードはやめた方がいいと思うぞ、とまさかのノリ方をしてきてついレスポンスをし損ねてしまった。この人まさかのジブリ好きか。今度うちの隊室でポンポコ見ます?と聞くと猫の恩返しがいいと言われる。ムタさん…………。まあこれでナマエさんへの埋め合わせにもなっただろう。太刀川さんからナマエさんを奪い返し、じゃ、と手を挙げて本部を出る。そう遠くないところにあるカフェの店内を覗くと、平日の夕方ということもあってお客さんもまばらだった。

「なんだよ結局飯食うんじゃねーか」

後ろから聞こえるはずのない声が聞こえてナマエさんと振り返ると、先ほど本部に置いてきたはずの面子が揃っている。なぜ。風間さんまで。しかし風間さんは頭が痛そうにため息を吐いていたので、大方バカどもに押しきられたのだろう。そこはいつもの屈強な意思でなんとかしてほしかった。お洒落なカフェに似つかわしくない人がほとんどじゃないか。想定外のことに固まるわたしとナマエさんを置いて、やつらは太刀川さんを先頭に店内に入っていく。おいやめろ。7人って言うんじゃない。せめて別の席に座らせてくれ。女性の店員さんが戸惑ったように太刀川さんの対応をしていてもう恥ずかしすぎて帰りたい。本当にごめんなさい。

「おまえらなー、飯食いに行くなら一緒にいけばいいだろうが」

「一緒に行きたくなかったんだよ!察してくれよ!」

ナマエさんが太刀川さんに噛みつくものの、もうそれさえも恥ずかしかった。いつもだったらわたしも全員叩き出すくらいはするというのに。メンタルが削られすぎてやばい。

「あ?なんだよここ禁煙かよ」

「むしろ喫煙可だと思ってたならお花畑すぎるんじゃないかな」

最近喫煙者の肩身の狭さがやべーと言う諏訪さんに、わたしは今の肩身の狭さのがやべーと思うので全く同情できなかった。もうすでにわいわいし過ぎて浮いている。焼肉に文句言ってごめんね二宮さん。こんなことなら焼肉の方がよっぽどよかった。席に案内してくれた女性店員さんは、きっと完全に輩に見える諏訪さんや太刀川さんと関わりたくなかったのだろう。離れたところで男性店員に声をかけてこちらを指差していた。そうですよね。気持ちはよくわかります。恥ずかしすぎて顔が上げられないが、恐らく女性店員さんに頼まれてやってきた男性店員さんがメニューを差し出してくれたのが視界に入ったのでさすがに顔を上げてありがとうございます、と言って受けとると、まさかのとりまるだった。え?なに、ここでバイトしてんの。スーパーじゃなかったの。本当に勤労少年だなおまえは。完全に厄介者扱いされてるだろうと思っていた店員さんが知り合いだったため、若干肩身の狭さが和らいだ…気がする。

「あれ、京介じゃん。ここでバイトしてんの?」

「…………いえ。姉妹店でバイトしてるんですけど、少しの間ヘルプで入ってます」

とりまるに気づいた出水と米屋が絡みだす。おいやめろ。バイト中なんだから迷惑かけるんじゃない。実際出水と米屋に対して迷惑そうに顔をしかめたとりまるは、ふたりをスルーしてわたしに話しかけた。

「…………なんていうか、すごい面子ですね」

「ごめん……ほんとごめん……こんなはずじゃなかったの」

顔を両手で覆って謝罪すると、いやべつに責めてませんけど、と言われる。いっそ責めてくれ。ぶーぶー言ってる出水たちをひたすら無視してごゆっくりどうぞ、ととりまるは戻っていった。今度玉狛に何か差し入れ持っていこう……。そう決めてメニューを開くと、食べたかったエッグベネディクトの文字。お洒落なカフェらしく、写真のない横文字ばかりのメニューだった。これ太刀川さんとかダメなのでは。自分のことそっちのけで心配してしまった。

「エッグベネディクトってなんだよ」

「だからさぁ!!!!!」

イチオシのエッグベネディクトは、ベーコンとソーセージ、ハム、サーモンの中から選択できるようだ。なかなかに悩ましい。しかしエッグベネディクトがどういうものかも知らないらしい太刀川さんたちはあーでもないこーでもないと喋り始める。もういい加減にしてくれないかな。マフィンとポーチドエッグにオランデーズソースかけたやつだよ、と死んだ目で伝えても、オランデーズソースってなんだよと返ってくる。ここは地獄か。わかんないならクラブハウスサンドでも食ってろよ!!とりあえず注文しよーぜ、と太刀川さんがとりまるを呼ぶ。ねえわたしまだ決めてないんだけど。ナマエさんはちゃっかり諏訪さんと風間さんと食べるものを決めていたらしく、とりまるに注文していた。出水と米屋もフレンチトーストとかエッグベネディクトのハムを頼んでいた。わたしで注文が止まると、太刀川さんがなんだよ決めとけよ、と言ってくる。誰のせいだよいい加減にしろよ。とりまるは仕事中なのだから、長々と引き留めては申し訳ない。じっくり悩みたかったところだけど今日はとりあえず早く注文しなければ。

「エッグベネディクトならなまえ先輩はベーコンが好きだと思いますよ 」

焦るわたしを見かねてか、とりまるが助け船を出してくれた。バイト戦士でこういった接客に慣れており、玉狛で食事を共にすることがままあるとりまるの言うことであれば太刀川さんの5000000倍信用できる。じゃあそれで、と言うと、続いてドリンクの注文を聞かれる。

「牛乳はあるか」

「ありません」

「……………そうか」

あるわけねえだろ。風間さんに対して大変申し訳ないのだが、このひと実はバカなんじゃないかと思ってしまった。ホットミルクならありますよ、というとりまるにホットか……と悩んでいる様子の風間さん。いいじゃんホットでも。あと、とりあえずビール、と言っている太刀川さんと諏訪さんは論外すぎるのでご退店をお願いしたい。わたしはとりあえず紅茶、と思ったのだが、やはり本格的なカフェだけあって種類がすごい。いつもはストレートが好きなんだけど疲れすぎて甘いの飲みたいかも。ただいつもアールグレイかダージリンのストレートを飲んでいるから、ミルクティーに合う茶葉がわからない。やっぱりアッサムかな。

「アッサムのミルクティーで」

「なまえ先輩甘いミルクティーあまり得意じゃないですよね?」

「そうだけどなんで知ってるの」

「アッサムより、ダージリンオータムナルのミルクティーの方が上品な香りで甘さもしつこくないですよ」

「とりまる………おまえプロかよ…………」

オランデーズソースも知らずにこういう店に入って大騒ぎするやつらとは大違いすぎて先輩涙出てくるよ。どうせならとりまると一緒にこういう店に行った方が楽しそうだ。店員さんに申し訳なくなることもないし。すべての注文をとり終えて戻っていくとりまるについ熱視線を送ってしまう。やはり顔がいい男はスマートなものだ。店内の女性客もやたらととりまるを目で追う人が多かった。気持ちがわかりすぎてつらい。あのレベルのイケメンいたらわたしも通うわ。はあ、と大きくため息を吐くすでに満身創痍のわたしとナマエさんを見て、太刀川さんが口を尖らせた。かわいさの欠片もなかった。

「おまえらそんな嫌がってるけどこの間も金出させなかっただろ」

「そうですね二宮さんがわたしの分出してくれたので」

「なんで太刀川自分が出してやったみたいな空気出してんの」

そもそもあの日は太刀川さん潰れてお会計の時財布すら出してなかったけどね。風間さんが立て替えてたけどちゃんと返したのだろうか。まあ風間さんのことだからしっかりと取り立てたのだろう。

「つーかなまえさんとナマエさんにこういう店似合わないよな!」

「すごい。おまえらにだけは言われたくねーよ感がすごい」

「普通女子会に乱入とかこっそりついてくるとかありえないよね。通報されるよね」

今日だってエッグベネディクトが食べたかったのはもちろん、普通にいろいろ話をする予定だったのだ。ナマエさんの恋バナとか。いやいつも一方的に話してきてるけど。ボーダーで話すのとはまたちょっとちがうじゃないか。ふたりでこそこそどっか行くから合コンかと思うじゃん?と言う米屋の合コンだったらもっと悲惨だよ……。と頭を抱えた。絶対邪魔しにくるだろ。ていうかナマエさんが風間さんのこと好きなのはみんな知ってるはずなのにその発想は出てこないし大体そう思ったなら風間さん連れてくるなよ。どんな苦行だよ。とりまるが順番に料理を運んできて、それぞれの前にドリンクと料理が置かれる。何かもわからないのにエッグベネディクトを頼んだらしいやつらは、なんだこれ朝飯かよ、と言い出した。もう予想通りすぎてしんどい。貴様らはもう二度とカフェに入るな。とりまるにお礼を言ってとりまるおすすめのミルクティーを一口口に含む。上品な香りに甘すぎず、ダージリン特有の少しの苦味がミルクの風味のあとを追ってくる。思わず口が弛んで、おいしい、と呟くと、また出水たちに捕まっていたとりまるがよかったです、と少し笑った。正直顔がよすぎてときめいた。エッグベネディクトはわたしが食べたかったそのもので、オランデーズソースのかかったポーチドエッグにナイフを入れるととろり、と中から黄身が溢れだす。フレンチトーストを食べている出水がうまそーだから一口くれ、と言ってくるがシカトした。米屋にもらえ。しかし米屋はもうすでに食べ終わっていた。味わうってことを知らないのか。料理をあらかた食べ終え、おいしいミルクティーに一息ついていると、なまえ先輩、ととりまるがわたしを呼んだ。

「これ、サービスです」

ことん、とわたしとナマエさんの前に小さなデザートを置いたとりまるはわたしに顔を近づけて小声でそう言って、何もなかったかのように去っていった。い、イケメンかよ………。なまえさんとナマエさんだけ!と騒ぎ立てる野郎共との格の差が見せつけられた。声を大にして言いたい。だからおまえらモテないんだよ!!!!


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