WT | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 体育祭

いつもよりざわざわとした校内。普段は制服を着込んで机に向かっている生徒たちが、それぞれのクラスTシャツを着込んでグラウンドに集まっていた。三門市立第一高校は、体育祭という一大イベントを迎えていた。体育祭といえば、運動の得意な生徒からすれば一躍ヒーローになれるお祭りである。しかしながら、逆に苦手な生徒からすれば……。

「ついにきちゃったよぉ〜」

「やりたくないよぉ〜」

「あんたたちいつもそれだよね」

「だって今ちゃん〜〜〜」

運動が大嫌いなわたしと柚宇ちゃんは、3年A組が集まる中で抱き合いながら駄々をこねていた。なぜ、こんな全校生徒の前で辱めを受けるようなイベントがあるのだろうか。しかも我が校の体育祭は縦割りで所属する団が決まる。A組は2年にはB級以上のボーダー隊員はおらず、1年生も黒トリガーを使わなければ割とのんびりしている天羽のみだ。そしてうちのクラスのボーダー隊員と言えば、わたし、柚宇ちゃん、今ちゃん、当真の4人である。今ちゃんは運動ができる系女子だからいいものの、引きこもりで運動をよしとしないわたしと柚宇ちゃん、そしてリーゼントが邪魔をするのか、カッコつける割に運動のできない当真ではまず活躍は期待できない。それなのに、ボーダー隊員というブランドは酷なもので、周りからの期待がすごい。そんな期待を押しきってわたしは玉入れのみに参加という、運動のできない女子にありがちな役割を勝ち取ったのだが、当真はリレーを走るらしい。リーゼントが風を感じすぎて走れないんじゃないかな。そして柚宇ちゃんはわたしと同じように玉入れのみを志願していたのだが、じゃんけんに負けて午前は玉入れ、午後は借りもの競争に出場する。今ちゃんは持久走が得意なのでスウェーデンリレーの400に出るそうだ。すごい。わたしは絶対に嫌だ。今ちゃんに駄々こねたって仕方ないでしょ!と怒られ、団ごとに振り分けられた鉢巻を3人おそろいでネクタイ結びにした。

「お、いいなそれ。俺もそれやるわ」

「勝手にやれば?」

「どうやって結ぶんだよ」

わたしたちを見た当真が絡んでくるが、どうやらこの男、ネクタイの結び方を知らないらしい。まあうちの制服学ランだから仕方ないけど、それじゃ二宮隊には入れないな。当真にやってやるから屈め、と言うと逆に背伸びをしやがったので当真の鉢巻を血が止まるくらい強く腕に巻き付けてやった。文句を言っていたが人の親切をむげにする方が悪いと思わないか。

「おっ、なまえさんたち見っけ」

そこに現れたのは出水と米屋ととりまる、とっきー、奥寺、ゾエさんの1〜3年のB組ボーダー隊員だった。それぞれ青い鉢巻を巻いている。もう既にめんどくささがすごい。うげ、と思ったことが顔に出ていたのか、ゾエさんにこらこら、と窘められる。出水と米屋がわたしを囲んでなまえさん何出るの?何出るの?と囃したててきて非常にうざいので、玉入れ、とだけ簡潔に答えると爆笑される。こいつら本当に腹立つんだけど。処す?処す?

「動く気のなさやばすぎね?」

「お前ら脳筋と一緒にすんな。こちとらデリケートなんだよ」

B組の面々は、脳筋米屋は言うまでもなく、デキる男とっきーも奥寺も、生身を鍛えるのが趣味なゴリラの弟子、とりまるも、見かけによらず動けるゾエさんもみんな運動能力が高い。平均くらいだと言い張っている平均ちょい下の出水以外。ボーダー隊員以外にも当然運動できる人間がいるためボーダー隊員の運動能力イコール体育祭の勝敗にはならないものの、身体の動かし方が分かっている分ボーダー隊員に運動能力が高い人間が多いこともまた間違いないのだ。

「ゾエさん何出るの?」

「綱引きとパン食い競争だよ〜」

「わ〜強そ〜」

うるさい2年生どもを無視してゾエさんと一通りきゃっきゃしてから1年トリオにも何に出るか聞いてみると、3人とも花形と言われるようなリレーや短距離走に出場するそうだ。

「あと京介は二人三脚だろ〜」

「……まぁ」

「えっ!?やばいじゃん相手の女の子死なない!?」

我が校の二人三脚は伝統的に男女ペアで行っている。過去には嵐山さんが出場して相手の女の子を気絶させて失格になったこともある。そんな競技にとりまるが出てしまったら、嵐山の乱の二の舞になりかねないのでは。少なくとも、発狂している香取ちゃんが頭に浮かんだのは仕方ないことだろう。

「聞いてよなまえさん、コイツのペア、1年で一番かわいい子」

「うっそ。あの吹奏楽部の子?役得じゃん!」

「ちょっと顔がいいからってずりいよな」

「ちょっとじゃないからじゃない?」

出水が事細かに説明してくれるものの、その間のとりまるの表情は微妙なものだった。相当可愛い子だったと記憶しているが、あのレベルはとりまるにとっては大したことがないのだろうか。まあ小南も栞ちゃんもかわいいもんな。目は肥えてるよな。グラウンドに響き渡るアナウンスが玉入れに出場する選手を呼ぶ。わたしの本日の唯一の出番がやってきたようだ。その場の全員に背を向けて柚宇ちゃんと集合場所に向かって歩き出すと、後ろから自分の投げた玉に当たんなよ、という野次が聞こえた。どういう状況だよ。当たらんわ。玉入れ出場選手は、わかっていたことではあるが文化系女子、といった風貌の女の子ばかりだった。緑の鉢巻を付けたE組の中に小夜子ちゃんの姿を発見して、ちょっと和む。わたしと柚宇ちゃんは適当に投げてそこそこ玉を籠に入れいていたが、視界にたまたま入った小夜子ちゃんは、投げた玉が籠に届かず、くまちゃんに野次を飛ばされていた。我がA組は2位というそこそこの結果を出し、柚宇ちゃんとのんびり今ちゃんの元に戻る。これでわたしの仕事は終わりである。あと今ちゃんと柚宇ちゃんの応援、そして当真と出水への野次に専念しようと思う。柚宇ちゃんももう午前中の競技はないので、一緒にのんびりと眺めていると、黄色い歓声が上がる。どうやら噂の二人三脚が始まるらしい。出水と米屋がめちゃめちゃ見やすいところの最前列をキープしていた。本気かよ。スタート位置にはかわいい女の子と片足を縛られた状態のとりまる。近い距離に女の子が顔を赤らめていた。しかしとりまるは全くその子を見ていない。迷惑そうに出水と米屋を見ている。おまえそっちじゃないよ。隣を見ろ、隣。そう思っているのが通じたのか、とりまるが馬鹿ふたりから目を離す。そして今度は、おそらくたまたまわたしと目が合った。こっちでもないよ。とりまるはわたしをガン見したあと、なぜか気まずそうに視線をそらす。その後スタートの合図があるまで、とりまるが隣の女の子を見ることはなかった。それどもただ女の子と密着して走るだけできゃーきゃー歓声が上がるのは、さすが顔がいい男と言わざるを得ないだろう。いっぱいいっぱいという様子の女の子に、わかる、わかるよ。推しとの接触ってそうなるよね、とひとりうんうんうなずいてしまった。あっという間に午前の競技が終わり、今ちゃんと柚宇ちゃんと一緒にお昼を食べる。やたらと眠そうな柚宇ちゃんを見て、大丈夫?と声をかけた。

「昨日徹夜しちゃった〜」

「さすがにおばかでは???」

「発売日だったんだよね〜」

何も体育祭の前日にやらなくても。わたしも人のことは言えないからあまり言えないけれど。今ちゃんがめちゃめちゃ呆れた顔をしていた。そして午後イチ、柚宇ちゃんが出場する借りもの競争の前に事件は起きる。青い顔をした柚宇ちゃんが突然倒れ、保健室に運ばれたのだ。みんな心配そうにしているが、あれはただの寝不足である。そして借りもの競争に出られない柚宇ちゃんの代打として白羽の矢が立ったのは、玉入れしか出場していないわたしだった。おい待て。わたしはじゃんけんを勝ち抜いたのに。初めて柚宇ちゃんを恨みそうになっている。我が校の借りもの競争といえば、お題が酷いものが混ざっていることで有名なのだ。国近さんと仲良いし、代わりに…。国近さんかわいそうだよ。そんな風に言われてしまえば断るわけにもいかず、しぶしぶ了承し、もう時間がないから!と集合場所に連れて行かれる。昨日を発売日に設定したゲーム会社を訴えてやりたい。スタート位置に並ばされると、わたしに気づいたらしいボーダー隊員たちが指をさして何やら話している。出水と米屋が笑っていたのであいつら本当に許さない。スタートの合図とともにノロノロと走りだした。カゲの笑い声とおっせえ、という声が聞こえたので、今度から敵意の視線を向けることに決めた。チクチクしてやる。わたしより先にお題にたどり着いた人たちが固まったり悲鳴を上げたりしている。どんなお題を引いたのだろうか。それを横目に自分のお題を引くと、そこには“男前”との文字。アバウトすぎるだろ。とりあえず応援席に向かう。一番近いところにはわたしを笑いに来たらしい当真がいた。

「お題なんだったんだよ?」

「男前!」

「俺のことかよしょうがねえな」

アップを始めた当真をシカトしてきょろきょろと男前を探す。当真を連れて行ったら失格になってしまうじゃないか。村上を探しているのだが、次の種目に出場するためにもう集合してしまっているらしい。その後も出水と米屋、佐鳥に捕まって全員がわたしと一緒に走ろうとするので全てシカトし、わたしのセンサーに引っかかる男前を探し続ける。とっきーあたりいないものか。顔は好みではないけれど性格も含めたら間違いなくと男前だ。しかしそこで、わたしの男前センサーが強い反応を示した。

「見つけた!」

がし、と腕を掴む、と驚いたようになまえ先輩?と目を見開くとりまる。黙ってついてきて、というと何が何だかわかっていないようで、わたしに手を引かれて走り出した。わたしの一生懸命のペースに合わせて小走りでついてくるとりまるとそのままゴールし、審判がお題を確認して読み上げた。もちろん満場一致のお題クリアである。

「いきなり引っ張ってごめんね」

運動不足にしては頑張って走ってしまったため、少し息を切らしながら振りかえってとりまるに謝罪すると、とりまるはわたしが掴んでいるのとは逆の腕で顔を隠していた。耳が少し赤くなっているのが目に入る。

「大丈夫?暑い?」

「……大丈夫です」

引っ張っちゃったからジュースを奢ってあげると言っても大丈夫の一点張りだった。そしてわたしにシカトされた自称男前どもが集まってきて文句を垂れ始めたので、とりまるの腕を離す。出水と米屋は違う団に協力してんな!とさっき着いてこようとしてた自分を棚に上げてとりまるを怒り始める。だからおまえらは男前じゃないんだよ。そんな波乱万丈な体育祭の優勝は、まあ、当然のようにB組がかっさらっていた。ゾエさんの綱引きは対戦相手を子供のようにずるずる引きずっていくので恐怖を覚えるほどだったとだけ報告しておく。


[ back to top ]