▼ 緑川に絡まれる
個人ポイントなんてこだわりもないし、基本的に作戦を練って詰めていくタイプのわたしとしては、個人ランク戦を重ねることは自分の手の内を晒していくことと同義だと思っている。だからこそ、普段ひとりでは個人ランク戦ブースなんて近寄りもしないのに、その日はたまたま思う存分メテオラをぶっ放したくなって的を探してうろついていた。
「あれー!なまえちゃん先輩だ!」
どうしたの珍しいー!と早速声をかけてきたのは緑川だった。人なつっこい緑川はめんどくさいのが多い後輩の中では可愛げがあるため、遭遇したらそれなりに可愛がってはいる。しかし、初対面はなかなかに酷いものだった。ランク戦や模擬戦でさぁちゃん特製トリガーを使って結構やらかしているうちの隊はA級といっても信じられなかったのだろう。しかも個人ランク戦ブースによく顔を出すナマエさんや、それなりに見かけるりっちゃんとはちがい、わたしは隊室に引きこもりきりだ。話をする前はわたしがふたりの影に隠れて楽をしている隊長に見えていたらしい。それだけで大分印象が悪いのに、度々玉狛に遊びに行くこともあって、わたしはそれなりに迅さんと親しい。それなりに。本部で迅さんと話していると ころを見られたらしく、その翌日には隊室に引きこもる前のわたしをにっこり笑顔で捕まえ、個人ランク戦ブースに引っ張っていったのだ。初対面のこどもに引っ張られていたわたしの内心は何だこのガキ、である。
* * *
「おれとランク戦しようよ」
「……なんで?」
「先輩にちょっと稽古つけてほしくて」
胡散臭いにもほどがある。そもそもわたしはこの子を知らない。当時から入隊時の記録で話題になり、ちやほやされていたらしいが、引きこもりで周りに興味がないわたしにはそんなこと知る由もなかった。
「君、射手なの?」
「……先輩、俺のこと知らないの?」
「え?話したことあったっけ?」
なんていうか、話がかみ合っていない気がした。遭遇した人にバトルしようぜ!なんて言ってくるこの子はもしかしてた短パン小僧かむしとり少年なのだろうか。残念ながらわたしは子どもをいじめてお小遣いを奪い取るような鬼畜になったつもりはない。どうしてもランク戦がしたいらしい少年とどうしてもランク戦がしたくないわたし。このままでは平行線だった。どうしたものか、とちょっと悩んでいると、救世主とばかりに可愛くない後輩の筆頭である出水と米屋が現れた。
「なまえさんと緑川じゃん」
「珍しい組み合わせじゃね?」
「その前におまえらは先輩に会ったらまず挨拶をしろ」
そこでわたしはこの少年が緑川という名前であることを知った。そういえば、こいつめちゃめちゃ絡んできた割に自己紹介もしてないじゃん。ちーっす、とやる気のかけらもない挨拶をしたバカ2人は、何やってんの、と聞いてきた。本当にかわいくねーな。
「知らない少年にナンパされてた」
「緑川趣味わりーな」
「出水おまえそろそろ優しいわたしでも怒るからな」
「ていうかなまえさん緑川のこと知らねーの?最近草壁隊に入った注目のルーキーって話題になってんのに」
「俗世の話題は知らない」
「仙人かよ」
失礼極まりない後輩ではあるが、初対面の緑川少年よりは扱い方がわかるからまだマシに感じる。そもそも初対面ってところがよろしくないよね。もっと段階を踏んで話しかけてきてくれ。ナンパじゃないよ、と自分に貼られた不名誉なレッテルを剥がしたいのか、にやにやと笑う出水と米屋に対して思いのほか静かな声で反論する緑川少年。
「ランク戦をお願いしてたんだよね」
「は!?なまえさんがランク戦すんならまずおれとだろ!」
「なんでだよしねーよ」
いつも頑なにランク戦を断っているから諦めている出水が何故かわたしに食って掛かった。だからわたしは一言もランク戦するなんて言ってない。出水くんは天才だからわたしより強いよ大丈夫大丈夫。適当に流していると、緑川少年が訝しげにそんな出水を見る。
「いずみん先輩、この人とランク戦やりたいの?」
「当たり前だろ」
「なまえさん弾バカの次は俺ね」
「どっちもやらない」
なまえさんはこの調子でランク戦やってくんないから、気が向いたなら絶対おれがやる、と出水が緑川少年を指差した。気は向いてないけどな。この空間わたしの話を聞かなすぎるから早く隊室に行きたい。今日はさぁちゃんとわたしの推しが死ぬシーンまで進める約束をしたのに。メンタルがしっかりしてなければ推しの死は乗り越えられない。
「なんでみんなこんな人ばっかり!迅さんだけじゃなくいずみん先輩とよねやん先輩まで!」
ついに緑川少年の中の何かが爆発したらしい。先程まで胡散臭い笑顔だったというのに、わたしのことを敵意むき出しの目で見てきた。いやだからわたしと君は初対面だろう。なんでそんな目で見られなきゃいけないんだ。いや、出水と米屋のほかにもう一人名前が挙がっていた気がする。
「……迅さん?」
「この間、本部に来てた迅さんと話してたじゃん!」
一瞬いつの話かわからなかったが、ちょっと記憶をたどると思い当たる出来事があった。
「ぼんち揚げとサラダせんべいどっちが美味しいかの話してた時か!」
「くだらね」
「その時、玉狛に誘われてた!おれが玉狛に異動したいって言っても迅さんは笑ってスルーするのに!」
それはもはや嫌われているのでは。冗談でも言ってはいけない空気だったのでなんとか飲み込んでおく。ついでに言うと異動のお誘いなんて受けてないし、誘われても断っている。
「小南と陽太郎がずっと待ってるから玉狛来てよって言われたやつな……」
盛大な勘違いだった。三輪の件といい、迅さんに関わるとロクなことがない。副作用で視えているなら回避させてくれよ。会う度に何かとぼんち揚げを渡されるのは賄賂のつもりだろうか。緑川少年の言い分としては、迅さんにあこがれてボーダーに入り、才能もある自分じゃなくてA級部隊の隊長のくせに隊員に甘えてぐーたらしてるやつが迅さんに目をかけてもらうなんておかしい。だからおれがあんたより強いことを証明してやる、とのことだった。イラッときたからご希望通りランク戦ブースに連れ込んでボコボコにしてやった。いくら才能があっても思考が単純でまだ経験が浅いから、簡単に誘導に引っかかってくれるのでボコるのはそう難しいことではなかったが、この際めちゃめちゃへこませてやろうと思 って最後に分割なしのメテオラで爆破してバラバラにしたのはちょっと大人げなかったかもしれない。わたしの機嫌が悪いことを察してか、緑川をボコった後に出水と米屋に絡まれることはなかった。
* * *
「緑川、わたしの的になってよ。今めっちゃメテオラ打ちたい気分なんだよね」
「え」
瞬間、緑川の顔色が悪くなった。初対面で完膚無きまでにボコり、ついでによくわからない玉狛異動という誤解を解いてから、手のひらを返すように懐いてくるようになった緑川ではあるが、やはりあのランク戦のトラウマは色濃く残っているらしい。個人ランク戦ブースを指差すわたしに勢いよく首を横に振った緑川に苦笑した。
「メテオラ撃ちたい時のなまえちゃん先輩とはもうランク戦しないって決めてるから」
「さみしいこと言わないでよ〜」
「いずみん先輩誘えばいいじゃん!すぐ来るよ」
「あいつはやり返してくるししつこいからやだ」
わしゃわしゃと緑川の頭を撫でると、次いつ玉狛行くの、と問われる。こいつまさか着いてくる気か。さっきまでかわいかったのにかわいくなくなった。べし、と軽く緑川の頭を叩いて、踵を返す。興が削がれたのだ。
「なまえちゃん先輩、今度はみんなでチーム戦やろうね!おれなまえちゃん先輩と同じチームがいい!」
「気が向いたらね」
ひらひらと後ろの緑川に振り向かずに手を振った。つくづく、迅さんが絡まなければかわいい後輩である。