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▼ イレギュラーゲート事件

推しイベの最中だった。防衛任務もなく、本部に行って輩に絡まれてはたまらないとひとりでスマホをタップしながら帰路を辿っていると、視界の端にとても見覚えのある空間の割れ目が出現した。繰り返すが、今は推しイベの最中である。なぜかゲートが発生しているが、ここは警戒区域ではない。防衛任務の隊員が到着するまで時間がかかるだろう。でも、わたしも手が離せない。バチバチという音とともに、モールモッドが姿を現す。周囲を歩いていた一般の三門市民が悲鳴を上げて逃げ惑っている。なんでよりによって一分一秒ですら惜しいこの時に?ボーダー本部のゲートの発生を警戒区域に集める役割どこ行ったの。都合良く誰かボーダー隊員が通りかかってくれないかと思ったが、周りにそれらしき影はなく、手はひたすらスマホをタップしながらため息を吐いた。そしてしょうがなくスマホを制服のポケットにしまい、トリガーを取り出す。

「トリガーオン」

トリオン体に換装し、イベを走りたいわたしの邪魔をするトリオン兵に対し、なるべく周囲の建物や道に被害が生じないようにバイパーを放つ。綺麗に核を撃ち抜くと、トリオン量が多いわたしを狙い前足を振り上げたモールモッドの動きがとまり、倒れこむ。その際にちょっと塀が削れたけどわたしの責任ではない。

「本部、こちらみょうじ。学校帰りにイレギュラーゲートに遭遇したのでモールモッド片づけてます」

モールモッドを見下ろしながらトリオン体の通信機能を起動して本部に通信を入れると、忍田さんと思われる声が返ってくる。

「すまないみょうじくん。対応してくれて助かった」

「なんでこんなところにゲートが発生するんですか。鬼怒田さん仕事してください」

「開発部総出で原因を探っとるわい!」

「回収班を今から向かわせる。みょうじ隊員は回収班は到着するまでトリオン体のままその場で待機するように」

「えっ」

鬼怒田さんに文句を言ってぶーたれていると、城戸司令からの指示が飛んでくる。え?わたし、今日非番。そしてイベ中。わたしのスマホは制服のポケットに入っているので、トリオン体のままでは取り出せない。繰り返すように、待機、と低い声で言う城戸司令にイベント走ってるんです!!!とはさすがに言えず、

「………みょうじ了解」

不満を飲み込んで、そう答えるしかなかった。そこから回収班が到着するまで、根付さんに怒られるような不機嫌顔でその場に突っ立っていた。これ臨時ボーナス出るのかな……。お金が入ってもわたしの時間は返ってこないけどな。数十分後、ようやくやってきた回収班にその場を任せ、今度こそ換装を解除してロスしてしまった時間を埋めるようにスマホをタップし始める。わかっていたことではあるが、ランキングの順位が下がっていた。つらい。イベ自体は明日の夜まである。このためだけに今日から防衛任務を入れていないのだから、ひたすらタップし続ければ最高報酬は手に入れられるだろう。その、はずだった。

「ボーダーのC級含む全隊員総出で特別任務だって〜」

「いやむり」

翌日の朝、さぁちゃんから電話がきたので、スピーカーモードにしてなおもスマホをタップし続けていると、例のイレギュラーゲートの件で特別任務が入った、との連絡だった。心の底から出なければよかったと思う。

「いそがしい。わたしの分はナマエさんにやらせて」

「そういうわけにもいかないみたいだよ〜?」

わたしはここ数日イベで忙しかったしそもそもボーダーにいてもずっと隊室にこもりきりだから知らなかったが、わたしが遭遇したイレギュラーゲートは、最近場所を選ばずに発生していて、ボーダー内では大変な騒ぎになっていたらしい。本当に全然知らなかった。そしてその原因となるゲートを開く機能をもった小型トリオン兵が三門市内に想像を絶する数潜伏しているそうで、一刻も早い駆除が必要だとか。画像が送られてきたので開くと、カブトガニのような外見をしていた。普通に気持ちが悪い。

「さぁちゃん、わたし今日の夜まで推しイベなの。そんな何時間かかるかわかんない仕事受けられない」

「命令違反でB級降格されたりしたら大変じゃない?」

「………いやでも推しが」

「なまえちゃんのことだからもう1枚は絶対とれるんでしょ?」

「完凸したいの!」

じゃあ早く終わらせればいいんじゃない?と電話の向こうで軽く言うさぁちゃんは、今回自分の推しじゃないからってずいぶんと薄情だった。いやでもB級に落とされたりしたらお布施できなくなってしまうし、来月発売の新作ゲームも買えない。早く終わらせる。それだけを胸に誓い、さぁちゃんに指定されたうちの隊の集合場所に行くと、ナマエさんとりっちゃんが既に集まっていて、わたしの顔を見てドン引きしていた。よほど顔が死んでいるらしい。とりあえず早く終わらせるためにマーカーの位置に無差別にトマホークを撃とうとしたら、近くにいた東さんと諏訪さんに止められてめちゃめちゃ怒られた。カブトガニが潜伏しているのは、当然警戒区域外である。仕方がないので一匹一匹探して駆除してを繰り返している途中で複数のボーダー隊員と遭遇したが、殺気立ったわたしに声をかけてきたのは嵐山さんと犬飼だけだった。犬飼には当然ブチ切れたし、嵐山さんに、一緒に頑張ろう!と励まされてまた心が死んだ。乾いた笑いしか出てこなかった。そうして駆除が終わったのは、推しイベがとっくに終わったあとだった。イレギュラーゲート絶対許さない。今だけ三輪の気持ちがちょっと理解できた。


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