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▼ 出水と付き合うふり

「お願いします!」

「帰れ」

現在、うちの隊室でわたしの前に土下座する男がひとり。そう、出水公平その人である。そしてわたしは、それを冷やかな目で見下ろしていた。隊室の扉が開き、ナマエさんとさぁちゃんとりっちゃんが入ってきて、ぎょっとした表情でわたしたちを見る。

「出水…今度はみょうじに何したの?」

「懲りないねぇ〜」

「なまえ先輩も隊室でなにやってるんですか…」

何やら激しく誤解されてるような気もしなくもないが、今回わたしは何もしていない。そして何もする気がない。こうなった経緯を説明すると、まず甘いミルクティが飲みたくなってラウンジ近くの自販機に向かったところ、わたしがお金を入れる前に出水が代金を払い、飲みたかったミルクティの隣のレモンティを購入してわたしに渡してきたのだ。これじゃねえよ、と思いつつ押し付けられるレモンティを受け取ると、出水がものすごい笑顔でお願いがあるんだけど、と続けた。嫌な予感しかしないので一度受け取ったレモンティをつき返すと、受け取るまいと出水が私の方に押し返してくる。不毛なレモンティの押し付け合いが始まった。

「人の好意を!無駄にするなよ!」

「好意じゃないでしょ!これ賄賂でしょ!そしてわたしが飲みたかったのはミルクティ!」

「は!?早く言えよ!」

「言う前に勝手に買ったんじゃん!」

ぎぎぎぎ…とレモンティを押し付け合うわたしたちに好奇の視線が集まり始める。なぜこんなことに。とりあえずミルクティ買って隊室帰ろう。お財布を取り出すと、出水がぱし、とお財布を開こうとするわたしの手を押さえた。なんだっていうのだ。

「おれがミルクティも買ってやるからお願い聞いて」

「いやだ」

たった100円のために出水の願いを聞くなんて冗談じゃない。絶対割に合わない。米屋の勉強見てやって、とか太刀川さんのレポート手伝って、とか言われたらお取り寄せグルメでも貢いでもらわないと。

「なまえさん、おれと付き合って」

思わず財布を落とした。え、なに。付き合ってってどこに?とか少女漫画の鈍感ヒロインみたいなことを言いそうになったけど、おれと、ってことは交際の申込みと受け取って間違いないだろう。なに、出水ってわたしのこと好きだったの。

「わたし出水は好みじゃな…」

「付き合ってるふりに!」

「は?」

もう本当に意味がわからないので、ミルクティは諦めてレモンティも出水に押し付け、財布を拾って隊室に戻る。しかし出水は隊室まで追いかけてきて、ついには土下座をし始め、冒頭に戻る。経緯を説明すると、なるほどわからん、と言いたそうなナマエさんが、とりあえず出水の頭を上げさせて、事情を聞き始めた。

「えーと、付き合ってる、ふり?なんでそんなことが必要なの?」

「ナマエさん…」

取りつく島もないわたしを懐柔する救いの女神にでも見えたのだろうか。出水がナマエさんにぽつりぽつりと事情を説明し始めた。なんでも、学校で同い年の女の子から熱烈な告白を受け、断っても諦めない、と言って毎日纏わりつかれているらしい。何度断ってもだめなので、それならもういっそ彼女がいると言ってしまえばいいのでは?と思いたってその子に伝えたところ、そんな子見たことない、証拠を見せてもらえなきゃ諦めない、と逆に宣言されてしまったとのことだ。すごいガッツだな。そこで当然彼女なんていないため、困った出水がわたしにこうして頼みに来た、ということらしい。

「なんでそこでわたしなの」

「なまえさんなら何があっても大丈夫だろ」

「絶対協力しない」

「うそうそ!やっぱおれが一番仲良い女子って言ったらなまえさんかなって!」

取ってつけたように言われたところで。そりゃね、聞いたところ執念深い子みたいだし、柚宇ちゃんにでも頼まれてまかり間違って柚宇ちゃんが協力なんてしちゃった日にはわたしは心配でいてもたってもいられなくなってしまう。かと言ってわたしが協力するのは話がちがう。そもそもてめえでカタつけろよ、と思ってしまうわけである。無理ならいっそ付き合えばいいのに。モテない出水くんを好きだって言ってくれる世にも珍しい子なのだから。

「そもそもなんで断るの?好きな子がいるわけじゃないでしょ?」

「顔が好みじゃない」

「しね」

それまでなんとか事情をくんであげようとしていたナマエさんの目も冷たくなっていた。さぁちゃんはもう出水に完全に興味をなくし漫画を読み始めているし、りっちゃんに至っては初めて見るような屑を見る目で出水を見た後、隊室から出て行ってしまった。おまえそんなこと言える立場かよ!!!顔もスタイルも全然好みじゃないから付き合えないと言う出水は何を夢見ているのだろうか。おまえが理想とする美少女がおまえのことを好きになるわけないだろう。出水はなおも性格がぁ〜とか髪型がぁ〜とか続けるも、女性陣を敵に回しているだけということに気づいていない。

「ていうかわたしが出水と付き合ってるって悪評が広まったらどうするの。風評被害にもほどがあるんだけど」

「おれだってほんとなら柚宇さんとか紗彩さんがいいに決まってるだろ!」

「わたしはぜったいいやかな〜」

ふわふわしたさぁちゃんには珍しいくらいのはっきりした拒絶だった。やっぱり美人揃いのオペレーターたちと違ってわたしなら何が起こってもいいという判断だったらしい。じゃあナマエさんでもいいじゃん、と風間さんなら信じ込んで勘違いされ続けかねないことを理解しながらそう言うと、学校内で済ませたいから大学生はだめ、とのことである。もう米屋のことが好きだからって言って断われよ。さすがに諦めてくれるよ。しかしそんなことを言ったらその後彼女ができなくなってしまう、と嫌がる出水。もういい加減にしてくれ。

「ていうかさ、普通に失礼じゃない?わたしにも、その子にも」

断っても諦めてくれなくて困る、という状況はわかった。でも、誠意をもって断らず嘘を吐いて無理やり諦めさせるというのはあまりにもその子に失礼だろう。もちろん付き合わされるわたしに対して失礼なのは言うまでもないが出水の失礼はいつものことすぎて慣れてしまっている部分も否定できない。

「いやでも…まじで困ってんだよ。なまえさん、一生のお願い」

一生って言ったな?もう今後出水のお願いは絶対に聞かないからな?うーん。面倒が過ぎるので断固拒否したいのは山々なのだが、出水がここまでわたしに頼んでくるということは本当に困っているのだろう。はぁ、と大きくため息を吐く。

「わたしに彼氏ができなくなったらどうすんの」

「おれと付き合ってるふりしなくてもなまえさんには彼氏なんてできないから大丈夫だよ」

「おまえ言うに事欠いてそれか」

わたしが諦めたのを察した出水の顔が一気に明るくなる。ナマエさんが慌てたように本当にいいの!?と聞いてくるが、この際もうしょうがないだろう。ただし条件として、ボーダー内では付き合ってるふりはしないこと。広める必要はないけれど、関わる可能性のあるボーダー隊員には、ちゃんと付き合ってるふりだと伝えること。当然のことながら付き合ってるふりなので必要以上の接触を避けること(これに関しては、当たり前だろ、おれにも選ぶ権利があると言われたので思い切り蹴りを入れた)。以上を遵守するように約束させた。さらにさぁちゃんとナマエさんがわたしの身の安全を約束させる。まあね、本当に襲われでもしたら生身の運動能力値底辺のわたしでは抵抗できないもんね。そんなこんなで始まった出水との付き合うふり。相手の女の子に見せつけるために、待ち合わせて一緒に登校、お昼は教室まで出水が迎えに来て一緒、防衛任務等がない限り放課後も一緒にボーダーに向かう。しかしわたしは、3日でギブアップしそうだった。

「なに?なにが悲しくてずっと出水の顔見てなきゃいけないの?なんで柚宇ちゃんと今ちゃんとの楽しいランチタイムを捨ててまで出水とご飯食べなきゃいけないの?こんな世界滅びればいいのに」

「おれだってめんどくさいに決まってんじゃん。昼休みなまえさんとこ行くくらいなら寝てたいし放課後もすぐ本部向かいたいよ」

「あ?おまえ立場わかってんのか」

「だからごめんって言ってんだろ」

「言ってない」

本部のラウンジでぐでーと出水とふたり突っ伏す。ストレスがMAX過ぎてやばい。わたしたちが付き合ってるふりをしていること知っている米屋や当真、ゾエさんといった面々がにやにやしながら見下ろしてくる。誰でもいいから殴りたい。通り魔かよ、と言われるが、きっと通り魔とはこんな気分なのだろうと想像できた。

「で、どうなんだよ、弾バカに片思いしてる趣味の悪い女子の様子は」

「趣味悪くはねーだろ見る目はある」

「んー、やっぱり遠くからそれらしき子はこっち見てくるんだけど何も言ってこないんだよね」

出水を無視して続けられる会話に、出水が不満そうにおい、と米屋の肩を掴んだ。しかしもちろん運動能力では圧倒的に米屋に分があるため、すぐに叩き落とされていた。何かあったらゾエさんとこおいで、と言ってくれるゾエさんは全力でゆるす。だから大好きだよゾエさん。ただしずっと笑ってる当真は許さない。絶対にだ。ていうか3日間相手の子からわたしはおろか出水にすら接触がないそうだが、これ本当に大丈夫なのだろうか。それらしき子は見かけるけど、もしかして出水の妄想だったとかいうオチはない?わたし巻き込まれ損だったりしない?そんな風に呑気に考えていられるのも、その日までだった。翌日は日中防衛任務だから、と出水と柚宇ちゃんが学校を早退していった。だから久しぶりに今ちゃんとご飯を食べられる、とルンルンしながら、ご飯の前にちょっとお花を摘みに教室を出たときだった。知らない女の子に声をかけられる。当然のようにトイレくらいひとりで行ってきな、とクールな今ちゃんに言われてしまったので、現在は完全にひとりである。おっと?これはもしかして、あれか?うわさの出水に片思いしてる女の子か?失礼ながらじ、とその子を見てしまう。まあなんていうか普通の子だった。確かに出水の好みではなさそうだけど、そんなに拒否するほどの見た目ではない。

「あの、みょうじ先輩ですよね」

「え、あ、はい」

「出水くんと付き合ってるって、本当ですか?」

きたー!ここ数日のストレスの原因が、直接わたしがひとりのところを狙ってやってきてしまった。え?わたしの方にくるの?出水の方にいけよ。しかしここで違います、と言ってしまえばわたしの努力は台無しである。

「…………本当、だよ」

すっごい抵抗があったため、無駄に間をとってしまった。え?わたし本当に出水と付き合ってることにしていいの?いくらなんでもあのファッションセンスを理解できる気がしないんだけど。むしろこの子に千発百中Tシャツを着てるところを見せればいいのでは?千年の恋も醒めるだろ。なんでわたしじゃないの、とぼそりと呟いたその子に背筋が粟立つ。おい馬鹿出水!これ完全にやばいやつじゃんかよ!ふっざけんな!いやちょっと落ち着こう、話せばわかる。あわあわとよくわからないことが次々に口から飛び出すが、そんなの関係ないとばかりにゆらりゆらりと近づいてくる。ひええ。そしてわたしに向かって伸ばしてくるその子の手を、がしり、と横から掴む手があった。

「なにやってんだテメー」

「カ、カゲ……!」

鋭い目つきにもじゃもじゃした頭、そして顔の半分を隠すマスク。わたしからしたら見慣れたものだが、初対面の女の子からしたら相当怖いだろう男がそこに立っていた。

「わ、わたしはみょうじ先輩とふたりで話があるんです…!」

ちらり、とわたしの方を確認するカゲに思い切り首を横に振って否定する。

「このバカにはなさそうだぞ」

はっ、と鼻で笑いながら生まれつきくそ悪い目つきでその子を見下すカゲ。助けてくれたのはありがたいけどほどほどにしてほしい。間違っても傷害事件とかトリガー持ち出したりはしないでくれ。しかしその子が向ける感情はやはり超敏感体質(語弊あり)のカゲからしたら不快なものでしかなかったようで、場がピリピリし始める。ねえ待って。頼むから落ち着いてくれ。騒ぎが大きくなるだろ!

「こらこら、喧嘩はだめでしょー!」

そんなわたしの必死の願いが通じたのか、どすどすと足音を立てながら、カゲを止めようとゾエさんがやってくる。さすがゾエさん!仏の名を欲しいままにするだけある!

「今はちょっとこわーい先輩もいるし、なまえちゃんに用事ならあとでもいいかな?」

申し訳なさそうに眉尻を下げたゾエさんに、納得はいかない様子だったが女の子が去っていく。カゲの目つきの悪さとゾエさんの仏力の勝利ってやつだな。

「少しだけカゲに惚れそうだった」

「やめろ気色悪ィ」

助けてくれたカゲにお礼の意味もこめて絡んでいると、なまえ先輩、とわたしを呼ぶ声。とりまるととっきーと佐鳥だった。大丈夫ですか、と声をかけてくるとりまるととっきー。何があったんですか?佐鳥に相談してみません?と何やら腹立つテンションの佐鳥。さっきのやりとりを見ていたらしいが、もう場がとっ散らかり過ぎてつらい。きっとシャイボーイにはわたしよりもつらく感じたのだろう。チッ、と舌打ちしながらカゲはどこかに行ってしまった。それをごめんねー、と謝りながらゾエさんが追いかけていく。影浦隊は本日も平和そうで何よりだった。ていうかこんなトイレの近くで騒ぐから色んな人に見られたじゃないか。恋愛のことなんだからもっとこそこそしてくれ。わたしの高校生活のためにも。

「ところでなまえ先輩、いつから出水先輩と付き合ってるんですか?」

「おいやめろ」

すっかり失念していたため、1年生にまで付き合っているふりをしていることが伝わっていなかった。最悪な勘違いをされてしまったことに気づき、3人に必死に誤解であることを説明する。わたしの趣味が疑われてしまうのは困るし3人から小南や嵐山さんに広まっていくのはもっと困る。佐鳥はアホなのでまたまた〜なん言ってくるが、できる男とっきーは無事理解してくれたようだ。さすがとっきー。実家のような安心感。

「……じゃあ、なまえ先輩は不本意ってこっとでいいんですよね」

それまで黙ってこちらをガン見していたとりまるが口を開いた。当り前だろう。今の話の何を聞いてわたしがノリノリで出水と付き合ってるふりをしていると思うんだ。

「わかりました。俺がなんとかします」

え?何を。どうやって。そう問いかける前に足早に立ち去ったとりまるをぽかん、と見送るわたしと佐鳥。とっきーだけはやれやれ、といったようにため息を吐いていた。何か知っているのだろうか。ていうか今日はカゲとゾエさんのおかげで事なきを得たけれど、またひとりの時をねらってアタックかけられたらどうしよう。しばらく柚宇ちゃんと今ちゃんにトイレまでついてきてもらうべきだろか。いや、着いてきてくれる気がしない。やはりカゲをボディガードにした方がいいかもしれない。出水はアテにならないし。おまえいないなら米屋とか三輪とかわたしのガードに残しとけよ!ごめん三輪はやっぱりやめて。会話に困る。

「なまえさん、心配しなくても明日には解決してると思いますよ」

うーん、うーんと悩み始めたわたしを見かねててか、とっきーがいつもの何考えてるか分からない顔でそう言った。え?今の今で?わたしの疑問に答えてくれることはなく、とっきーと佐鳥は立ち去ってしまった。先輩置いてけぼりにしないで。ちゃんと説明して。しかしながらその翌日、腑に落ちない顔をしながらもあの子おれのこと諦めてくれるって、と教室まで報告にきた出水を見て、とっきーすげえ、と思わず呟いてしまった。これでわたしも解放されるんだよね?と問いかけると、それには頷く出水だが、やはり納得いってなさそうである。おいどうした。

「なんかさ、出水くんって思ってたのとちがった、とかさすがにセンスなさすぎじゃない?とか言われておれが振られたみたいになったんだけど」

「気づかれてしまったんだね」

「どういう意味だよ」

よくわからんが出水に夢見ていたであろうその子に真実をつきつけた人間がいるらしい。とりまるかとっきーの仕業かな。どっちかわからないけれど、とっきーがエスパーだってことはよくわかった。とりあえず迷惑料として出水はわたしとカゲとゾエさんととっきーととりまるにカゲの家のお好み焼きを奢れ。佐鳥?佐鳥はいいよ。うるさいし。

「なまえさんだっていい夢見れたろ」

「よしわかった出水くんは向こう1カ月わたしの半径3メートルに入らないで」

柚宇ちゃんも苦笑して仕方ないよね〜と言っている。出水を教室から蹴りだして、ぴしゃん、と音を立てて扉を閉めた。そしてお昼休みにたまたますれ違ったとりまるに出水との付き合ってるふりが終了したことを伝えると、とりまるはいつもの無表情でそうですか、とだけ答えた。


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