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▼ 迅と大規模侵攻

「よっ」

ぽん、といきなり叩かれた肩に、びくっ、と大げさなまでに反応してしまった。一瞬ではねた心臓を落ち着かせながら振り返ると、そこにはぼんち揚げを食べている迅さんがいた。おいまさかぼんち揚げ食べてる手で触ったのか。

「いい反応だなぁみょうじちゃん」

「……いきなり女子高生にボディタッチなんてしてたら通報されますよ迅さん」

「触ったの肩だけだけどね?」

この間くまちゃんがお尻触られたって言ってました、と伝えると迅さんはあからさまに空笑いする。痴漢ダメゼッタイ。わたしは迅さんにお尻触られたことはないけれど、くまちゃんや沢村さんは結構被害に遭っているらしい。

「一発殴って許してくれる子にしかやらないよ。みょうじちゃんは末代まで祟るでしょ」

「さすが迅さんの副作用」

「副作用なくてもわかるけどねえ」

ていうか触った後の反応を副作用で確認してるってことか。もっと有意義な使い方をしてほしい。ぼんち揚げ食う?と聞いてくる迅さんから持っているぼんち揚げを袋ごと奪う。ちなみに前にこれをやった時にはうちの隊室にぼんち揚げがダンボール箱で送られてきたので黙って玉狛に送り返したことがある。そんなにはいらないしうちの隊室は物が多いから置き場に困ってしまうためだ。

「で、ご用件は?」

わざわざ本部でわたしを待ち伏せしてまで話したいことがあるんでしょう。言外にそう伝えると、迅さんはみょうじちゃんはさすがに鋭いよね、と苦笑した。ここで話すようなことでもないから、と迅さんに連れられて本部の屋上に出る。いや寒いんだけど。迅さんって屋上好きだよね。玉狛でもしょっちゅう屋上で黄昏ているし。迅さんはいつものようにトリオン体だから寒くないのだろうがわたしは生憎生身だった。今換装してもいいだろうか。いやそんな空気じゃない。わたし空気読める子。だって迅さんがわざわざ本部にきてこんなところでわたしに話したいことなんて、この時期からして決まってる。近いうちにくるという、大規模侵攻の話だろう。

「で?わたしはどうしたらいいんですか?」

「話が早いのは助かるんだけど、もうちょっと不安とかそういうのないの?」

「え?まさかわたしが死ぬんです?」

「いや死なないけど」

さすがに自分が死ぬって言われたらびびるとは思うけれど、だったら迅さんはもっとちがうアプローチをしてきそうな気がするし。そもそもうちの隊はA級だ。前線で戦うことになるのは最初からわかっている。なら、大規模侵攻中にわたし、もしくはうちの隊に何かしてほしいことがあるということだろう。面倒事が嫌いなのを知っている迅さんがわざわざわたしに頼んでくるのだ。きっと、わたしでなくては出来ないことがあるのだ。そういうのは性に合わないんだけど。

「みょうじちゃんはさ、うちのメガネくんのことどう思う?」

「三雲くんですか?いい子ですよね。お人よしで、努力家で、自分の実力をちゃんとわかってる」

初対面こそ申し訳ないことをしてしまったけれど、先日玉狛に行って、彼の訓練に付き合って。遊真や千佳ちゃんとのやり取りを見ても、いい子なのはよくわかった。トリオン量が少ないから苦労するとは思うけど、自分にできることを必死に考える力もある。スタイルとしてはわたしと近いタイプということもあるので、とりまるがわたしに紹介したのも納得できた。何より最近玉狛に入った中学生3人は本部のくそ生意気な後輩どもとちがってとってもかわいいのでお姉さんはうっかりお菓子を貢いでしまいそうである。でも、この状況で、迅さんが三雲くんの名前を出すということは。

「………何かあるのは三雲くんですか」

迅さんは答えなかった。というよりも、なんて答えるべきか考えあぐねている様子だ。

「みょうじちゃんには、もしもメガネくんを助けられる場面に遭遇したら、助けてあげてほしい」

「もしも、ってことは必ずわたしがそこに立ち会うわけではないんですか」

「未来は繋がってるからね。みょうじちゃんのどういう行動がメガネくんを助けるのかは断言できない」

メガネくんを助けるのに、みょうじちゃんが本当に関わるのかも。きっと、本当に不確定なのだろう。ただわたしの行動が三雲くんの未来を変える可能性があるという話だ。迅さんらしくないとは思う。きっとこの人は、たくさんある未来の中で、わざわざ自分の後輩が危険な未来を選ばざるを得なかったのだろう。

「だからこの間、遊真くんのことをやたらとあっさり話したんですね」

「べつにそういう理由だけじゃないけどね」

「動くのは、うちの隊ですか?」

「いや、多分みょうじちゃんの隊は別行動になる」

「えっわたしの盾どうするんですか」

機動が石切丸並のわたしは戦闘では盾が必須なのだが。ナマエさんかりっちゃんのどちらかは欲しいところである。迅さんは大丈夫、とちょっとおかしそうに笑ったのできっと他にわたしの壁となってくれる人がいるのだろう。しかし隊で行動できないというのはなかなかに痛手だ。わたしひとりで、三雲くんを守らなければならないのか。彼が死んだら悲しむ人はたくさんいるだろう。遊真や千佳ちゃんはもちろん、小南やとりまる、レイジさんも。そして何より、三雲くんが生きている未来が視えていたのにそれを選べなかった迅さん。

「貸しですよ」

「またぼんち揚げ送る」

「前送り返したじゃないですか!察して!」

先程迅さんから奪ったぼんち揚げの袋を持った状態では説得力がないかもしれないが、本当にやめてほしい。この間家バレしたから家に送ってこられる可能性もあるけどそんなことしたら全部ナマエさんの部屋に突っ込むからな。にやにやとした迅さんが、まあ、と切り出した。

「特別にメガネくんを守ってほしいわけじゃなくて、みょうじちゃんが全力で相手を倒してくれたり、足止めしてくれたらメガネくんが助かる可能性が上がるって話だから」

「わかってますよ。さすがに大規模侵攻時に三雲くんにぴったりくっついて護衛はできないし」

いやでも本当いいことを聞いた。大規模侵攻の時、隊で合流できないってだけで考えなきゃいけないことが増えるし、ナマエさんとりっちゃんにもそのつもりで動いてもらわなければならない。さぁちゃんのサポートも大変になるだろう。数日中に始まる戦いに備えてやらなければならないことはたくさんある。よし、と気合を入れるわたしを見て、迅さんがみょうじちゃん、と呼ぶ。まだなんかあるのか、と振り返ると、迅さんはちょっと困った顔で緩慢に口を開く。

「こんな話しちゃったけど、もしもメガネくんに何かあっても、それはみょうじちゃんのせいじゃないよ」

この人は馬鹿じゃないだろうか。そんなの言われなくてもわかってる。わたしが駆け付けられなかったのなら、それだけの何かがあるということだ。自分を責めたりなんかしない。むしろ自分を責めてしまいそうなのは。

「迅さんのせいでもないですけどね」

本当呆れる。やってらんない。そんな迅さんを置いて屋上を出る。前から思ってたけど、ふざけた顔して難儀な人である。


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