▼ 三輪に絡まれる
「あんたも裏切り者の玉狛支部か」
「え?いや、わたしは本部所属だけど」
どうしても炭酸飲料が飲みたくなって自販機の前で吟味していると、唐突に三輪に話しかけられた。待って?さすがにわたしが本部所属のA級隊員だって知ってるよね?ランク戦で当たるもんね?ていうかそんなに話さないけれどわたしと三輪は結構知り合って長いよね?三輪が東隊だった頃から知っているしまだ射手の少ない時代で何かと二宮さんに絡まれていたから昔の東隊の隊室にも遊びに行ったりしていたよ?三輪が何を言っているのか欠片も理解できず、疑問符ばかりか頭を飛び交っている。わたしが玉狛ではないことは確かだけれど、そもそも玉狛は何を裏切ったの。三輪は玉狛の誰かに酷いことでもされたのだろうか。
「あんたが玉狛に出入りしてることは知っている」
「なんでそんなこと知ってるの……」
非番の日に小南と遊ぶ約束をして玉狛に行くことはあるけれど、それを三輪に言った覚えはない。もしかして監視でもされているのだろうか。ぞっとする話だった。
「待って三輪。とりあえず落ち着いて話をしよう」
「近界民と馴れ合うやつと話すことはない!」
「わたしがいつ近界民と馴れ合ったよ」
誰か通訳を呼んでくれ。三輪がまったくわたしと言葉のキャッチボールをしてくれない。一方的にぶつけられるのはそれもはやいじめだからね。お前が犬飼だったらとっくにキレてたよ。ひたすら敵意を向けてくる三輪にどうしたものかと遠い目をしていると、秀次、と三輪を呼ぶ声がして、三輪隊の面々が現れた。これは天の助けかもしれない。いつもより3倍は頼もしく見える。
「ちょっと奈良坂、なんか三輪がよくわからないこと言ってるんだけど。三輪ってわたしのストーカーなの?」
「どうしてそうなったのか意味がわからないので最初から説明してください」
米屋は馬鹿だからこの場で一番会話ができそうなきのこなのにたけのこ派な奈良坂に聞いてみたもののわたしの質問では通じなかったようだ。でもわたしもよくわかっていないから助けを求めているのだからうまく説明することができない。
「わたしが爽快感が欲しくてウィルキンソンの炭酸水を買おうとしてたのね。あ、ジンジャエールじゃないよ?二宮さんに影響されたわけじゃないから。あくまで甘くない炭酸水が飲みたかっただけで、」
「炭酸の話はもういいので続きをどうぞ」
「……そしたらいきなり三輪が現れて、あんたが裏切ったのか!ってすごい剣幕で言ってきたのね」
「物事は正確に伝えろ!俺はあんたも裏切り者玉狛支部か、と聞いたんだ!」
「大して変わらないじゃんか。そしてわたしは本部所属だってば」
そこまでで米屋が察したように、あー、と声を漏らした。え、今のでわかるの。奈良坂が深いため息を吐いて、口を開く。
「まず、秀次が近界民を憎んでいることは知ってますか」
「近界民絶対殺すマンだって聞いたことはある」
変な呼び方をするな!三輪が声を荒げる。おまえカルシウム足りてないんじゃないの。もしくはよくキレる最近の若者なのかもしれない。そんな三輪を米屋と栞ちゃんに恋する眼鏡こと古寺がなんとか宥めすかしている。隊長が情緒不安定だと君たちも苦労するね。ていうか三輪は前はわたしのことをみょうじさんって呼んでたし、話が通じないことが多い(おもに二宮さんと加古さん)昔の東隊の中で、東さんに次いでちゃんと話してくれてたと思うのだけれど。時間差で話が通じなくなるのはなんなの。東隊に所属すると隊長がすごすぎて他の人の話し聞けなくなるの?小荒井はもうすでにそんな感じだけどそのうち奥寺も話しが通じなくなるのだろうか。ボーダー1信頼の厚い男、東さんは罪深い。
「みょうじさんはボーダーに派閥があることはご存知ですか」
「奈良坂おまえさてはわたしのこと馬鹿にしてるな?」
さすがに知っている。城戸派って言われた時にヤクザの子分ってことですか?ってうっかり大きな声で聞いて城戸司令にすごい冷たい目で見られたことを思い出した。だからそういうとこだって。ちなみにうちの隊はどの派閥にも入っていない。派閥でバチバチやるのは面倒だし、近界民が憎くてボーダーに入ったわけでもなければ市民を守るなんて崇高な理念があるわけでもない。あくまで無関心を貫いてきたのだ。べつに隊員に強制してるわけではないから、それぞれ好きにすればいいとは思うけど。
「ほら、玉狛は近界民に対して寛容じゃん?だから近界民絶対殺すマンな秀次としては許せないワケ」
近界民絶対殺すマンという呼び方が気に入ったらしい米屋がそう言うので、少し考える。玉狛支部が嫌いなのはわかった。考え方が違うのだから相容れないだろう。
「それがなんで玉狛が裏切り者になるの?べつにボーダーのルールを破ったわけでもないでしょ」
「やつらの思考はボーダーを崩壊させかねない!」
「いやだからそれはあくまで三輪の見解なわけで、それがなんで裏切り者になるの?」
「迅は…!あいつは……!」
「え?迅さんが個人的に嫌いって話?それは当人同士で片づけてもらえる?」
「なまえさんもう少し秀次に優しくしてやって〜」
ひとりで熱くなっていく三輪を眺めていたら、苦笑した米屋がわたしを止めに入ってきた。いやね、わたしも後輩をいじめる趣味はないからね。俯いて推し黙ってしまった三輪にごめん、言い過ぎた、と言おうとすると、その前に思い切り睨みつけられた。
「やはりあんたも迅の仲間なのか…!」
二度と俺に話しかけるな、と言い残して去っていく三輪を、三輪先輩!と慌てて古寺が追いかけていく。えー。
「ちょっとよくわかんないんだけど」
「ナイーブなお年頃ってやつだよ」
「みょうじさんは少し秀次を煽りすぎです。もっと小さい子どもの相手をするように優しく接してください」
「おまえらのところの隊長それでいいの?」
とりあえず米屋と奈良坂に、わたしは本部所属であることを念を押して三輪に伝えるように言って、2人と別れる。炭酸は買い損ねた。くそ。そして後日なぜか二宮さんに秀次をいじめるのはやめろとめちゃくちゃ怒られたので二宮隊の冷蔵庫に入っているウィルキンソンのジンジャエールを一つ残らずよく振っておいた。また別の日に本部でわたしの顔を見てやべ、という表情をする迅さんを見かけたので憂さ晴らしに迅さんが持っていたぼんち揚げを全て叩き割ってやると、その現場を三輪に見られたらしく、それ以降昔のような言葉の通じる三輪に戻っていた。しかしながら、わたしの中の三輪の評価はもはやズタボロである。