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平子真子の誕生日
※ネタの平子真子設定です。



どうしても仕事に打ち込む気になれず、八番隊舎の屋根の上で持参したおはぎを食べながら空を見上げる。いっそ憎らしいくらいの青空。サンサンと照りつける太陽が、わたしの脳裏にきらきらと光る金の髪を連想させた。見ていたくないのに、どうしようもなく惹きつけられて、目を離せない。

「日向ぼっこかい?」

どのくらいそうしていたのだろうか。気づけばわたしがいる屋根の上に、京楽隊長がお酒を片手に立っていた。わたしに言えたことではないけれど、まだ業務時間中なのに。

「お隣、どうぞ」

「うれしいねえ。なまえちゃんも呑むかい?」

「七緒ちゃんに怒られますよ」

「今日くらいは、七緒ちゃんも見逃してくれるさ」

派手な女物の羽織をはためかせて、隣に腰掛ける京楽隊長は、笑ってわたしにおちょこを差し出した。上司にお酌されれば断ることもできず、少し口に含む。そして、いつも京楽隊長が飲んでいるお酒とは違うものだということに気がついた。

「どうしたんですか、こんな良いお酒」

「たまにはいいよねえ、こういうのも」

わたしの質問には答えてくれないけれど、わかってしまう。こうして隣にいてくれる京楽隊長も、隊長とわたしがいないのに血相を変えて探しに来ない七緒ちゃんも。ひどくわたしを気遣ってくれている。ごめんなさい。そう言っても、ふたりともちゃんと受け取ってくれないのはわかっていた。毎年こうしているわけではない。でも、ふと、ダメになる時があるのだ。今日、この日は。5月10日。今日は、ずっと昔にいなくなってしまったわたしの大切な人の、誕生日だった。


 * * *


ざわざわといつもより浮足立った様子の五番隊。その浮ついた空気の理由は、隊を率いている隊長自身が誰よりも浮足立っているからだった。朝から代わる代わる隊首室を訪れる隊士たちを、へらへらと笑ったり皮肉を返したりしている真子さんを、今日だけで何度見かけただろうか。いつもは真子さんを諌める立場の藍染副隊長ですら、今日ばかりは仕方がないと苦笑するだけに留めている。毎年のことであるし、以前注意をしたところ、俺はお誕生日様やで!と謎のアピールをされて終わったことがあるからだろう。ひよ里は真子さんに威張り散らされるのが嫌で毎年この日だけは真子さんに遭遇しないように逃げ回っているのも、わたしは知っていた。どれだけ祝われたがりなのか。呆れ半分ではあるものの、わたしだって他人事ではない。一応お付き合いしているのだから、ちゃんとお祝いしなければ。しかし、もう何年も、何十年もの付き合いで毎年お祝いしていたら何を贈ったらいいものかわからなくなってしまった。どうせたくさんもらうのだから、お菓子とか、消え物の方がいいのではと思って渡したら不満そうな顔をされたり、残る物を渡したらずっと大切に持ってくれているのも知っている。ただ、基本的にお洒落が好きな真子さんに残る物を渡すのはハードルが高すぎて、どうしても消え物が多くなっているのだけれど。でも、やっぱり、好きな人には喜んでほしい。そう思って、色んな人に相談して、今年はまた違うものを用意している。タイミングを見計らって渡そうと思っていたのだが、真子さんの人望の厚さか、なかなか機会が訪れない。お昼ご飯に誘おうとしても、既に多数の隊士を引き連れていて、今さら誕生日なんか喜ぶようなもんでもないやろ、と行動とちぐはぐな皮肉を並べていた。

「オマエも行くやろ?」

「奢り?」

「アホか。なんで俺が奢んねん。今日はもてなされる側や」

「喜ぶようなものでもないってさっき言ってたよね?」

「もらえるもんはもらっとかんと」

非常にケチくさい言い分だった。しかし、今日が真子さんの特別な日、ということは間違いない。しょうがないなあ、と言う空気を全面に出して、多数の隊士と真子さんと、みんなで入れるお店を探して食事をとった。食べ終わって、なんだかんだ言いつつも全員分のお会計をしようとする真子さんをみんなで止めて真子さんの分も支払い、隊舎に戻る途中で浦原隊長に連れられたひよ里に遭遇した。絡んでくる真子さんにあからさまに嫌な顔をして飛び蹴りをするひよ里を眺めていると、気づけばお互いマウントを取り合って頬を引っ張り合っている。

「オイなまえ!今日だけはこのハゲうちんとこに連れてくんな言うてるやろ!」

「いやむしろちゃんと隠れててよ」

「ハァ!?なんでうちが!わざわざ!隠れなアカンねん!!そもそもアンタのせいやで喜助ェ!!!!」

「えー、ここでボクに飛んでくるんスかぁ?」

満足するまで真子さんと揉めた後、ひよ里はわたしと浦原隊長にも絡んでくる。外見が小さいからまだ誤魔化されているが、完全に当たり屋の行動だった。その後、誕生日プレゼントと思われるくしゃくしゃの小包を真子さんの顔面目掛けて投げつけ、浦原隊長を引き連れてひよ里は十二番隊へと帰って行った。触らぬ神にたたりなしとばかりに見守っていた隊士たちは、ほっと息を吐いてまた真子さんを囲って五番隊舎への道を歩き始めた。きっとこれも、真子さんの人望というやつなのだろう。普段はぼけっとしてたりふざけてばかりだけど、ちゃんと部下のことを見ていてくれているから。部下だけじゃない。ひよ里のことも、自分よりも後に隊長に就任した浦原隊長のことだってそうだ。少し歩くペースを落としてきらきらと日の光が反射してきらめく金の長い髪を揺らして歩く真子さんの背中を、、髪の間から見え隠れする五の数字を、眺める。今日と言う日にわたしが独り占めなんて、出来るわけないとわかってたけど、少し寂しいなぁ、なんて。すると、隊士たちと話をしていた真子さんが唐突に振り向いた。

「なんで後ろにおんねん」

「……え、わたし?」

「他に誰がおんのや。ちゃんと隣歩いとき」

手招かれるままに小走りで隣に並ぶと、満足そうにまた歩を進め始める。かぁ、と顔に熱が集まるのを感じた。こんなにたくさん人がいるのに、みんな真子さんのためにここにいるのに、それでもわたしを気にかけてくれている。ふふ、と頬を緩めて真子さんの隣を歩くと、いきなりひとりで笑い出して気色悪いやっちゃなぁ、怪訝そうにわたしを見た。いつもなら気色悪い、なんて言われたら目を吊り上げて怒るところだけど、今日はお誕生日様だから、嬉しいことがあったから、特別に肘で軽く小突くだけにとどめる。

「今晩空けとけや」

「予定ある」

「オイ!」

「うっそぉ〜」

当日にそんなことを言われたからちょっとだけ意地悪のつもりでお茶目な嘘を吐くと、ごつん、と頭を小突かれた。結構痛い。わたしが今日の予定を空けているなんて、当たり前じゃないか。本当はわたしが誘おうと思っていたけれど、真子さんが元々そういうのを誘うのは男の役目だと思っている節があるのと、真子さんの交友関係を考えたらローズさんとか拳西さんたちと飲み会をするのではないかと考えて何も言わなかったのだ。もし一緒に過ごせなくても、最悪プレゼントは真子さんの部屋に置いておけばいいかな、と思っていたのもある。

「わたし、何も準備してないよ」

「知っとるわ、ボケ」

何年の付き合いやと思ってんねん。呆れてはいるものの、真子さんに怒った様子はない。午後もそんな調子で、なかなか進まない仕事に苦い顔をしながらも、今日ばかりは藍染副隊長も定時で帰り支度をする真子さんを止めることはなかった。行くで、とだけ声をかけられて、藍染副隊長に帰る前に軽く挨拶をしてから隊舎を出る真子さんについていく。プレゼントも、しっかり持っていた。

「どこに行くの?」

「俺の部屋」

「………」

「なんやねんその顔。何想像しとんのか知らんけどちゃうからな」

真っ先に部屋に連れ込まれると聞いて思い切り軽蔑の目を真子さんに向けると、外やとゆっくりできへんやろ、とデコピンされる。確かに、昼間の様子を見てわかるように、外で飲んでるところを見つかったらあっという間に人が増えていきそうだ。真子さんの部屋でいつものようにだらだらと喋りながらご飯を作って食べる。なんでもないことなのに、それがいつもよりも特別なことのように感じた。頃合いを見て、真子さんに綺麗に包まれたプレゼントを差し出す。

「お誕生日、おめでとう」

中に入っているのは、上等な櫛と、椿油。髪の長い真子さんが手入れに心を砕いているのを知っているから。椿油はなくなってしまうかもしれないけれど、櫛はずっと使えるし、ただでさえさらさらな真子さん髪がさらにさらさらのつやつやになるのではないだろうか。早速目の前で包装を剥がし始める真子さんが、出てきた櫛をまじまじと見て、なかなかええ櫛やないか、と満更でもないように口元をゆるませた。そりゃ高かったもん。四席のわたしのお給料を考えれば、少し奮発してしまった。当然のように女性向けのお店だから真子さんに渡しても不自然じゃない色の包装紙がなくて、わざわざ包装紙だけ買って自分で包んだりもした。

「オイなまえ」

「うん?」

「俺の髪に早速使てみ」

「自分でやんなよ」

「せやから俺はお誕生日様や言うとるやろ」

「しょうがないなあ。今日だけだよ」

手渡された櫛と椿油を受け取って、真子さんの髪に馴染ませてゆっくりと梳く。少しの間そうしていると、じっとしているのに飽きたのか、少し体勢を変えた真子さんのせいでふわり、と真子さんの髪がわたしの鼻をくすぐった。とても女性的な、椿の香り。いい香りなのは間違いないのだけれど、その香りが真子さんの髪からするという事実が、何故かどうしようもなく可笑しくて、ついぶは、と噴き出してしまった。

「なんやねん」

「や、なんでも、」

「オマエ思い切り笑っとるやんけ!」

ぷるぷる震える肩をばしん、と叩かれるが、ツボに入ってしまったせいでわたしの笑いは止まらない。いやだって、真子さんから、椿のにおい…。本格的に涙が出るほど笑っているわたしに真子さんがむすっと顔を顰める。

「で、でも、髪の毛さらっさらになったよ」

「そないに笑いながら言われても嬉しないわドアホ」

「櫛もいい感じだし」

ハァ、と大きく息を吐いた真子さんは、もうええわ、とだけ言って椿油をわたしに押し付けた。
こっちだけ貰っとく、と櫛を部屋の鏡の前に置いて、椿油はわたしが使うように言われるが、せっかくの誕生日プレゼントなのに突き返されるのはなかなかに悲しいものがある。ふと、真子さんの細長い指がわたしの髪の毛をひと房掬う。

「俺の方が髪さらっさらのつやっつややったらオマエの立つ瀬がないやろ」

めちゃくちゃ余計なお世話だった。


 * * *


そんな遠い日の記憶。何度もお祝いしたうちの、たった一回。でも、わたしの記憶にこびりついている。あれがあの人の誕生日をお祝いした最後だったなぁ、と感傷にふけってしまう。初夏のぽかぽかした陽気の中、ざぁ、と風が木々を揺らした。それと同時に揺れるわたしの髪に、京楽隊長が今日は女の子らしい香りがするねえ、と一歩間違えたらセクハラととられかねないことを呟いた。あの時、突き返された椿油を、毎年この日だけ使用している。真子さんの髪から香るこのにおいに、あの時はあんなに笑ってしまったと言うのに、今はただ寂しさを募らせるだけだった。毎年少しずつ減っていく様を見て、真子さんがいなくなってどれだけ経つのかを思い知らされる。京楽隊長、と呼ぶと、ん?と盃を傾けながら横目でわたしを見る。

「この椿油がなくなってしまっても、わたしはあの人を待つことができるんでしょうか」

あと何年もつのかわからない。全て使いきってしまったら、わたしはもうこうして空を見ながらあの人をお祝いすることをやめてしまうのだろうか。いつの日か、この香りすらも、思い出せなくなるのだろうか。

「……だぁいじょうぶ。もしなくなったら、ボクがなまえちゃんに同じものを贈るよ」

だから今は、寂しい気持ちよりも、もっと素直に彼をお祝いしてあげようじゃないか。椿の香りと京楽隊長の声の中で、また一口おはぎを口に運ぶ。甘くて、微かにしょっぱい。あなたは今も、今日という日を誰かに祝われているのだろうか。