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夏油傑を幸せにしたい
呪術高専には娯楽というものが欠如している。殺伐とした任務をこなせばこなすほど、一般的な感覚というものが薄れていき、呪術師としての自分が出来上がっていくのを感じた。だから、時折思い出すように、わたしと、わたしの同級生たちはみんなで集まって、いわゆる一般的な会話というものを繰り広げるのだ。寮の共有スペースを陣取って、最近の出来事や世間で流行っているらしいこと等を軸に色々と話していると、ポッキーを数本まとめて口にいれた五条が、つまらなそうにわたしと夏油を残りのポッキーを持っている手で指した。

「つーかさ、オマエらなんで付き合ってるわけ?」

「今の話の流れでなんでその質問に繋がったのかわからないんだけど」

「五条が人の話聞いてないのはいつものことだけど、確かになまえがいつも騒いでる芸能人って夏油とは似ても似つかないよね」

すべての話をぶった切った五条にポテチを口に運びながらクレームをつけると、硝子が五条の側につき、更に話を掘り下げてくる。娯楽が欠如しているとは言ったけれど、こんな身近な恋愛事情をネタにするほど暇を持て余しているのだろうか。どうするべきか、夏油を横目で見るが、夏油はいつもの余裕綽々な笑顔を崩していない。わたしだけこんなに焦っていると思うと悔しくて、ふぅ、とひとつ息を吐いた。

「夏油の顔は欠片も好みじゃない」

「奇遇だね、私もだよ」

「なんでこれまで黙ってたくせにそういうところだけすぐ返してくるの?」

「黙っていたつもりはないよ。なまえがどう答えるのかに興味があっただけで」

趣味悪、と呟くと硝子がアレ選んだのなまえでしょ、と手に持っていたお煎餅をぱき、とひとくちサイズに割った。

「傑がよく遊んでたのは経験豊富でスタイルがいいお姉さんタイプじゃん。なまえとは正反対」

「ちょっと待って五条。わたしだって経験豊富で実は脱ぐとすごいかもしれないじゃん」

「俺の眼は寄せて上げるブラだって見抜けるってわかってて言ってんの?」

思わず胸を両腕でガードしてしまった。恐るべし六眼。それ寄せて上げてるって自分で白状してない?硝子に言われてようやくハッとしたわたしを五条が腹を抱えて笑い出し、笑いすぎで涙が滲んだ目元を拭いながら部屋に戻っていく五条の背中を睨み付けるわたしに硝子も煙草吸いたくなった、と残りのお煎餅を押し付けて部屋に戻ってしまった。その場に残されたのは寄せて上げていることがバレてしまったわたしと、五条に遊んでいた女性のタイプを暴露された夏油のふたりだけである。表情の変わらない夏油が何を考えているのかはわからないけれど、わたしは非常に気まずい。夏油が誰かと付き合ったことがないとはさすがに思っていなかったけれど、あの五条の言い方だと結構頻繁に、しかもいろんな相手と遊んでいたように思える。昔のこととはいえ、わたしはどういう反応をするのが正解なのだろうか。手持ち無沙汰になって硝子に渡されたお煎餅を口に入れる。ぼりぼりと大きな音を立てて咀嚼し飲み込むと、夏油が先程まで硝子が座っていたわたしの隣に移動してきてソファに腰を下ろした。

「結局、なまえはなんで私と付き合ってるんだ?」

「そういう夏油は?」

「なまえといたら毎日楽しいんじゃないかって思ったからかな」

「経験豊富でスタイルのいいお姉さんより?」

「そういう女性は後腐れなく遊ぶ分にはいいけど恋人には向かないだろう?」

「………わたしに聞かれても知らないけど」

そもそも後腐れなく異性と遊ぶという発想自体がわたしにはない。どれだけ遊んできたんだこの男は。それで、なまえは?と催促されて、お煎餅に水分を持っていかれた口内に、用意していたお茶を流し込んだ。わたしが夏油と付き合っている理由なんて、好きだからに決まってる。わたしは、夏油とちがって好きでもない相手と付き合うことなんてできないから。だけどそう言ったらただの嫌みのようになってしまうし、きっと夏油が聞きたいのは、どうしてわたしが夏油を好きなのか、なのだろう。

「なんとなく、夏油はわたしが幸せにしてあげないとなって思ったから」

「…………私がなまえに幸せにしてもらうのか?」

「そうだよ」

「普通は逆だと思うけどね」

さっきも言ったように、夏油の顔が好みなわけではない。ただ、人格が破綻している五条と並び立てる程には夏油だって性格が悪いのに、夏油はいつも周りを気にして、自分より弱いものを守ろうとするから。夏油は幸が薄そうだよね。思っていることを正直に言うと、夏油がふ、と息を漏らし、肩を震わせる。

「逆はよく言われるよ」

「それは福耳だからでしょ」

隣の夏油の耳たぶに手を伸ばすと、夏油は特に何も言わずにそれを受け入れた。厚い耳たぶをふにふにといじり、お坊さんにでもなったら有り難がられるんじゃない?と冗談混じりに言う。出家するのなら長髪はダメだろうから坊主にさせられるかもしれないけど。坊主になって夏油を思い浮かべると、こら、と夏油に額を軽く小突かれる。

「ろくでもない想像をしただろ」

「坊主頭もそれなりに似合うと思うよ」

ふふ、とつい笑いがこぼれてしまうのを、夏油が苦笑しながら褒めてないだろう、と咎めた。坊主が似合う人なんてそういないし、十分褒めてるつもりなのだけど。話を戻すように、幸が薄いねえ、と呟いた夏油を余所に、またお茶を飲んだ。わたしがそう思っているだけなので、夏油からしたら検討違いもいいところなのかもしれない。だけど、かっこいいな、とか、一緒にいたいな、とか、ドキドキする、とか、そういう所謂少女漫画等で言うところの恋よりも、幸せにしてあげたいと思う気持ちはもっともっと深い愛なのではないかとわたしは思うのだ。だから夏油と付き合ってる。臆面もなくそう言ってのけたわたしに、夏油はクックッ、と喉を鳴らして笑った。

「じゃあ、なまえが私のことを世界で一番幸せにしてくれ」

「世界で一番はハードルが高いなぁ」

「まず、本当に寄せて上げてるのか確かめてもいいかい?」

「………誘い方がくそやろうなので大幅減点です」

冗談だよ、と立ち上がった夏油が柔らかく笑ってソファに座ったままのわたしの手を引く。このまま部屋に連れ込むつもりだろうか。ちくしょう、やっぱり手慣れてる。少しの警戒から身体を強ばらせると、夏油は眉をハの字にして困ったような顔をした。

「別に取って食べるわけじゃない。ただ、私の部屋でゆっくり話をしないか?」

「思春期の男は脳ミソと下半身が直結してるって五条が言ってたよ」

「悟は我慢がきかないからね」

じゃあ夏油は我慢ができるのだろうか。お姉さんたちと遊んでいたという話を聞いたばかりということと今の話の流れで、そういうことに対する夏油への信頼は地に堕ちている。ジト目で夏油を見て、大きく息を吐いた。幸せにしてあげたい。夏油はきっと、自分でも気づかないうちに自分を削ってしまうから。だから、わたしが大切にしてあげたい。だからと言って夏油の思う通りにしたいわけではないけれど、わたしだって嫌ではないのだからしょうがないだろう。手を引かれるままに立ち上がった。こんなに簡単に許してしまうのは、もし本当に嫌がったら、夏油はやめてくれるという確信があるからかもしれない。

「言っておくけど、わたしはめちゃくちゃ後腐れある女だからね」

「知ってるさ。私だってこれまで君を見ていたんだから」

よく言う。そう思ったけれど、わたしが少し遊ぶだけには面倒な女だと知りながらわたしを選ぶ夏油を、夏油の大きな手から伝わる温もりを、そして何より、いつも大人ぶっている夏油が心なしか年相応に見える、嬉しそうな笑顔を、信じたくなってしまう。いつもそういう顔してればいいのに。ぽつりと呟くと、それをしっかり拾った夏油が、なまえが私の隣にいてくれたらね、と笑った。