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竹谷と蛸壺2
おれの好きな人は、頑張りやで、自分に自信がなくて、すっげー優しい女の子である。くのたま、という存在におれ達忍たまはあまりいい印象を抱かない。それは、忍術学園入学当初から繰り広げられたくのたまの実習、という名の洒落にならない悪戯によるものだ。高学年になるにつれておれ達も学習して、罠にもかからなくなってきたし、苦手ではあるものの、徹底して彼女達を嫌う、ということはなくなったが、率先して関わりを持ちたがる奴らはそういないだろう。しかしおれ、竹谷八左ヱ門は、あろうことか、くのたまにかれこれ四年、片思いをし続けているのである。最初にみょうじを認識したのは、一年の時おれ達に嬉々として悪戯を仕掛けてくるくのたまの中に、気まずそうな顔をして俯いているやつがいるのを見た時だ。当時からひねくれていた同じ組の鉢屋三郎は、そういう作戦なんだろう、と言っていたが、おれにはどうしてもそうは見えなかった。そして二年、まだ続くくのたまの悪戯からなんとか逃げ切った後、逃げてしまった毒虫を探していたら、山本シナ先生に怒られているみょうじを偶然、見かけたのだ。こっそり話を聞いてみれば、彼女は忍たまに悪戯するのが嫌だ、というらしい。珍しい子もいるもんだ。思わず関心してしまった。ちなみにこの盗み聞きは、山本シナ先生にはばっちりばれていたようで、後ほど意味深な笑顔を浮かべたおばあさんの姿で女の話は盗み聞きするものじゃないよ、と諭された。怖い。まあそれから、なんとなくみょうじを目で追うようになって、優しいやつなんだな、とか、くのたまに向ける笑顔がかわいいな、とか。気づいたら、好きになっていた。

「なぁ、兵助、聞いてくれよ」

「断る」

「この間さ、みょうじにありがとうって言われたんだけどさ、その時の笑顔がもう…!」

「今日も豆腐がうまいな」

「おい聞けよ!豆腐よりみょうじだろ!」

彼女に直接話しかける勇気がないおれは、今日も胸の内を同学年の友達に語ることしかできない。食堂で飯を食べているときの最近の話題は、もっぱらつい先日の奇跡的な彼女との会話だ。いや、会話よりももっといろいろあった。そしてできることならもっと話したかった。

「はち、その話はもう何度も聞いた」

「そうそう!かっこつけて下剤入り団子食べて一日厠に籠もりっきりだったのも知ってるしー!」

「勘ちゃん!それ言うなって!!」

あの下剤はきつかった。いやおれが食べるって言ったんだし、みょうじの手作りの団子を食べられたのだと思えば一日厠に籠もりっきりだろうがその価値があると思えるのだが。豆腐を食べることに夢中で話を聞いてくれない兵助と、けらけら笑っている勘ちゃんは、おれの恋路を応援する気があるのだろうか。くそ、やっぱりい組はだめだ。こんな時こそろ組の結束力だよな。ちら、と双忍を見ると、雷蔵は苦笑していて、三郎は呆れたように溜め息を吐いた。

「そんなに好きなら告白でもなんでもしてくればいいだろう」

「ば、ばか!おまえ!こ、告白とかそんなのできるわけ……!!!」

大体、まともに話したのなんてこの間が初めてなのに、みょうじがおれのことを意識してくれているとは思えない。おれはずっと彼女のことを見てきたけれど、きっと彼女にとったらたくさんいる忍たまの中の1人なのだろう。いや、団子を食べてくれたいい人、くらいには思ってくれているかもしれない。そんな相手にいきなり告白なんてされたら、迷惑、だよな。

「みょうじさん!何食べますか?」

「ユ、ユキちゃん、ちょっと待って……!」

三郎のせいで悶々と考えている時に不意に聞こえてきた彼女の声。この間もいた、仲の良いくのたまとどの定食にするか悩んでいるようだ。おばちゃんの料理は全部うまいもんな。今日も雷蔵が悩んで悩んで全然決まらなかった。

「話しかけないの?」

みょうじを見ながらぼーっと考えていたら、苦笑していた雷蔵が口を開いた。話しかける、なんてできるわけないじゃないか。向こうはくのたまの子といるわけだし、いきなりおれに話しかけられても迷惑だろうし。話したいことはたくさんあるけど、いざみょうじを前にすると、何も話せなくなるのは実証済みだ。頭を抱えたおれに、雷蔵は困ったような顔をした。

「行動しなきゃ何も始まらないと思うよ」

どくん。その、通りだ。あー、でも、行動してだめだったら…なんて不吉なことを口にして悩み始めた雷蔵を三郎が宥めているのを横目で見て、おれは1人、決心した。みょうじに、告白する。次に話せる機会がきたら。兵助に根性なし、と言われて定食についていた冷や奴をとられたが、豆腐はやるから何も言わないでほしい。切実に。しかし、その機会は、予想していたよりもすぐに訪れたのであった。

「た、竹谷、くん!」

緊張からか、顔を赤くしたみょうじが、委員会に向かう途中のおれを引き留めた。え、なにこれ夢か。この間のお礼をちゃんとしたくて、と言った彼女は、まずおれの腹の具合を心配してくれた。勿論、一日厠に籠もりっきりでした、なんて言えるはずもなく、全然平気だったぜ!と見栄を張っておいた。それに安心したようなみょうじにときめいたのは言うまでもない。そして、告白するなら今しかないということに気づいた。今なら、なんかいい雰囲気だし、言えるんじゃないだろうか。四年越しの、想いを。

「あ、あのさ、おれ、みょうじに言いたいことがあるんだ」

「え!?う、うん…」

心臓がばくばくとあり得ない音を奏でる。緊張して、声がひっくり返りそうなのを必死に押さえつけた。い、言うぞ。本当に。大きく息を吸い込んで、拳を握りしめる。

「おれ、みょうじのこと、す…」

「竹谷せんぱああああい!!!毒虫が逃げちゃいましたああああ!!!」

き、という一文字は、おれを探しに来たらしい虎若の大声にかき消されてしまった。これ絶対届いてない。みょうじは突然の虎若の乱入に驚いたように口をぽかーん、と開けていた。おいちょっと待ってくれよあとちょっとだったんだよタイミング悪すぎだろ。だけどそんな文句を後輩に言える訳がない。これが三郎とかなら邪魔すんな、とか怒鳴りつけてやるのに。胸のもやもやを吐き出すように大きく息を吐いて、もう一度息を吸い込んだ。

「ちっくしょおおおおおおおおお!!!!!」

その場にみょうじと虎若を残して走り出し、かつてない程の鬼気迫る様子で俺は毒虫探しに没頭した。後から虎若が言っていたのだが、みょうじはそれがあまりの衝撃だったようで、その後しばらく口を開けたまま固まっていたらしい。これは間違いない。おれの四年越しの片思いは、終わりを告げたのだ。