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五条悟に誕生日を祝われる

 週の折り返しをようやく過ぎた木曜日、明日の準備のため少しだけ残業をした後、帰ろうと席を立ったところで五条に拉致された。

 五条は終日出張の予定のはずで、帰ってくるとしても夜遅くになるだろうとたかを括っていたものの、それは大きな誤算だった。五条が今日という日をみすみす逃すはずもないのだ。

「うそ、帰ってくるなんて聞いてない」
「なまえが一人寂しく待ってたら可哀想だから、急いで戻ってきたよ」
「硝子ちゃんとご飯に行くから一人じゃないんですけど」

 帰ってこれるならもっと早く言ってくれないと、こっちだって困る。戻ってくるかわからない人を待って何もできないなんて御免だ。
 五条が出張だと聞いた後、硝子ちゃんにお願いをしてちょっといいお店に行っておいしいお酒をたくさん飲もうと約束した。今日は私の誕生日だから、硝子ちゃんも快諾してくれた。

「硝子には日程延期するように言っておいたから」
「ちょっと勝手に何してるの!いくら硝子ちゃんだからってそれはさすがに失礼でしょ」

 あまりの身勝手に憤慨すると、五条ははいはいと言ってそのまま私の腕を掴み歩き始める。待って、硝子ちゃんとご飯に行くの!だから延期ってもう伝えたって、という押し問答の末、結局力と身勝手さで五条に勝てるはずもなく、あえなく拉致されてしまった次第だ。硝子ちゃんには一応謝罪のメッセージを送ったが、明日の朝ちゃんと謝りに行こうと思う。高専時代からの付き合いで今回のような厄災(原因は主に五条)に慣れているとはいえ、親しき仲にも礼儀ありだ。

 それから、五条に連れてこられたのは有名パティシエの営むケーキ屋だった。ご飯を食べる前にケーキ?まずご飯を食べたいんですけど、とクレームを入れてみたが、だったら早く選べと五条に急かされるだけだった。
 ショーウィンドウに並ぶケーキはどれもキラキラとして綺麗だ。誕生日だし今日くらいいいかなと思って厳選に厳選を重ねたケーキを2つと、五条が自分で選んだ3つの計5つを購入した。お支払いはもちろん五条。
 
「ねえ、これどこで食べるの?」
「着いてくればわかるよ」
「結構いい時間だし、さすがにお腹すいてきたんだけど…」
「もう着くから」

 乗り込んだタクシーの中でこれから何をするつもりなのか聞いてみたが五条は全く教えるつもりがないらしい。もうすぐだからの一点張りだ。
 本当ならば、今頃硝子ちゃんとご飯を食べていたはずで、間違ってもこんな自分勝手な奴に振り回されているはずじゃなかったんだけどな。お腹がすいていることもあって、だんまりを決め込む五条に苛々が募る。ケーキを買ってくれたくらいじゃ許さない。

「オマエなんでそんな不機嫌なの」
「五条が自分勝手だからでしょ…」

 むっつりして押し黙っていると、五条が私にちょっかいをかけ始める。何で不機嫌なのかって、そんなこともわからないのかこいつは。一体何年の付き合いだと思っているんだ。わかってて私が嫌がることをするくせに、たまにこうして本当にわからないという顔をするから、五条は根本的に女心がわかっていないんだと思う。

「一応これでも急いで任務終わらせて戻ってきたんだよ」
「………、私のために、みたいな言い方するけど、予定あるのにドタキャンさせられた私の立場を考えてよ」
「僕と過ごすより硝子がいいってこと?」
「そういう話じゃないんですけど」

 はあ、と大袈裟にため息を吐いてみせるも、五条はやはりさっぱりわかりませんという顔のままだ。正直、こうして五条が私の誕生日を忘れずに戻ってきてくれて、内心嬉しくないはずがない。だけどタイミングが悪すぎる。
 なかなか気持ちを切り替えることができずに一人でもだもだとしているうちに、タクシーは目的地に着いたらしい。車から降りて、驚いた。

「え、ホテル…?」

 しかもただのホテルではない。所謂高級ホテルだ。誕生日を祝うために、高級ホテル?あの五条が?

「なまえ置いていくよ」

 声を掛けられてはっとした。似合わない、あまりにも似合わなさすぎる。予想外の展開に五条の後をついて歩きながら笑いを堪えるのに必死だった。上層階でエレベーターを降りた五条は手の中でルームキーを弄びながら部屋へと向かう。すでにチェックインは済ませているらしい、エスコートが無駄にスマートだ。相手が五条じゃなかったら、そしてきっと私以外の女の子なら大喜びで騒ぎ立てるような特別待遇だ。

「さっきから顔が失礼すぎるんだけど」

 笑いを堪えているのが伝わってしまったようで、振り返った五条が眉を顰める。

「え?ごめん、ちょっとさすがにベタ過ぎてこれは予想外だった…」
「ベタなのってやったことないから、一回くらいいいかなって思ったんだけど」

 オマエの反応微妙だし来年からは辞める、と言ってルームキーをドアに差し込んだ。それってつまり、来年もそれ以降も祝ってくれるってことなのかな、とは口に出さない。今揚げ足を取ると多分五条は完全にへそを曲げてしまう。

 押し込まれるようにして入った部屋は、これまたベタに所謂スイートルームで、一泊するだけなのにやたらと広い部屋に立派な調度品、机の上にはウェルカムシャンパンがあった。

「うわあ、…スイートってすごいね。ねえ、五条シャンパンあるよ、飲む?」
「飲まない」
「まあそうだよね」

 飲まないのではなく飲めないらしいのだが、一応五条にも聞いてみた。ということは、このシャンパンは私が独り占めできるっていうことか。

「ようやく笑った」
「え?何?」
「アルコール一つでそんな喜ぶとか、そんなんでいいわけ?」
「だから今日は硝子ちゃんといいお酒のみに行く予定だって最初っから言ってるじゃん。私がお酒好きなの知ってるでしょ」
「あっそ」
「ねえ、そういえばご飯どこで食べるの?まだボトル開けない方がいいかな?」
「ルームサービスだから、気にせず開ければいいんじゃないの」
 
 まさに至れり尽くせりな待遇に思わず頬が緩む。ほんの十分前まで不機嫌だったのが嘘のようだ。五条が似合わないエスコートまでしてお祝いしようとしてくれている。色々ずれてはいるけれど、その気持ちが嬉しいことには違いない。
 ボトルを手に取りさっそくオープナーで開封すると、景気のいい音が部屋に響いた。飲まないと言う五条を無視して、私は早速一人で乾杯を始めた。手元にルームサービスのメニューがあるのを見つけた私は、シャンパン片手にメニューを眺める。

「あれ、コースの最後デザートついてるよ」
「知ってる」
「えー、ケーキどうするの。そんなにたくさん食べれないよ」
「だって僕が食べたかったし」

 そうけろりと言ってのけ、私の向かいの椅子に腰かけた五条がグラスに注いだガス入りの水を煽った。結局は自分が食べたかっただけか、と私は苦笑した。もし食べきれないようなら、五条に責任を持って食べてもらおう。甘いものが得意なこの男はそれくらいぺろりと食べてしまうだろう。

 ルームサービスの到着を告げるチャイムが鳴る。ようやく食事にありつけるらしい。ドアに向かう五条の背中を見ながら、今年の誕生日も悪くないなと思った。決して口にはだしてあげないけど。

2019/11/7 HBDるな