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ホークスに狙われる
特筆した力があるわけでも、人気があるわけでもない。それでも、自分の担当地域の平和だけは、どんな時も守ってきた。オールマイトやエンデヴァーのようになれなくてもいい。わたしの大好きなこの街に住む人たちが、いつも笑顔でいてくれれば。そう思っていたのに。

「久しぶりですね、なまえさん。せっかくなんで今晩飯行きません?」

「……なんでここにいるの」

「なまえさんに会いたくて来ちゃいました」

大きな翼を広げてビルの屋上から街を見下ろすわたしの隣に降り立った男は、へらへらと笑ってふざけたような態度をとる。実際ふざけているんだろう。彼の地元は九州だし、わざわざ遠く離れた関東まで来てわたしにちょっかいをかける理由がない。3ヒーロー、ホークス。わたしよりも実力も知名度も遥かに高い上に不遜な態度をとってくる生意気極まりない後輩である。

「どうせ大きい事件のチームアップ要請でこっちに来たんでしょ。うちの街は平気だから早く他行きなよ」

「まあなまえさんがいたら大丈夫ってことは知ってるんですけどね」

そう言いながらホークスは背中から羽を飛ばし、わたしが動くよりも早く困っているおばあちゃんの荷物を運んでいる。ホークスの邪魔がなければ、わたしが行ったのに。負け惜しみにしか聞こえないようなことが頭を過ってますます気分が重くなる。

「あれ?なまえさんなんか機嫌悪いですか?」

「さっきから!人の名前を呼ぶの辞めてくれる!?ヒーロー名で呼んでよ!!」

「いいじゃないですか、俺となまえさんの仲ですし」

「ただの顔見知りでしょ!名前で呼ばれる関係じゃない!」

わたしがどんなに怒ったところでへらへらとした笑みを崩さないホークスにイライラが募っていく。以前からそうなのだ。突然わたしの担当地域に現れたかと思うと、わたしよりも速く街で起こる事件を勝手に解決して、何が楽しいのかわたしに散々絡んで帰って行く。10代のうちから10位以内にランクインする才能ある男の道楽なのだとは思うが、趣味が悪い。わたしの拒否なんてまともに聞いていないのだろう。おすすめの店あります?と聞いてくるホークスをこのビルから叩き落としたい。落としたところで飛ばれて終わるんだけども。

「マックでも行けば」

「えー。せっかくのデートなんでもうちょっと雰囲気あるとこがいいんですけど」

「わたしも一緒に行くとは言ってないでしょ。おひとりでどうぞ」

「つれないなあ」

ぴく、と困っている人の声が聞こえて個性を発動する。しかしその前に、やはり隣に立つ男の羽が難なく解決してしまう。せっかく個性を発動したのに手持無沙汰になってしまって、やはりぶす、と顰め面を晒すしかなかった。もう本当に早く九州に帰ってくれないだろうか。わたしの荒んだ心を癒すように、ビルの屋上に立つわたしたちを、心地のいい風が包みこむ。その風と一緒に、楽しそうに笑う街の人の声が届いて、つい口角が上がった。

「なまえさんは、この街の人が好きですよね」

「当たり前でしょ」

「俺も、なまえさんが大事にしているこの街が好きです」

「………どうして?」

ヒーローだから、一般市民を守らなければ。ヒーローだから、みんなの笑顔を見たい。そう言われたら、オールマイトのようなことを言うな、とは思うけれど、納得できる。でも、わたしが大事にしてるからこの街が好きだというのは理解ができなかった。わたしの大切な物なんて、ホークスには関係ない。わかりません?とホークスが目尻を下げて笑い、わたしの手を取った。何も言われていないのに、わかるわけないじゃないか。どうして、用事もないのにわざわざわたしのいるこの街に来て、暇な時なんてないはずなのにわたしと無駄な時間を過ごして帰って行くのか。離して、と言ってもわたしの手はずっとホークスの手袋に包まれた手に握られたままで、笑みを浮かべた口元と裏腹に、先程までへらへら笑っていたはずの薄い水色のゴーグル越しの目が、欲を宿してわたしを射抜いている。

「俺、欲しいと思ったら我慢できない性分なんですよ」

「……離してって言ってるんだけど」

「これでもなまえさんに関しては、結構我慢してきたつもりなんですけどね」

日が沈みつつあるわたしの大好きな街と、目の前に広げられたホークスの翼の色が重なる。きっとわたしは、もうとっくの昔に囚われていたのだ。この男に、目を付けられた時から、ずっと。それでも生意気な後輩にただ落ちてやるつもりはない。わたしは愛すべきこの街の、ヒーローなのだから。

「悪いけど、わたし近くにいない男は嫌なの」

「へぇ?意外と寂しがり屋でかわいいですね」

からかうようにくつくつと喉を鳴らしたかと思うと、ホークスの赤い翼が夕暮れに染まる街が見えないようにわたしを包みこんだ。だから、近くにいない男は嫌なんだって言ってるじゃないか。わたしはこの街が大好きだからここから離れることはできない。そしてホークスだって、地元を捨てる気なんてないでしょう。

「誰に言ってるんですか。俺はホークス。速すぎる男ですよ」

なまえさんが会いたい時にはすぐに駆付けます。そんなの無理なのに。わたしにも、ホークスにも、そんな時間はないのに。大したことないように言ってのけるこの男を、信じてみたくなってしまった。ホークスでいっぱいの視界を、ゆっくりと閉じる。それを待っていたかのように降ってきた唇は、ずっと高いところにいるからなのか、少し冷たかった。身体を引いても翼に阻まれ、ホークスの思うままに貪られる。我慢がきかないというのは本当のようだ。最初の冷たさがどこに消えたのか、混ざり合って熱くなっていく唇の温度に、いい加減にしろ、という思いを込めて足を踏んづけた。ちょっと流されたからって調子に乗って。大げさなまでに足を押さえて痛がるホークスを置いてビルから飛び降りると、すぐに翼を広げて追いかけてくる。ちょくちょくこの街に顔を出すホークスに、街の人はすっかり馴染んでしまっていて、わたしが怒っていてもまたやってる、と生温かい視線を向けるだけだった。

「ウマい鳥料理の店知ってます?」

「共食いじゃないの?」

「よく言われますそれ」

いつものへらへらとした笑みを浮かべるホークスは、恋人にしては遠く、友人にしては近い距離を歩きながら、素直になれないわたしを自分の思うようにこっそり誘導していく。あそこの焼き鳥ウマいんですよ、なんて、わたしの方がよく知ってるに決まってるでしょ。すべてホークスの思い通りになるのが嫌で、ホークスの誘導を振り切ってわたしの行きつけの鳥重のお店に向かっているあたり、やはりホークスの思い通りになってしまっている気がする。だけど、それも悪くないと思ってしまっているので、これはわたしの完敗だな、と苦笑した。