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煉獄杏寿郎の嫁
※原作ネタバレ・死ネタ注意


わたしが鬼殺隊の炎柱、煉獄杏寿郎さんと出会ったのは、煉獄さんが炎柱に就任するよりも前のことだった。元炎柱であった煉獄さんのお父上が柱を辞め、育手としての任を放棄したせいで、煉獄さんはたった三冊の炎の呼吸の指南書を元に炎柱へと上り詰めた。一般的には柱が直々に指導する継子となり、稽古をつけてもらって呼吸を継承していくというのに、独学でそれを成し遂げた煉獄さんがどれほどすごい人物なのかは言うまでもないだろう。だけど煉獄さんが柱になる前から、わたしは煉獄さんの生き方が受け入れられずにいる。尊敬できる人であるし、懐も広くわたし自身何度も助けてもらっているのに、それでもだ。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務だと、呼吸をするようにそう言うあの人は、神や仏にでもなったつもりなのだろうか。

「そんな生き方をしていたら、絶対に早死にします」

最初にそれを聞いた時、思わず本人にそう言ってしまった。だって、煉獄さんだってただの人だ。人には限界があり、できることとできないことがある。もし煉獄さんの力ではどうしようもないことに遭遇した時、他の弱き人のために、無謀だとわかっていても立ちふさがらなければならないということだろう。それは、自分の命を軽視しているということではないのだろうか。しかし煉獄さんは、そんなわたしの言葉なんて意に介した様子もなく明朗に笑った。

「それが貫き通せるほどに俺が強くなれば問題ないだろう!」

あ、この人だめだ。わたしがそう思った瞬間だった。この人は絶対に他人を守って、やりきったとでも言いたげに、周りの人を遺していなくなってしまう。そう確信していたはずなのに、その後紆余曲折があり、なぜかわたしは煉獄さんと祝言を挙げることになっていた。夫婦になることを決めた際、わたしと煉獄さん…杏寿郎さんは約束をした。守れるかわからないただの口約束だ。

「祝言を挙げたらわたしは鬼殺隊を辞めます。お義父さまのお世話と、千寿郎くんのことはお任せ下さい」

「しかし、それで君は本当にいいのか?」

「わたしが鬼殺隊に入ったのは代々鬼狩りの家に生まれたからです。家族は十二鬼月に殺されましたから、反対する人はもういません」

畳みかければ、煉獄さんは納得いかないような顔をしながらも了承した。わたし程度の実力なら、他の隊士たちで十分過ぎるほどに補填できる。それが卑屈ではないと知っているからだろう。それにきっと、心配なのだ。お義母さまが亡くなって以来自棄になり、お酒に溺れているという、お義父さまが。やや子ができればどちらにしてもわたしは鬼殺隊を辞めることになっていた。遅いか早いかの違いだろう。

「その代わり、杏寿郎さんは、絶対にここに帰ってきてください」

「なまえ、わかっていると思うが、俺は絶対を約束できる立場にはいない」

「わかってます。それでも、絶対です。あなたが他の誰かのために戦って、死に直面した時、必ず帰らなければならないと思えるように。わたしが、あなたのお帰りをお待ちしていることを、どうか忘れないで」

その時ほど困った顔をした杏寿郎さんを、わたしはそれから先も見たことがない。家庭を持とうとしているくせに、自分の命には頓着しないなんて、と内心苦笑するしかなった。そもそもどうしてわたしがあの煉獄杏寿郎さんと祝言を挙げることになったかといえば、たまたまふたりで鬼を狩りにいくことになった帰りに、唐突に求婚されたからなのだが、お付き合いしていた訳でもなかったのにどうして突然、とその時は目を白黒させるしかなかった。急ぎの任務も入っていないから茶屋でも寄って行こう。そう促されてお店に入るが、あの人は大量に注文してそれをうまい!うまい!と平らげるばかりで全然話が進まず、わたしの方が痺れを切らしてしまった。祝言を挙げよう、とはどういうことですか、と。そんな関係じゃない。わたしは煉獄さんから好きだと言われたこともない。それなのにどうして、と。

「以前、君と一緒の時に珍しく外を出歩いていた俺の父と会ったことがあっただろう」

「……煉獄さんのお父上に対して申し訳ありませんが、胸糞悪いこと言われた時のことでしょうか」

煉獄さんが柱に就任したばかりの頃のことだ。たまたま会った煉獄さんのお父上は、煉獄さんに対して柱になったからといって調子に乗るな。どうせ才能なんてない。そんなこと、大したことではない。そう捲し立てたのだ。

「あの時、君が父に怒ってくれて、俺は嬉しかった」

「当たり前でしょう!じゃあ煉獄さんは!わたしが柱に就任したとしても大したことではないと、そうおっしゃるんですか!」

「そんなわけないだろう!柱になるのがどれだけ大変で名誉なことか、俺は知っている!」

「……ほら。だから、間違っているのはお父上です。あなたは立派な人ですよ、煉獄さん」

あの時も君はそう言った、と煉獄さんが目を細める。

「だから、君と生きていきたいと思った」

あの目に見つめられてそう言われれば、もうだめだった。わたしはただ頷くしかなくて、ご家族への挨拶の時もお義父さまとは揉めたけれど義弟の千寿郎くんとは仲良くなることが出来て。たくさんの思い出が、頭の中を巡る。鬼狩りの際に、よくやったと褒めてくれたこと。夫婦になった後、朝方に帰って来た時に出迎えると見せてくれる笑顔。遠方に任務に出かけた際は必ず贈り物を引っ提げて帰ってきたこと。

「今度は君の欲しいものを買ってくるが、どういったものがいいのだろうか」

「欲しいもの、ですか…」

「ああ!俺に用意できるものになるが!」

「じゃあ、わたしが欲しいと思いそうなものを考えて、選んでください」

「む…!それでは本当に欲しいものを用意できるかわからないぞ!」

「いいんです。そうやって杏寿郎さんがわたしのことを考えてくれるだけで」

そんな会話も、全て鮮明に思い出せるのに、どうして。

「立派な、最期でした」

千寿郎くんに連れられてやってきたのは、竃門炭治郎という少年だった。あの人の最期を、看取った少年らしい。すでに杏寿郎さんをッ酷く罵ったお義父上さまと一戦繰り広げてきた後らしい。上弦と下弦の鬼に遭遇したにも関わらず、居合わせた200名もの一般人をひとりも死なせず、守りきったと。

「……だから言ったのです。このままでは、絶対に早死にすると」

「……ッそんな言い方!」

わたしの言い方が癇に障ったのか、彼は憤慨したように立ち上がって、それを千寿郎くんに止められている。ちがうんです、義姉上は、ちがうんです。そう言ってわたしを庇ってくれる千寿郎くんから目を背けて、身体ごとふたりに背を向ける。きっとこのままではひどいことを言ってしまう。どうして。200人を守れたのに、どうして杏寿郎さんだけ。どうして、一緒にいたはずの少年が生きているのに、あの人は帰って来ないの。そんな風に責め立てることを、あの人は望んでいない。痛いほどわかっているのに、訃報を聞いてから病んでしまった心を押さえつけるのはそう簡単なことではなかった。

「俺は煉獄さんから、あなたへ伝えてほしいことがあると言われています」

「……そう」

遺言なんて、聞きたくはない。本当にあなたが帰って来ないのだと思い知らされてしまうから。思い残すことがないように言いたいことはその場で言うような人だった。遺書なんて、当然用意していないのだろう。ぐ、と唇を噛みしめると、彼は静かに、あの人がわたしに向けた、最期の言葉を口にした。

「俺は君の欲しいものを贈ることができていただろうか」

それを聞いた途端、こらえきれない涙が溢れだした。本当に、馬鹿な人。わたしはあなたが帰ってきてくれれば、それでよかったのに。今までは一番欲しいものをちゃんと贈ってくれていたのに、今回ばかりは駄目でしたね。結局、ややを身籠ることもできなかった。あなたはたくさんのものをわたしにくれたけど、何も、遺してくれることはなかった。ねえ、わたしが鬼殺隊に復帰すると言ったら、あなたはどんな顔をするだろうか。あなたを奪った鬼を許すことができないと、わたしが言ったら。きっと否定はしないのだろう。でも、いつもの真っすぐな目でわたしを射抜いて、君に幸せになってほしい、と言うのだ。わたしの幸せは、あなたがいないと成立しないというのに。