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平子真子とプロポーズ
※ネタの平子真子設定です。ノベライズのネタバレがございます。



見えざる帝国との戦いから三年。わたしは八番隊の副隊長となっていた。先日ようやくリサを隊長に迎え、京楽隊長が一番隊に移籍した後からずっと空席だった八番隊の隊長の席が埋まったというわけである。京楽隊長と一緒に移籍していった七緒ちゃんの協力のもと八番隊の副隊長兼隊長代行を務めていたわたしの肩の荷もようやく降りたのだが。新隊長が勝手知ったるリサということもあってそこそこ過ごしやすいとはいえ、勝手知ったるのは向こうも同じなので容赦なく仕事を押しつけてくる。副業で忙しいから〜とかあんたでもできるやろ、とか。そりゃ出来るけどね。隊長代行やってたしね。昔から仕事ができても仕事をするタイプじゃなかったリサの副官として、隊長の確認や印が必要なもの以外は基本的にこちらで回していた。一回、印渡すから押しといてや、と言われた時だけはさすがに叱りつけたけれど。毎日大変だけど、リサがいてくれることによってわたしの心には余裕が生まれつつあった。しかしリサの副業の手伝いが業務に含まれてしまったためになかなか自分の時間が取れなくなってしまったわたしに、不満を抱く男がいた。

「……邪魔なんですけど」

「せっかく会いにきた彼氏に向かって邪魔とはなんやねん」

「まだ業務時間中ですよ。雛森さんが探してるんじゃないですか」

「オマエは業務時間やない時も仕事してるやろ」

忙しいのが見てわからないのか、この人は。いつものようにリサはおらず、黙々と書類を捌いているわたしの元にやってきた五番隊隊長様は偉そうにどかり、とソファーに腰掛けている。茶はまだかい、と催促してくる姿に硯を投げてやろうかと一瞬頭を過った。それを我慢して執務机を立ち、寛ぐ真子さんに給湯室で淹れたお茶を出す。

「なまえの分は」

「飲んでる時間ない」

「ドアホ、適度に休憩挟まんとぶっ倒れんで」

こつん、と頭を小突かれて、隣に座らされる。しゃーなしや、とわたしが真子さんのために淹れたお茶を差し出された。いや、あなたさっきこれ口つけたじゃないですか。少し戸惑っていると、今さらそんなんで照れるような関係とちゃうやろ、とからかうように笑われる。ひとつため息を吐いて、仕方なく湯のみに口をつけた。間接ちゅーとか言っている前髪が斜めの人は知らない。ひとつの湯飲みでお茶を飲みながら、近況について話し始める真子さんに相槌をうつ。見えざる帝国が尸魂界に残した爪痕は、決して小さいものではなかった。人手も足りず、物資も足りない。隊舎の復旧だって、まだ済んでいないところがほとんどだ。うちの隊も、真央霊術院から見習いを引っ張ってきたところで面倒を見てあげられる人材がいない。とはいえ、後進を育成しない限りこの状況は続いていくので無理をしてでも人を割き、その分の仕事を他で負担しているのだが。リサがもうちょっと手伝ってくれればなあ、と思わないでもないけれど、言うだけ無駄である。

「そういえば、こないだの隊首会で発表があったんだってね」

「ルキアちゃんたちなぁ。ま、今の尸魂界には明るい話題も必要やろ」

「そうだねぇ。お祝い買ってこなきゃなぁ」

そんな時間がないから困ってるんだけど。オレからリサに言うたろか、とはここ最近事あるたびに真子さんに言われていることだけど、わたしが言ってだめなら真子さんに言われてももっとだめだと思うんだ。リサは基本的に身内に優しいし、中でも女の子に対しては不器用な優しさをみせることが多い。本人がお礼を言われることを嫌がるのでぶっきらぼうな形ではあるけれど、わたしはリサのそういうところが結構好きだったりする。対して真子さんや拳西といった面々の言うことはあまり聞かないという一面もあり、総隊長となった京楽隊長も手を焼いているようだった。つまり、リサが優しさを見せるわたしが言っても無駄なのだから、真子さんが口を出したらむしろもっと仕事をしなくなってしまう可能性があるのだ。真子さんは不満そうにそれはそうかもしれへんけど、と言った後、少しの間を置いてなァ、とわたしに改めて声をかけた。

「オレらも結婚せぇへん?」

ぴたり、とわたしの動きが止まる。そしてすく、と立ち上がり、おい、とわたしを追うように立ちあがった真子さんの背中を押す。

「帰って」

ぱたん、と八番隊の執務室から真子さんを追いだした。わたしが怒っているのを感じたのか、真子さんは少し迷うように部屋の前をうろうろした後、五番隊に帰っていく。なんなの。本当に、何を考えているの、あの人は。先程まで使っていた湯飲みを給湯室の流しにガン、と置いて洗わずに放置して執務机に戻る。

「真子きとったん?」

それから少しして、ようやくお戻りの隊長様の問いかけに返事もせず書類を捌き続ける。いつもなら少しの小言とともにお帰りなさい、と出迎えるわたしが何も言わないことを疑問に思ったリサが、バン、とわたしの執務机に手をついた。

「あたしの声が聞こえてないん?」

びくりと肩が跳ねたわたしを見て、リサの手がわたしの頭を撫でる。顔を上げたわたしの目じりには、涙が溜まっているのがわかる。

「あのハゲに泣かされたんか?」

「………べ、つに」

「嘘言いなや」

「ちょ、痛い!痛いってば!」

撫でていた手が一変してわたしの頭をぎりぎりと締め付ける。痛みから逃げるためにリサの手を振り払うと、せっかく処理した書類をわたしの執務机から床に落としたリサが、空いたスペースに腰掛けた。ねえ、その書類誰が片付けるの。立ちあがって書類を拾おうとすると、座り、と頭を上から押されて無理やり座らされる。

「聞いたるからなにがあったんか言いやあよ」

リサのメガネの奥の瞳がわたしを射抜く。いつもはえっちな本ばっかり見てわたしのことなんて見てないくせに、こういう時ばっかり。言わずに逃げることは不可能だと早々に察して、小さな声でプロポーズされた、と告げると即座に惚気かい、と言われるが、そうではない。わたしだって、プロポーズ自体が嫌だったわけじゃないのだ。添い遂げるとしたら真子さんしか考えられない。でも、約束したのに。すっかり忘れている真子さんを目の当たりにして、素直にはい、なんて言えなかった。

「おざなりなプロポーズやったん?」

「朽木さんたちの結婚の話からの流れでお茶飲みながら」

「しかも勤務時間中か」

あのハゲほんまアホやな、とリサが毒づく。まあ普通に考えてもないシチュエーションだと思う。誰だって自分の人生の分岐点をそんな世間話みたいなノリで決めたくはない。

「まだ、わたしが五番隊だった頃に、約束したの」

「あたしらが現世行く前?」

うん、と頷いて見せると、そんな前の話を持ち出すなや、と少し引いた目をしつつも話の続きを促してくる。実は結構興味ないでしょ。机に突っ伏して、ぼそぼそと喋り出した。100年以上前に真子さんがわたしとしてくれた、約束の話。


* * *


浦原隊長が十二番隊隊長に就任して数年が経った頃、五番隊の席官だった女の子が寿退職することとなった。そもそも女性の死神が少ないこともあり、同じ隊の女の子というのは貴重で、わたしも仲良くしていた子だった。結婚するので仕事を辞めます、と言う彼女に、結婚相手との諸々を聞いたり、照れる彼女からプロポーズの言葉を聞きだしたり。盛り上がるわたしたちに恒例の藍染副隊長からの逃亡タイム中だった真子さんがなんや楽しそうやなァ、と近づいてくる。途端に背筋を伸ばした彼女に、畏まる必要なんてないない、と茶化すと、オマエはもうちょい隊長を尊敬しい、と頭を叩かれた。付き合ってることを大々的に公表していたわけじゃなかった。親しい人とか、関わりの多い人にしか言ってなかった。普段の真子さんはだらだらしてるように見えてちゃんと尊敬される隊長をやっていたし、わたしも席官としてある程度のけじめは必要だと思っていたから、ほとんどの人はひよ里やリサのように真子さんと親しい間柄、という認識でいただろう。彼女にも、真子さんとの関係は話していない。そもそも女の子の頭をすぱんすぱん叩くような男だ。付き合ってるなんて普通思わないだろう。平子隊長がいらっしゃったのなら、失礼しますね、と幸せいっぱいの笑顔で彼女は仕事に戻っていった。引き継ぎがまだたくさんあるらしい。

「結婚して、辞めちゃうんだって」

「知っとる」

「おめでたいことだけど、寂しくなるよねぇ」

プロポーズ、すごく嬉しかったって言ってた。感動して、つい涙が出てしまった、とも。わたしは今、寿退職なんて到底考えられない。まだ死神として働いていたい。刀を捨てる度胸なんてこれっぽっちもないから、きっとわたしがそうなるのは、まだまだ先の話だ。そんな時が来るのかは、わからないけれど。

「んじゃ、そん時が来たらなまえが真子さん抱いてぇ!ってなるようなプロポーズしたるわ」

まとまらない言葉を零すと、それをちゃんと拾ってくれた真子さんが、当然のようにそう言った。いつか、でも。真子さんにはそういうつもりが、あるってことなのだろうか。途端に顔が熱くなっていくのを感じて、顔を背けた。しかし面白がった真子さんが顔を覗き込んでくるから口からは憎まれ口が飛び出した。

「自分でハードルを上げてくスタイル」

「うっさいわボケ。精々覚悟しとき」

そう言って意地悪に笑った真子さんが、わたしはまだ、忘れられずにいる。


* * *


机に突っ伏しながらリサに話してるうちに、どんどんと涙が溢れてくる。わたし、あの時、嬉しかったの。すごくすごく、嬉しかったんだよ。だから、悲しかった。覚えていたのはわたしだけなんだって突きつけられて、むかついた。相槌もせずにただそこで聞いていたリサは、わたしの話が終わると、そういうことらしいで、と唐突に誰かに話しかける。はぁ?と思って涙もそのままに顔をあげると、伝令神機を片手に話すリサの姿。いやちょっと待って。このタイミングで電話をする相手なんて、ひとりしかいない。ちょっとリサ!と声を上げるのとほぼ同時に勢いよく開けられる執務室の扉。当然のように、そこから真子さんが入ってくる。珍しく息を切らしていた。顔を見られたくなくて、わたしはまた机に突っ伏すしかなかった。

「言うとくけど、次あたしの副官泣かしたらひよ里と白を呼んでリンチやからな」

そのうっとい髪引っこ抜いてほんまにハゲにしたる。そう宣言したリサをわかっとる!と大きな声で追い出した真子さんは、顔を上げられないわたしの頭を華奢な身体つきの割に大きな手で撫でた。少しの沈黙に、段々と落ち着いていく真子さんの呼吸を感じる。

「……100年以上も前のこと、よぉ覚えとんなァ」

「………たまたまだもん」

「だもん言うても可愛ないで」

「ずっと言ってなかったけど真子さんその前髪変だよ」

「ホンマ可愛ないなオマエ!!」

撫でていた手の動きが乱雑になってぐしゃぐしゃと掻き回される。まだ勤務時間中なんだってば。普通にやめてほしい。真子さんのせいで鳥の巣のようになってしまっただろう頭を、今度は真子さんの手でゆっくりと整えられる。なまえ、と確かめるようにわたしの名前を呼んだ真子さんにぶっきらぼうになに、と返すと、大きなため息が聞こえた。

「すまん」

「別に謝ってほしいわけじゃない」

「やっぱタイミングは重要やなァ。流れにあやかろうとしたんが間違うてた」

「やっぱり朽木さんたちの流れに乗ろうとしてたんだ」

そうやってすぐお手軽に済まそうとする、と拗ねた声を出して批難すると、真子さんはあんなぁ、と突っ伏したままのわたしの顔を両手で掴み、無理やり顔を合わせた。

「いくらオレかて緊張するに決まっとるやろ」

斜めに揃えられた前髪からは、微かに赤くなった顔が覗いていた。少なくとも、真子さん抱いてぇ、とはならないなぁ。ふふ、と、笑いながら、真子さんの準備が出来たときでいいよ、と言って細い腰に抱きつくと、ドアホ、と毒づいて抱き返してくれる。今はまだ、このままでいい。焦ることなんてない。だって、もういなくなったりしないから。