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竹谷と蛸壺

私の好きな人は、ぼさぼさの髪に太陽みたいな笑顔を引っさげた、男らしい人です。行儀見習いとして忍術学園に入学した私は、引っ込み思案で、実習で忍たまにしびれ薬入りの団子を食べさせるとか、そういう悪戯がどうしてもできなくて、いつも山本シナ先生に怒られていた。いや、過去形ではない。今現在、困っているのだ。実習で忍たまに食べさせなさい、と言われて作った下剤入りのお団子を片手に憂鬱な気分でとぼとぼと歩いている。そうしたら、注意散漫だったからか、もともと才能がなくて気づかなかったのか(たぶん後者)、忍たまの四年い組、綾部喜八郎くんの掘った蛸壺に落ちてしまった。私ももう忍術学園五年目だというのに、何をやっているんだ、情けない。落ちた時に足を挫いてしまって、自力でのぼるのも難しそうだ。お団子をどうするかも大問題だけど、まずはこの穴からどうやって出るべきか…。下手に忍たまに見つかったら馬鹿にされるかもしれない。ユキちゃんとか、助けに来てくれないだろうか。しょうがないなぁ、なまえさんは!とか言いながらいつも私を助けに来てくれるあの子。私より年下なのに、しっかりしてて羨ましい。

「おお!?こんなとこに蛸壺!?」

突然上から降ってきた声。男の人のものと思われるそれに身体が固くなる。に、忍たまだ。どうしよう。

「おーい、誰かいんのかぁ?」

返事をせずにいれば、また保険委員の誰かが落ちたのか?なんてぼやく声が聞こえて、わふ、と狼らしき鳴き声も聞こえた。狼…?生物委員会の誰かだろうか。竹谷くんだったら、いいなぁ、なんて。そんな都合のいいことはないだろうけど。

「あれ、みょうじ?」

「た、竹谷くん!」

なんてことだ。本当に竹谷くんだった。蛸壺の中に入ってきた彼は、驚いたように目を瞬かせた。

「返事なかったから一応降りてきてみたんだけど…」

「あ、う……」

「落ちちゃったのか?」

苦笑されて、自分のあまりの情けなさに羞恥で目頭が熱くなる。視界が、ぼやけてきた。

「おわ!?なんで泣いてんの!?どっか怪我したのか!?」

「だ、いじょぶ、」

怪我、してるけど、そんなことより今は胸が痛い。こんな情けないところ好きな人に見られて、きっと呆れられた。正直、授業にもついていけてない。行儀見習いなんだから、この辺りが辞め時だって、わかってる。だけど、今辞めたらもう二度と竹谷くんには会えない。私なんかが釣り合う訳ないってわかってるけど、胸に宿ったこの気持ちを、なかったことになんてしたくない。慌てた竹谷くんに、どこが痛いんだ?と尋ねられて、捻った足を指さすした。

「ちょっとごめん、」

優しく患部を触り、痛みからびくり、と身体を震わす私を見て、新野先生か善法寺先輩に見てもらおう、と懐から手ぬぐいを出して応急処置として足首を固定してくれる竹谷くん。そして懐をあさって、青ざめた。上がれるような道具、持ってない。じゃあなんで降りてきたの!なんて思ったものの、私が素直に返事していれば、竹谷くんは穴の中に入ることはなく、上から縄を垂らしてもらって、それで解決だったのだ。申し訳ないにも程がある。誰か通るまで待つしかない。竹谷くんが連れていた狼がきっと誰か呼んできてくれるだろう。狭い蛸壺の中で竹谷くんと2人きり。現金なもので、さっきまで情けなくて泣いていたというのに、意識した途端に心臓が大きく高鳴りだす。どうしよう、何を話せばいいんだろう。きょろきょろ視線を泳がせて、いれば、ぐぅ〜、と間抜けな音が穴に響いた。え、私?私じゃ、な、ないよね?わたわたと慌てて竹谷くんを見ると、照れくさそうに腹減っちまった、と笑っていた。そういえばもうお昼ご飯の時間だ。私のせいで食いっぱぐれてしまうかもしれない。何か、食べるものはないだろうか。懐を探ってみるものの、出てくるのは下剤入りの団子だけ。さすがにこんなものを竹谷くんに食べさせる訳にはいかない。はぁ、と息を吐くと、竹谷くんは私が持っている下剤入りの団子に気づいた。

「お、それ団子?うまそー!食っていい?」

「だ、だめ!」

団子に向かって手を伸ばしてきた竹谷くんから慌てて団子を遠ざける。けち、とか言ってるけど、これは竹谷くんのためで、。

「こ、これ、実習で作ったやつだから、普通のやつじゃなくて、その、」

どう言ったらいいのか模索しながら一言一言を紡いでいけば、竹谷くんはそれですべて悟ったような顔をした。くのたまの実習には、竹谷くんとて嫌な思い出があるのだろう。

「ご、ごめんね、」

迷惑かけた上に、役に立たなくて。掠れた声を絞り出せば、竹谷くんは何を思ったのか再び団子へと手を伸ばした。

「みょうじが作ったやつなんだろ?だったら、食いたい」

私が止める間もなく、竹谷くんは団子を口に入れた。

「うまい!料理、上手なんだな」

そして、私の大好きな太陽みたいな笑顔を見せてくれたのだった。そのまま全部の団子を平らげた竹谷くんの、主にお腹を気にしていれば、うまかったから気にすんな、と頭をがしがしと撫でられた。わわわ、ぼさぼさになっちゃう。あ、でも竹谷くんとおそろいみたいで、ちょっといいかもしれない。

「………おやまあ」

そんな思考は、上から聞こえた呑気な声にかき消された。

「もう!なまえさんったらいないと思ったら蛸壺に落ちてたなんて!!」

綾部くんと、後から駆けつけたユキちゃんに引き上げられた私と竹谷くん。わかってはいたけれど、ユキちゃんは相当おかんむりで、私はぺこぺこと頭を下げるしかない。苦笑した竹谷くんが私の怪我をユキちゃんに伝えれば、今度は何で黙っていたのか、と怒って肩を貸してくれた。綾部くんは気づけばどこかに行ってしまっていたので、ユキちゃんにちょっとごめん、と声をかけて竹谷くんを振り返る。どきどきと高鳴る心臓。だけど、ちゃんと言わなきゃ。

「竹谷くん、あ、あの、ありがとう、ございました!」

あ、私、今ちゃんと笑えた気がする。ユキちゃんに、早く保健室行きますよ!と急かされて、竹谷くんと別れたのだった。今日、たくさん竹谷くんと話せて、うれしかったなぁ。お団子も、食べてくれて…竹谷くん、本当に優しくて、やっぱり好きだなぁって思った。私、もうちょっと、忍術学園でがんばってみようかな、なんて。そしてなぜか、今回の実習の結果で、私は珍しく、山本シナ先生に手放しで褒められたのだった。






「ぐおおお!腹、いてええええ!!」

「五年にもなってくのたまが作った団子なんか食べるからだ」

「自業自得だねぇ」

「色に惑わされたのか?」

「僕も厠行きたいから早く出てね」

「うるせえええ!お前ら少しは心配しろよ!!!」