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倉持と他校の彼女
おまえふざけんなよ。倉持からの飾り気のないメールにほくそ笑む。ちょっとした私の悪戯にようやく気が付いたのだろうか。きっかけは、倉持からのメールだった。中学の頃から付き合っていた倉持が青道高校に進学すると知る前から、私は東京の高校に進学が決まっていて、今は千葉から毎日電車で東京の高校に通っている。野球推薦を受けたというだけあって、毎日が野球漬けの倉持に会う機会はほとんどないのだけど。それでも見かけによらずマメなタイプである倉持が、忙しい中でもメールやら電話やらこまめにしてくれるおかげでほとんど会えなくなってから1年、別れずに続いているわけだけど。2年生に進級して、倉持に同室の後輩ができたらしい。その子には幼馴染の女の子がいて、よくメールをくれるらしいのだが、その後輩くんはあまりマメではなく、よく放置しているそうだ。そんな後輩くんの代わりに、倉持が勝手に後輩くんの携帯を使って返信をしている、との密告を数日前、仕返しとばかりに倉持の携帯を使って私にメールを送ってきたその後輩くんから受けたのだが、正直くだらないとしか言えないというか、ちがう女の子とメールしないで!ばか!なんて言うほど余裕がないつもりもない。しかし勝手に人様の携帯を弄って女の子とメールをするのはよろしくない、とのことで、倉持にやり返したい、という後輩くん、沢村栄純くんの意思を汲み、彼とメールをするようになったのだった。

「ふざけんな」

「まあそう怒んなくてもいいじゃん」

「お前これ浮気と数えんぞ」

「若菜ちゃんへの浮気を見逃してあげてるんだけど?」

冒頭のメールに、軽く流すような返信をしたところ、すぐにかかってきた電話。怒っているのは予想していたから言い返すと、ぐ、と倉持が言葉に詰まった。自分は若菜ちゃんとメールしているというのに私が沢村くんとメールするのはだめなんて言わせない。……沢村に余計なこと言ってねえだろうな。余計なことってどんなこと?余計なことは余計なことだろ!なれ初めとか?バ…ッ!さすがにそれは言ってないって。おまえほんとふざけんな。ふざけんな、しか語録がないのだろうか。確かに単細胞で馬鹿だったけれど。まあ明らかに恥ずかしがっている倉持の態度にくすくすと笑い声が漏れる。あまり欲しい言葉をくれる人じゃないけれど、こういうまっすぐな態度で、すごく安心する。ちゃんと私のこと好きでいてくれるんだなって、思う。

「沢村くんあんまりいじめちゃだめだよ」

「うるせー」

「若菜ちゃんもほどほどにね」

「余計なお世話だっつの」

「あんまり無理、しないでね」

小さく、おう、と聞こえた返事に満足して、明日も早いだからゲームもほどほどして寝なよ。そんな小言をおやすみ、という言葉をつけて言うと、お前も学校遠いんだから早く寝ろバカ。憎まれ口を最後に電話が切れた。心配してくれてるんだろうけど、本当に素直じゃないなあ。通話が切れた携帯を苦笑して眺めていると、一件の新着メッセージ。おやすみ。それだけのメールに胸がぽかぽかして、携帯を握りしめて布団にもぐる。ああ、倉持に会いたいなあ。倉持のメールにはいつも、野球のことばかり書いてある。コンビを組んでいる亮さんという先輩のこととか、同じクラスでキャッチャーの御幸くんとか、それこそ同室の後輩、沢村くんとか。だけど肝心の倉持の試合を、私は見たことがない。いくら聞いても倉持が日程を教えてくれないのだ。自分で調べる術はいくらでもある。だけど、教えてくれないということは私に見てほしくないと言うことなのだろう。そう考えると、どうしてもあと一歩を踏み出せずにいた。なまえさんは応援こないんですか?倉持に怒られただろうに、バレてからも時々沢村くんとメールする関係は終わらず、若菜ちゃんに返してあげればいいのに、と思いつつも、倉持以外の人から倉持について聞ける、という滅多にない機会を手放すのもなんとなく勿体ない気がして、そのままずるずると続けている。夏大が始まって、何試合か終わった後、沢村くんからそんなメールが届いて、倉持が教えてくれないの、と全て倉持のせいにして返信すると、その次にはトーナメント表の写メが送られてきて、ぜひこの沢村栄純の雄姿を!と言う沢村くんに、こっそり行くなら、いいのではないか。ちょっと魔が差して、一番近い日程の試合の観戦に行くことにした。沢村くんはぽろっと倉持にバラしちゃいそうだし、本当に誰にも言わずに。何時くらいに行けばいいのかわからなくて、試合開始の1時間前に球場についてしまって、まだまばらな人の中できょろきょろと辺りを見回す。じりじり照りつける日差しに目を細める。今日も日差しが強いし、帽子被ってくればよかったなあ。これから家に取りに戻るには、時間がかかりすぎてちゃんと試合見れないし諦めるしかないけれど。野球の観戦をなめていたかもしれない。とりあえず後1時間、席とって時間つぶさなきゃ。青道側のスタンドはどっちだろう。

「こんなとこで何やってんだよ」

ぼす、急に暗くなった視界。そして最近は電話越しでしか聞いていなかった声。電話というのは2000種類の声の中からその人に一番近い声を使っているというし、実際に倉持の声を聞くのはいつぶりだろうか。

「たまたま、通りかかって」

「あほか。来るなら言えよ」

「だって倉持、日程とか教えてくれないから、来てほしくないのかなって」

「なまえが聞かねえからだろ。自分からなんか言えるか」

「いつから大会なのか言ってくんなきゃ私も聞けないよ」

「そこは空気読めよ」

なんていう無茶ぶりを。でも、そうやつだって知っていたのに勝手に落ち込んでいた私もバカみたいだ。はあ、溜息を吐いて倉持にかぶせられた帽子を取って返すと、いらねえ。かぶってろ。逆に押し付けられる。帽子使うでしょ?もう一個ある。汗臭い。殴るぞ。おとなしく野球帽をかぶると、軽くチョップされる。野球観にくんなら熱射病対策くらいしろよ。ごそごそポケットをあさってそのまま入っていたらしい小銭を取り出すと、これでアクエリでも買え、とそのまま倉持と同じユニフォームを着た集団の方に歩き出した。それを呼び止めて、なんで私来てるってわかったの。連絡してないのに。そう尋ねる。

「ヒャハ!そりゃあんなにきょろきょろしてたら目立つっつーの」

私はそんなにきょろきょろしてただろうか。恥ずかしくなって、ばか!と罵った後に、息を吸って、両手をメガホンのような形にして、叫ぶ。

「がんばって、ね!」

「……初めて来た彼女に格好悪ぃとこ見せらんねーからな!」

ちゃんと見とけよ!お馴染みの甲高い笑い声を響かせた。倉持にもらったお金で自販機でアクエリを購入し、青道の人がたくさんいる方に席を取って携帯を見ると、新着メールが一件。沢村くんからだった。倉持センパイ、試合の時いつもなまえさんが来てないか探し回ってるんすよ。かあああ、と熱くなる顔。帽子被ってても、熱中症で倒れちゃいそうだ、なんて。買ったばかりのアクエリを、頬にあてた。