お昼休み、一緒にご飯を食べている私の飲み物をまるで自分のものかのように奪い、飲みきった成宮を半目で見つめる。よくあることだけれど、もうちょっと遠慮というものを覚えるべきだといつも思う。酷いときには自販機や購買まで買いに行かされることもあるのだからそれに比べればましなのだけど。べつにそういうのがいやだったわけじゃない。成宮がそういう男だってことを知っていて選んだことだ。だけど、
「たまには私のわがままを聞いてくれてもいいんじゃないかな」
「………ハァ!?」
なに言ってんのバカなの何様!?次から次へと流れるように出てくる罵声を右から左へと受け流す。なまえなんかが俺にわがまま言うなんてナマイキ!!目を三角にして怒っている成宮にもう諦めて、はいはいごめんごめんもう言わないから、と適当に宥める。そりゃそうだよなあ。成宮だもん。人には散々わがままを言っていても、人のわがままを聞くなんて考えがあるわけがない。でも私に言うわがままと、神谷や原田先輩たちに言うわがままが全く変わらないのが少しだけ不満だった。せっかく付き合っているのだから、特別な感じを出して欲しいというか、わがままを言うなら言うで彼女へのわがままっぽいことを言ってほしいというか。自分でも何を言っているのかわからなくなっているが、現状にもやもやしているのは確かだ。だから逆転の発想で、成宮にわがままを聞いてもらえばいいのではないかという発想に思い至った。あの成宮が、わがままを聞くなんて、それこそ彼女の特権っぽい気がする。まあ、惨敗だったわけだけど。
「なんでいきなり変なこと言い出したわけ?」
「べっつにー」
「ふーん」
我ながらかわいくない返事の仕方だと思ったけれど、それに興味がなさそうに返事をしてご飯を頬張る成宮を、さすがに凝視してしまった。
「………それで終わり?」
「べつになんでもないんだろ?」
「………そうだけど」
「じゃーいいじゃん」
まあいいんですけどね?あっさりしすぎてやいませんか。もうちょっと気にしてくれもよくないですか。まあいいんですけどね?いや、やっぱり全然よくない。むっすー、と不満顔を隠しもせず前面にアピールするが、成宮は自分の昼食に夢中で気づくことはなかった。くそう。いつも野球の練習頑張ってるのは知っているし、あまり野球には詳しくないけれど、すごい選手だってことも知っている。だから部活では思う存分ふんぞり返っていていいと思うよ。チームプレイで協調性ないのはどうかと思うけど、それでもうちの野球部は強いらしいし、きっとうまくいっているんだろう。でも私といる時はそういうの関係ないと思うんだけど。あくまで対等な関係でいたい、というのはそれこそ私のわがままなのだろうか。
「ねー、なまえ」
「……なんですかー」
「次の授業なんだっけ?」
「数学」
あからさまに嫌そうに、うげー、と顔を顰めた成宮に、宿題も出てるよ、と付け加えてやった。えっ何それ知らないんだけど!そりゃ前の数学ずっと寝てたじゃん。ちょっと見せて!写す!自分でやんなよ。いつもならしょうがないな、と言って宿題を見せるところではあるけれど、今は素直に成宮のわがままを聞く気にはなれなかった。勝手に私の机を漁って数学のノートを取り出そうとする成宮にチョップを食らわせる。いった!何すんの!何すんのじゃないでしょ!人の机勝手に漁んないで!
「なまえのものは俺のもんじゃん」
「ジャイアンか!」
おまえのものは俺のもの。俺のものは俺のもの。なんてとんでもないジャイアニズムだ。それじゃあ友達いなくなるよ。呆れたようにため息を吐いた。
「何言ってんの?なまえだけだよ」
「……は?」
「なまえにやらせらんないようなことは他のやつに言うけど、なまえがいる時に俺がわがままいうのはなまえだけ!」
「なんで?」
「だって彼女じゃん」
「……彼女は召使じゃないんですけど」
よくわからないけれど、成宮にわがままを言われるのは彼女特権だったらしい。宿題見せてー。飲み物ちょーだい。おなかすいたー。なんて字面だけ見たら、どう考えても彼女に対する特別な行為ではないと思うんだけど。なに?不満なの?不満っていうさぁ。しょーがないなー!なまえのわがままに付き合ってやるから感謝しなよ!偉そうにふんぞりかえった成宮が私の頭に勢いよく手を置いた。べしっと、まるで叩かれたような音が鳴ったのは黙っておこう。痛かったけれど。
「いいこいいこ」
がしがしがし。乱暴に頭を撫でられる。髪の毛がぼさぼさになるし、正直やめてほしかったけれど、私の頭をなでる成宮の顔が自信満々で、どうだうれしいだろう、と言わんばかりだったので何も言えなくなる。成宮の言い方は確かにいらっときたところもあるけれど、成宮のわがままを聞いた対価にこうして頭を撫でてもらえるなんて、それこそ私だけの、彼女の特権だと思うから。惚れたほうが負けって本当なんだなぁ。すっかり機嫌が直ってしまって、黙って机から数学のノートを取り出して成宮に差し出した。