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西谷と同級生
「……西谷、西谷ってば!」

つんつん。シャーペンで隣の席でなんとか教科書を立てて体制を保ちながら居眠りしている西谷の腕をつつく。ただでさえ西谷が壊滅的に苦手な現代文なのだ。いくら部活で疲れているからと言って、点も取れない上に素行も悪い。それではもうどうしようもないだろう。少なくともノートくらいは取らせなければ。しかしこの男、ペンでつつくくらいではまったく起きる気配がない。こっちは部活頑張ってる西谷が補習とかで練習時間減ったら可哀想だな、と思って起こそうとしてやっているのに。段々腹が立ってきた。筆箱から予備の消しゴムを取り出し、先生にばれないように振りかぶり、投げた。見事におでこに当たった消しゴムが跳ねかえって、床に落ちた。いてっ!大きな悲鳴を上げた西谷は、意識は覚醒したようだが先生に思い切り睨まれる。本人は何が起こったのかわからないようで視線をあちこちにさまよわせた。

「おはよう」

「みょうじ!今のお前か!なにすんだ!!」

小声で声を掛けると、ようやく何があったのかわかったようで文句を言ってきた。授業中寝てるから起こしてあげたんでしょ。起こし方ってもんがあんだろ!優しくしても起きないのが悪いんじゃん!もっと優しく、西谷くん、起きてって女子力高めに起こせよ!なにそれ西谷女の子に夢見すぎじゃない?西谷とみょうじうるさいぞ。私まで先生に怒られて、ふてくされて西谷を一切見ないように真面目に黒板に向き合う。もう、せっかく気をつかってあげたのに。そんな私の態度が気に食わなかったのか、今度は西谷がちまちまと消しカスを投げてきた。地味にうざくていらっとする。でも、無視無視。相手にするってことは自分が相手と同レベルだって認めるようなものだもん。びし。むきになって投げてくる消しカスが頬にあたった瞬間、ぶちっと切れる音がした。

「なにすんの!?女の子に向かって!!」

「女の子?女の子がどこにいんだよ!」

「頭だけじゃなく目まで悪くなったの?残念だね!!」

「女の子って言われたいならお前も潔子さんみたいにだな!!」

潔子さん。よく西谷や田中の口から出てくる名前だ。バレー部のマネージャーで、すごくきれいな人。確かに女子力という面でも外見の面でも私があの人に敵うわけはないのだけれど。でも、女の子に対して別の女性を比較対象にするというのはいかがなものなのだろうか。最低!と叫ぶと、お前らがな、と低く唸るような声。影が落ちたことにはっとして見上げると、口元が笑みを形どりつつも、目がまったく笑っていない先生の姿。昼休み、職員室。それだけ伝えられて教卓へと戻っていく先生に冷や汗が背中を伝った。そこから私と西谷が授業中やたら静かになったのは言うまでもないだろう。

「なんで私が…」

「そりゃみょうじと俺が授業中不真面目だからだろ」

「私は真面目なはずなんだけど!!」

「お、潔子さん!今日も美しい!」

昼休み、すぐに西谷と職員室に向かう。ぶつくさ文句を言いながらも、歩くペースは速い。あまり長引くと、お昼ご飯を食べる時間がなくなってしまうからだ。でも、早歩きをしているはずの私が、普通に歩いているように見える西谷を全然引き離せない。背は小さくてもやっぱり男の子なのだろう。なんか悔しくなって現代文の授業について愚痴れば、軽く流される。それどころか、全然聞いてねえこいつ。でも、本当にきれいな人だ。遠目に見てももうオーラがちがうというか、毎日あんな人を見ている西谷にとったら、私なんてもうゴリラのように見えるのかもしれない。自分と潔子さんを比べて溜息を吐く。すると、なんで溜息なんか吐いてんの。幸せ逃げるぞ。と潔子さんに夢中だったはずの西谷が振り向いた。お前のせいだろばーか。そう一瞬よぎって、頭を振る。なんで西谷のせいになるの。ただ、あの美しい先輩と自分の差に落ち込んでいただけなのに。確かにきっかけは西谷だけど、直接は関係ないはずだ。

「なんでもない」

「なんでもないって顔してねーぞ?」

「うるさいチビ」

「お前のがチビだろ!!」

ふざけんな!!とぎゃーぎゃーわめく西谷を置いてさっさと職員室に向かう。西谷が潔子さんのこと、好きなのは知ってる。あれだけ騒がれたら嫌でもわかる。だけど、なんで。なんでそれが、嫌だなんて思ったの。心当たりがひとつだけあって、だけどそれを認めるのは悔しくて、気づかないふりをする。べつにこのままでも、いい。こうやって馬鹿やって先生に怒られて、喧嘩してるくらいで、きっとちょうどいいの。職員室で先生にお前らいつも授業中うるさいし、席替えした方がいいんじゃないか、という言葉とともに大量の課題を渡される。量は多いけど、私は現代文得意だし、大した問題ではないかな。隣で白目向いてるやつはともかく。

「なまえさん」

「名前で呼ばないでもらえますー?」

「みょうじさん…どうか…どうか慈悲の手を…」

「ジュース一週間分で手を打とうじゃないの」

「鬼か!!」

嫌ならいいんだよ?と言うと西谷は悔しそうにオネガイシマス…とうなだれた。あ、こういうところが悪いのかな。あの先輩と私の、ちがうところ。ふとそんな考えが過って、眉間に皺を寄せると、それを不思議に思ったのか、西谷がどうしたんだよ?と首を傾げた。

「……私も、もう少し女の子っぽくしようかなって」

そう思っただけだよ。きょとん、とした西谷に恥ずかしくなって渡された課題を抱えなおして急いで教室に戻ろうとすると、みょうじは!と西谷が大きな声を出した。

「みょうじは今のままでも、いいと思うぜ」

にしし、と笑った西谷に、心臓がどくん、と音を立てた。うるさいチビ。悪態をついて騒ぎ出した心臓を押さえつけた。私と西谷は、友達。今はそれで、いいじゃない。きっといつか変わる時が来るから、それまでは。ちなみに現代文の先生からの助言を受けた担任が後日席替えを実施したが、なんというめぐりあわせか、くじ引きだというのにまた私の隣は西谷で、またみょうじかよー!と笑う西谷に、こっちのセリフだっつの、と返して教科書で緩む口元を隠したのだった。