ひびの入った
▼29.悲劇は別れから
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ある日、男は娘に木刀を託した。悲しそうな顔をしながら。
─『どうしたんですか、師匠』
─「悪いな、和…。もう俺は此処に来れない」
─『え…?』
唯一、心を開いている男に言われたそれは、小学2年生になって始めての秋を迎える娘には大きなショックだった。
男は仮にも高校生。剣道はもちろん好きだが、教師になる夢を叶えるためには大学に行かなければならない。
決して悪い成績ではないが、合格はやはり確実なものにしたい。
─「剣道だって力だって大切だ。でも忘れるな。本当の強さの意味を」
─『……私、考えてきたんです。己の信念を守るために、力を振るう。仲間を守るために、信念を貫く…。』
─「…お前の強さの意味か?」
─『……はい!』
そうしたら男は娘の頭をがしがしと撫でた。
その大きな手を娘は小さな手で掴み、愛しそうに見つめた。
─「和は…強さの意味を判ってる」
─『あの言葉…師匠のお墨付きですか?』
─「おぅ!お前は俺の一番の弟子だ」
そう言ってもらえたのが嬉しかったのか、娘は顔を赤く染めながらはにかんだ。
男に別れた日、何もなかった。公園では。
何かあったとしたら、エスカレートした、それでももう日常と化した虐待だけだ。
そして、賢い娘はもう知っていた。両親のこの行為を虐待ということを。
我慢が続いたのは、それから1週間だけだった。
─『師匠…私は師匠にもらったこの木刀で…何ができますか?』
1人で、木刀を見ながら娘は尋ねた。
今の娘ができること、望むこと…。
それは両親への復讐だけだった。己を守るための。
木刀を持って、リビングへ行く。
機嫌が良かった母は、柔らかい笑顔で尋ねた。
─「どうしたの?和…」
限界だった。
今更優しくしないで。私のこと、大嫌いなくせに。
私は、あなたたちに喧嘩を売るの。
それは、しちゃいけないことかもしれないけど、しなきゃいけないの。
荒れた感情の中で、娘は意識を手放した。
気付いたときには、すでにボロボロになった両親と、目に見える怪我はしていないが気を失った兄。
そして。
近所に住む、兄と同じ年の阿伏兎という少年が一ヶ所顔を赤くして立っていた。
阿伏兎は、虐待を知っていた。
それでも何も出来なかったのは幼さ故だ。
それまでに、娘の心を開くほど仲良くなったわけではない。
しかし、近所では気を抜いていい相手だった。
それ故阿伏兎を打った娘は、後悔からか普段の自分を取り戻せた。
阿伏兎を打った事実は変わらないが。
─『阿伏兎…お兄ちゃん……ごめんな…さい』
─「大丈夫だ、これくらい…。今まで頑張ったな…」
* * *
「…懐かしいな」
『ありがとね、阿伏兎…』
どうしよう。震えてる。
声も手も足ももう何もかも全てが。
でもあたしは決めたんだ。
全部言う。
『これで…終わらなかったんだ、話は』
悲劇は別れから
( 師匠…今の私は強い……かな )
◎長い!!謎い!!まだ続くのか!?笑
20111213
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