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ひびの入った

29.悲劇は別れから

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ある日、男は娘に木刀を託した。悲しそうな顔をしながら。




─『どうしたんですか、師匠』

─「悪いな、和…。もう俺は此処に来れない」

─『え…?』




唯一、心を開いている男に言われたそれは、小学2年生になって始めての秋を迎える娘には大きなショックだった。


男は仮にも高校生。剣道はもちろん好きだが、教師になる夢を叶えるためには大学に行かなければならない。
決して悪い成績ではないが、合格はやはり確実なものにしたい。




─「剣道だって力だって大切だ。でも忘れるな。本当の強さの意味を」

─『……私、考えてきたんです。己の信念を守るために、力を振るう。仲間を守るために、信念を貫く…。』

─「…お前の強さの意味か?」

─『……はい!』




そうしたら男は娘の頭をがしがしと撫でた。
その大きな手を娘は小さな手で掴み、愛しそうに見つめた。




─「和は…強さの意味を判ってる」

─『あの言葉…師匠のお墨付きですか?』

─「おぅ!お前は俺の一番の弟子だ」




そう言ってもらえたのが嬉しかったのか、娘は顔を赤く染めながらはにかんだ。


男に別れた日、何もなかった。公園では。
何かあったとしたら、エスカレートした、それでももう日常と化した虐待だけだ。

そして、賢い娘はもう知っていた。両親のこの行為を虐待ということを。
我慢が続いたのは、それから1週間だけだった。




─『師匠…私は師匠にもらったこの木刀で…何ができますか?』




1人で、木刀を見ながら娘は尋ねた。
今の娘ができること、望むこと…。
それは両親への復讐だけだった。己を守るための。

木刀を持って、リビングへ行く。

機嫌が良かった母は、柔らかい笑顔で尋ねた。




─「どうしたの?和…」




限界だった。

今更優しくしないで。私のこと、大嫌いなくせに。
私は、あなたたちに喧嘩を売るの。
それは、しちゃいけないことかもしれないけど、しなきゃいけないの。


荒れた感情の中で、娘は意識を手放した。

気付いたときには、すでにボロボロになった両親と、目に見える怪我はしていないが気を失った兄。
そして。

近所に住む、兄と同じ年の阿伏兎という少年が一ヶ所顔を赤くして立っていた。


阿伏兎は、虐待を知っていた。
それでも何も出来なかったのは幼さ故だ。

それまでに、娘の心を開くほど仲良くなったわけではない。
しかし、近所では気を抜いていい相手だった。

それ故阿伏兎を打った娘は、後悔からか普段の自分を取り戻せた。
阿伏兎を打った事実は変わらないが。




─『阿伏兎…お兄ちゃん……ごめんな…さい』

─「大丈夫だ、これくらい…。今まで頑張ったな…」




 * * *




「…懐かしいな」

『ありがとね、阿伏兎…』




どうしよう。震えてる。
声も手も足ももう何もかも全てが。


でもあたしは決めたんだ。
全部言う。




『これで…終わらなかったんだ、話は』







悲劇は別れから

( 師匠…今の私は強い……かな )




◎長い!!謎い!!まだ続くのか!?笑
20111213




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