三成さまへ

お元気ですか?三成さまにお手紙を書くのは二度目です。覚えていらっしゃるでしょうか。初めて頂いたお手紙、改めて見ましたが、達筆ですね。とても綺麗な文字です。

今日は城下に降りてみました。先日の茶屋で一服していましたら、三成さまの噂を色々と聞くことができました。随分と領民の皆様に慕われているのですね。嬉しくてお団子をいっぱい食べてしまい、お腹が苦しいです。

佐和山はこのところ雨が降ります。ちょっと暑いです。又吉さんから紫陽花を頂きました。雨の匂いがします。

お体には気をつけて。きちんとご飯を食べて、たっぷり寝てください。無理をしてはいけません。それではお疲れのないように。

月世より



月世

遅くなった。すまん。なぜか文が他のものと紛れていた。無能は見つけ次第斬滅するから許せ。

こちらも暑い。雨も降る。紙が湿って困る。上手く字が書けん。いらつく。
川で蛙が鳴いている。うるさい。

外出してもいいが、護衛をつけろ。絹代というのがいる。女だが腕が立つ。それか新之丞を。
食べ過ぎには気をつけること。

家康から桃を貰ったので、一切れ食った。まずくはないが、甘かった。
お前の飯が食いたい。

実は、私も手紙をとっておいてある。
お前の字はなんだか柔らかいな。私の好きな字だ。

石田三成



三成さまへ

お返事ありがとうございます。
三成さまがあまりに嬉しいことを言って下さるので、胸が苦しく、夕餉を食べられませんでした。
うれしいです、本当に。

島さまに初めてお会いしました。優しい方です。父親のような雰囲気がありますね。大和の生まれだとか。わたしと同郷です。三成さまの昔のお話を聞きました。

桃だけではなくご飯を食べて下さい。ご政務も大変でしょうが、眠って下さい。お願いします。

絹代さんと新之丞さんに無理を言って、舟に乗せてもらいました。碧くてうつくしい湖でした。泳ぎたい、と言ったら止められました。でも、水際は涼しくて気持ちがいいものでした。

月世より



月世

左近が余計なことを言っていないか不安だ。お前の手紙を渡されたとき、にやにやしていた。後で斬滅する。

泳ぐのはやめろ。溺れたらいけない。

お前がうれしいと思うことなど書いていないと思うが。妙だな。

今日は秀吉様に茶を点てた。うまいと褒めて下さった。これで八十七回目だ。うれしい。

家康からおかきを貰った。あいつは会う度に食い物を押し付けてくる。この前は食いかけの握り飯だった。意味がわからん。しょうがないので食った。

刑部が暑さでまいっていた。明日見舞いにでも行こうと思う。お前も体調には気をつけろ。

この頃はあまり眠たくない。不思議だ。お前と居たときはたくさん眠っていた気がする。

石田三成




「口説いているみたいだな」

後ろからの声にぴくりと肩を揺らし、三成は眉を寄せて振り向いた。家康がにこにこしながら、肩越しに手紙を覗き込んでいる。いきなり大きな西瓜を片手に屋敷にやってきて、勝手に切り割け縁側でむしゃむしゃと食っていたと思えば、今度は人の手紙を見ている。何をしに来たのだろう、こいつは。呆れながら、三成は墨が乾いたのを確かめる。

「何を言っている」
「ん?文だよ。まるで口説いているみたいだ。情熱的だな!」
「寝言は寝てから言え」
「ふふ」

家康が笑いながら手紙を眺める。見るな、と窘めた拳をひょいと避けて、家康は口をもぐもぐさせた。ぷっと種を庭に飛ばすのに、三成のこめかみに青筋が立った。なんとか怒りを抑えて文箱に手紙をしまい、紫色の紐を結ぶ。

「あ、ワシが届けようか?三河に行くついでに。忠勝は速いぞー」
「いい」
「遠慮するな!ワシも久しぶりに月世の顔を見たいし。どれ、文を…」
「いいと言っているだろう!大体貴様は何をしにきたのだ!」

喚く口に西瓜が押し込まれる。果汁が顎から小袖に滴って赤い染みを作った。べとべとになった顔面にぷちりと血管を切らした佐和山の狐に、三河の狸は爽やかに笑いかける。

「お前にうまい西瓜を食べさせに!」

大坂の石田屋敷の一角で刃傷沙汰の大騒ぎが起こったのは言うまでもない。




「近江はうつくしいところですね」

被っていた笠を膝に置き、町の方に目をやりながら月世が言う。新之丞はきゅっと目を細めた。目尻の皺が深くなる。目の前には上等な小袖を着た少女がいる。姫君というよりも町娘を相手にしている気分だ。初老に片足を突っ込んだこの男は、年若い主君に嫁いで来たこの少女を、とても気に入っていた。日よけの下、水面に反射した光が隣に座る絹代の足元を照らす。

「お気に召しましたか」

絹代が笑いながら水の入った竹筒を差し出す。律儀に礼を言って、月世は頷いた。

「活気があります。でも整然としていて…秩序がある、というか」
「殿が善政を敷いていらっしゃいますから」

三成は近江と、大阪のいくつかの直轄地を任されている。そうして顔に似合わず百姓領民をとてもかわいがっていた。

月世がふっと西を見る。ああ、と新之丞は気付いた。長い睫毛がそっと伏せられた。憂いのある表情がはっとするほど魅力的だ。丸い目はくりくりとして愛らしく、どこか兎のような小動物を思い出させた。黒髪が好まれるなか、あまり美しいとはいえないのであろう茶色の強い髪も、健気な白い肌によく似合う。光があたると金色に見えるところもいい、と新之丞は思った。主と並ぶと正反対だ。鋭い刀の切っ先のような三成と、ふわふわした雲のような月世。あの春から、主は目元を優しくすることが多くなった。

湖面の風ははやい。木々は青々として、鏡のような湖に逆さまに映る。遠くの小舟の漁師が魚を釣り上げるのが見えた。



 
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