「今度私から離れたら首輪をつけて柱に繋ぐぞ!」
「まぁ……それではお手水に行くのも一苦労ですね」

吠える三成に月世はのんびりとした口調で返す。月世と一緒に朝餉の膳を持って来た女中の絹代は、肩を震わせ必死に笑いを堪えた。近頃の三成の口癖は「月世は何処だ!」であることは城内では周知の事実だ。この癇癪持ちの主君が随分と奥方に懐いているのを、家臣たちはほほえましい気持ちで見ていた。ぎりぎりと歯噛みする三成に、月世が、今日の朝餉はわたしが作ったのですよ、と胸を張る。主が吊り気味の目をぱちくりさせた。ふしゅうう、と怒気が抜けていく。

「………お前が」
「はい」
「そうなのですよ。月世様のおかげで私たちも助かりました、旦那様」
「貴様その呼び方を止めろと何度も…!!」
「三成さま、ご飯はどれくらい召し上がりますか?」
「………私は…」

三成が言いにくそうに口ごもる。彼はもとより食がとんでもなく細いのだ。不健康の極みである。城中がいつ倒れるかとハラハラしている。そこで、家臣たちが一計を案じた。

「……召し上がって下さらないのですか…」

しゃもじを持った月世がしょんぼりした。うるる、と丸い目の縁に涙が溜まるのが絹代からも見える。三成はらしくなく慌てた。急いで箸を手に取る。

「わかった!食べる!食べるから泣くな!」
「ほ、本当ですか…うれしい…」

こんもりと椀に盛られた米に三成は顔を引き攣らせている。絹代はまた笑いを必死に堪えた。泣き落としが成功している。月世のおかげで厨の仕事も楽になったし、三成の生活も改善されている。実際、月世と一緒に床に入るので何日も徹夜するということはなくなっていた。いいことだ、と絹代は思う。




白猫に名前をつけたらしい。月丸、と月世が呼ぶと、にゃあんと鳴いて寄ってくるようになった。丸くなると白くて月みたいだから、と月世が馬の背を撫でて言う。

「三成さまはこのこに名前をつけないのですか?」
「必要ない」

黒馬は大人しい。鞍と鐙を付ける。掌を舐められて、少女が声を上げて笑った。噛まれるぞ、と忠告したが、必要なさそうだ。本来気難しい馬にも好かれる。どうやら彼女はそういったものに懐かれる性質があるらしい。自分も含めて。

「三成さま、名前をつけてもよろしいでしょうか?」
「かまわないが…」
「じゃあ……星来はどうですか?星が来る、と書いて」
「せいらい?」
「額に星があります」

細く白い指先が馬の額の毛が薄くなったところをなぞった。おそらく火の粉でも落ちたのだろう。成る程、確かに星のように見える。軽く馬の背を叩く。

「いい名前をもらったな」
「………」
「?…どうした月世、顔が赤い」
「い、いえっ!その、暑くて!」

少女は何故か顔を赤くして硬直している。ちょっと疑問に思いながら、月世の腋の下に手を入れて鞍に押し上げ、後ろに飛び乗った。腹の辺りに温みを感じる。小さな頭のつむじが顎の下にあった。細い腹を抱き込むように手を添える。手持ち無沙汰なのか白い手がうろうろして、結局三成の袖に捕まった。

「………わたしも袴を穿いてくればよかった」
「それまで待てん」

軽く馬の腹を蹴る。木漏れ日が眩しい。光の粒が道を照らしている。夏が近い。




 
×