まるで草でも刈るようだ、と半兵衛は思う。全身を血潮で染めた三成の歩みは止まらない。間合いに入った人間を一刀のもとに斬り捨てる。迷いも躊躇いもない。敵兵たちは痛みを感じる暇もなく絶命しているだろう。

丘の上の陣からは、先鋒を務める石田隊と、対峙する敵軍がよく見えた。後続の大谷隊が広がりながら移動している。石田家の兵は豊臣軍内でも群を抜いて規律がとれていることで有名だ。今回秀吉が貸し与えた兵は隊の半数ほど、黒い集団は青々とした野原を踏みつけていく。

それにしても、と半兵衛は目を凝らす。先鋒は皆、異常なほど士気が高い。それもそうだろう、三成がいるのだ。戦場では彼の後ろにいるのが一番安全だと言ってもいいかもしれない。まがまがしい闇色を纏った彼の前に、守り手の足軽たちが立ち塞がる。三成が流れるように柄に手をのばした。

一気に首が六つ飛んだ。高速の抜刀術は闇色の軌跡が残る。飛び散る血、細切れになった肉。三成が落とした首を踏み潰した。彼は歩みを止めない。にぃ、と凶暴な笑みを浮かべるのが見えるようだ。敵兵たちが恐慌を起こすのが手に取るようにわかる。蜘蛛の子を散らすように撤退するその背を上下に分けて、凶王は馬上の武者に狙いをつけた。納刀の音が響く。半兵衛が三回瞬いてから、頭の無くなった首から間欠泉のように血が吹き出した。馬が狂ったように嘶く。逃げ惑う兵を狙撃する乾いた音。三成と後ろの兵達の距離が開いていく。この調子では直ぐにも本陣に辿り着きそうだ。軍師は息を吐いた。早く終わるに越したことはないが、突っ走るなと言っておかなければ。

ちらりと視線をやると、隣に佇む家康は苦々しい顔をして戦場を見下ろしていた。ぎゅうと固く握り締められた拳に、半兵衛は薄くくちびるを歪めた。



今回も豊臣軍の大勝だった。幕の中に入ると、帰還した三成は布でぐいぐいと顔を拭っていた。青白い肌も銀の髪も、血塗られている。半兵衛が声をかけると、ぱっと顔を輝かせて駆け寄って来た。

「半兵衛様!」
「見てたよ。また腕を上げたね」

戦功を讃えると、嬉しそうに目を細める。少年のようだと思う。白磁の肌のかすれた血糊を眺める半兵衛の目の端に、ひらりと紫色が掠めた。

「…あれ、下げ緒を新しくしたのかい?」

綺麗な紐だね、と半兵衛は無名刀に巻かれた真新しい下げ緒を摘んだ。絹のようだ。よく見ると、銀の模様がちらちらと輝いている。三成の頬が血を噴いたように赤くなった。

「……月世が、…」

小さく呟く。くちびるをきつく噛んで、恥じ入るように俯く彼に、半兵衛は僅かに目を見開いた。それから、ゆっくりと口角を上げる。

「……大事にするんだよ」

打たれたように若者は顔を上げた。綺麗な瞳だ、と軍師は思う。出会った頃から変わらないその両目を見つめて、半兵衛は言った。

「大事にしなさい。絶対に、ね」

はい、と応える声はどこまでも迷いがない。下げ緒が揺れた。



三成には大事なものが少ない。彼は何かに執着することがないのだ。刀も兵も領民も、大切にしているのは秀吉に与えられたものだからであって、彼が自分で選択したわけではない。だからこそ月世は貴重だ、というのが半兵衛の考えだった。あの三成が欲しがった。それだけで彼女は価値がある。軍内で図らずも絶大な権力を振るう凶王の寵愛を一身に受けているのだ。希少価値が高いということは、誰にだってわかるだろう。

何も欲しがらない石田三成が唯一望んだもの。凶王三成のただひとつの人間的な部分。半兵衛はそっと眉を寄せた。それは、弱みだ。

(……まずいかもしれない…)

愛は弱さだ、誰かが言った。


 
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