豊臣家には朝餉の饗応というものがある。秀吉の朝餉に何人かの家臣が相伴するのだ。人数は日によってまちまち、秀吉や半兵衛に招かれ、そのまま評定や公務になだれ込むことも多い。朝に弱い三成も、独り身のときは毎回参加していたが、近頃は席を空けることが増えていた。

「なんだ、連れて来ていないのか」

主君の低い声はわずかに落胆を含んでいた。三成は目をぱちぱちさせた。何のことを言っているのかわからない。羽織りを肩にかけた半兵衛がにこりと笑う。

「秀吉は月世君も来て欲しいんだよ」
「え…」
「寒天も用意しておいたのに…」

いつの間にか家内の甘味好きが広まっている。三成は隣の吉継を見た。彼は我関せずといったように覆いの下の口をもぐもぐさせている。楽しげにこちらを伺っている対面の家康と官兵衛をギロリと睨みつけ、三成は秀吉と躊躇いつつ目を合わせた。ちびちびと青菜の和え物を突いていた箸を置く。

「い、いいのでしょうか……その、…連れて来ても…」

ゆるやかに秀吉が頷く。父親のような眼差しだった。三成は目の下が熱くなるのを感じた。妙に気恥ずかしい。もぞもぞして椀を取る。それでどうだ、と主は続けた。

「子供はできたか」

三成は軽く味噌汁を吹き出した。青白い顔を素早く紅潮させ、隣の吉継が差し出す布を受け取る。ぽりぽりと沢庵を食べながら、秀吉は微笑んでその様子を眺める。

「琴瑟の仲だと聞いたぞ」
「は…」

三成は答えに窮して俯いた。頬の赤みがまだ引いていない。三杯目の茶碗を空にした家康が茶々を入れ始める。

「三成は月世をもう舐めるように可愛がっていましてな!」
「ふむ」
「余計なことを言うな家康ゥウウ!」
「三成、膳が倒れるぞ」
「お前さんたち飯ぐらい静かに食えよ…」
「あはは、全くだねぇ」

見事な真剣白刃取りを披露する二人に、給仕の女官がぱちぱちと拍手をしている。床に傷がつかないといいけど、と半兵衛は思った。騒ぎが官兵衛を巻き込んだところで、秀吉が声をかける。

「お前たち、今日は早めに下城せよ」

なぜじゃああ、と悲鳴を上げる軍師を踏み付け、笑顔の三河の主に切り掛かる青年はぽかんとした。そういう顔をすると、とても凶王と呼ばれる男には見えなかった。




祭り囃子が聞こえる。鼻をひくつかせると醤油と油、砂糖なんかの匂いがした。視線を下に向ける。いつもは隠されている細い首筋があらわになっていて、なんとなく落ち着かない気分にさせられた。月世は小さな口でりんごあめをゆっくり食べている。目が合うと、にこにこして赤いそれを差し出す。

「召し上がりますか?」
「……いらん」

三成は無駄なことが嫌いだ。何の目的もない無意味な時間をほとんど憎んでいるといってもいい。だというのに、一体これはどうしたことか。この少女が笑うだけで、毒気が無くなってしまう。まあ月世が楽しそうだからいいか、と三成は家康から押し付けられた麩菓子をもそもそ食べた。本人は薬屋を興味深そうに見ている。

秀吉と二兵衛と称賛される二人が、遠くで金魚掬いに興じていた。お忍びだが、恐らく周りの人間は気付いているだろう。秀吉は生まれの為か、あまり身分にこだわらない。ちんまりとしたポイに四苦八苦している秀吉をうっとり見つめていると、花火が上がった。きらびやかな光と身体に響く音のなか、月世が、きれい、と呟く。不思議と耳は彼女の声を上手く拾う。

刑部に土産の寿司も買った。帰るか、と声をかけると、小さな頭がこくりと頷く。からころと下駄を鳴らす月世の歩調に合わせて歩く。夏の生ぬるい風が吹き抜けていった。



「…仲睦まじいな」
「吉継君によるとまだ清い仲らしいよ」
「何故それを早く言わぬ半兵衛!」
「三成は不能なのか?」
「権現…それ三成に言ったら絶対殺されるぞ…」
「……我は…なんと無神経なことを…」

落ち込む秀吉に官兵衛が焼いたイカを差し出す。半兵衛は笑みを浮かべて氷砂糖を摘む。家康は焼きおにぎりをかじった。彼らの頭上で花火が上がる。


 
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