馬を預けて門を潜る三成の横を左近が走って追い越して行く。庭に水を、と出てきた女中に言いつける家臣の声をぼんやり聞きながら、三成はのろのろ歩いた。身体がひどく重たかった。全身が血腥い。視線を下ろすと、黒く変色した返り血でどこもかしこも汚れて、ひどい有様だった。彼は息を吐く。到着が真夜中でよかった。規則正しい生活をしているあの娘のことだ。今頃眠って、夢でも見ている。

もし、と思う。もし、彼女にこんな、醜い、化物のような姿を見られたら。三成は俯いた。引きずるように動かしていた脚が止まる。彼は爪先をじぃっと見つめた。

(……見られたら…)

身体が重い。倒れそうだ。佩楯の乾いた血がぱりぱりと剥がれ落ちるのを眺める。慌ただしい足音が聞こえた。何気無く顔を上げると、白い小袖を着た月世が裸足で縁側を下りてきていて、三成は本当に驚いた。

「月世、」

くちびるは開いたまま塞がらなくなった。良い匂いがする。柔らかいからだが胸に収まった。ぎゅう、と背中に回された細い腕に動揺する。具足を付けていて感覚がはっきりしないことを残念に思った。きっとあたたかくて気持ちがいいのに。裸足の小さな足が汚れている。よごれてしまう。はっとして、しがみつく身体を剥がそうと肩に手を置く。血糊が白い着物に付着するのが見えて、三成は眉を潜めた。軽く力を入れた途端、相手の腕の力が強くなる。視線を下ろす。薄い肩が震えている。躊躇っていると、月世が顔を上げた。篝火が映った両目に涙の膜が張って、ゆらゆら揺れている。

「三成さま、う、腕は、」
「は、」
「鉛玉が、あたったって」

みるみるうちに涙が溢れて頬を伝う。白い手が確かめるように肩の辺りを摩った。鎧に落ちた熱い雫が、固まってこびり付いた血痕を溶かして、洗い流していくのが見えた。

「い、痛みは、動かせますか」
「大事ない。…かすっただけだ」

答えれば、よかったよかったと両手で顔を覆ってぴいぴい泣き出すので、三成は本当に困った。月世に泣かれるとどうすればいいかわからない。助けを求める視線を送っても、家臣も侍女もニヤつくばかりで役に立たなかった。憤慨しつつ、三成はギリギリと歯噛みする。妙に顔が熱い。焦る。大急ぎで右の籠手を剥ぎ取り、ぐいと顔を上げさせる。

「おい、泣くな!」
「うう、」
「私は勝ったし、腕もついてる。何も悲しむことなどないだろう」
「…ん、…」
「泣いてくれるな」

ぐいぐいと濡れた頬を右手で拭った。獣臭い、と月世がぐすぐすしながら言う。先ほどまで革をつけていたのだ、当たり前だろう。鼻を鳴らす。するりと白い手が黒い布をつけたそれにそえられて、頬擦りされた。筋張って荒れた自分の手が、なめらかな頬を傷つけやしないかヒヤヒヤする。泣いたためか、月世の目の縁は赤い。なんとなくあの暗闇を思い出させる。肌はその白さからは想像もできないほど熱いことを彼は知っていた。

「………」

見ていられなくて、三成はぎこちなく視線を外す。心頭滅却すれば火もまた涼しい。はずだ。具足を解きましょう、と囁かれる。熱い息吹が掌に当たってむず痒い。

「…手が熱いですね。眠たいですか」
「……少し…」
「湯殿の用意をお願いしましょうね。食べれそうでしたら何か胃に入れて、休みましょう」
「…そうだな」
「三成さま」
「…なんだ」
「…お帰りなさい」
「……ただいま」

この白くて温かい手を、失えないと、思う。三成は夜の濃い空気を吸い込んだ。夏が終わろうとしていた。




(110701)


 
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