川辺の葦が揺れる。黄緑色に輝く小さな光が漂っていた。明滅して闇を照らす光の乱舞。光の筋が三成の横を掠めていった。ホタルブクロが光っている。月世の手を引いて暗闇をゆっくり歩く。あの占い師がすごかったとか曲芸が面白かったとか、少女がぽつぽつ話すのに、三成は相槌を打った。静かな声が空気を震わせる。

「昔は大道芸人になりたかったのです」
「…何故だ?」
「たくさん旅が出来るから。……それから猟師とか、調教師とか」
「………私の妻では不満か」

思いがけず恨みがましい声が出た。ぴたりと月世の歩みが止まる。

月世は、白い月の浮かぶ夜明け方に生まれたらしい。その話に合わせるように、彼女は全体的に色素が薄い。色白の肌が動揺を隠し切れずにぱっと赤くなるのが、闇の中でもはっきりわかった。もごもごと何かを呟くが、聞こえない。いらいらする。ぐいと手を引き、背を屈めて顔を近付ける。

「なんだ、はっきり言え」
「…み、身に余る、しあわせです…」

燐光が月世の背後を横切る。繋いだ手が燃えるように熱い。白い火みたいだ。

私は月世の何を知っているのか、と三成は思うことがある。甘いものが好きで、相当な下戸で、瞳は温かく澄んでいて、人の目を見て話す。嘘をつくのは下手くそだ。茶色の柔らかい髪をちょっと気にしていることだって、三成は知っている。
それ以上を望むものだ、と人は言う。

(……わからない)

月世の吐息は甘い匂いがした。ちろりとくちびるを舐めてみると、やはり甘い。ほんの少しだけ音を立ててくちびるを離し、肩に落ちた髪を耳にかけてやる。指先に掠った耳が熱くて、三成は目を細めた。わざと耳の後ろを撫でると、薄い肩が跳ね上がる。

そういうものに劣情を催したことがないと言えば嘘になるのだろう。子供。主の言葉が蘇る。この娘にだって女の機能がついている。秀吉が望むなら、さっさと犯して孕ませるべきだ。三成にはその権利がある。月世はたぶん拒まない。というより、拒めない。

最初に彼女を望んだのは三成だ。月世は違う。さらわれるようにして嫁いだだけ。月世は自分を好きだと言うけれど、彼女は好きなものがたくさんあって、きっと三成はそのなかのひとつだ。月世は三成のたったひとつなのに。それを思うとひどく苦しかった。はぁ、と溜息をつくと、月世が顔を上げた。頬がまだ赤い。

「み、三成さま…」
「……なんだ」
「………く、くく、…」
「…ええい!さっさと言え!馬鹿が!」
「す、すいません……ええと…その……く、く、口を…」

吸うては下さいませんか、もう一度だけ。ほとんど消え入りそうな声で言う。三成は目を瞬かせた。ゆるやかに蛍が飛んでいる。



(…知らない)

夜にぼんやり浮かび上がる白い肌。鼓膜を揺らす澄んだ声。緩く繋いだ、その小さな手の温かさ。ゆるゆると指先で手を擦ると、そっと、応えるように握り返される。頭の芯が鈍く痛んだ。――恐ろしい。

(この世に、これ以上があるなど)





(110401)


 
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