「名前さんと大谷さんは、結婚します」

私は飲んでいた茶を吹き出した。巫殿はにこにこしている。その笑顔の隣の大谷さまも、蜜柑を剥く手が止まっていた。三人であたっていた火鉢の中の炭が、凍り付いた時を動かすように小さく爆ぜる。私は慌てて口を動かした。舌が渇いた口蓋に貼り付き、喋りにくい。顔はひどく熱い。声も変に震える。どくどくと心の臓が慌ただしい。

「か、巫殿っ、か、か、からかうのはやめていただきたい!大谷さまは私の、その、主であるからして、み、身分とか…ええと、だから、」
「われと此奴が夫婦になるなど、百年経ってもありえぬ」

さらっと胸に突き刺さる言葉を吐き出し、大谷さまがじとりと巫殿を睨んだ。包帯の巻かれた指先が蜜柑の皮を剥くのを再開している。緩慢な動きだ。

「ぬしでも先見を外すことがあるようよ。残念、ザンネン」
「まあ、本当ですよ。お二人は夫婦になって、幸せに暮らします」
「……名前、われはちと用事を思い出した。あとを頼む」
「えっ、あ、はい!承知しました!」

剥きかけの蜜柑をぽいと寄越して、大谷さまの御輿がふよりと浮き上がる。襖を開け放してそのまま廊下の奥に行ってしまった。ため息をついて襖を閉める。渡された蜜柑の皮を剥き始めた途端、巫殿が口を蜜柑でいっぱいにして言った。

「名前さんは、大谷さんが好きなんですよね」
「……巫殿…」

顔から火が出るようだ。手の中の蜜柑が転がる。熱い頬を両手で包む。泣きたくなってきた。情けない。

「ひどいです巫殿…力を使ったのですね…ああもう死にたい…」
「わたしが『目』を使ったのは、名前さんと大谷さんの未来に関してだけですよ?」
「……それは…」
「名前さんってとってもわかりやすいですね!」

いよいよ限界に達した羞恥で死にそうだ。巫殿は輝かんばかりの笑顔である。丸い瞳がきらきらして、星のようだ。頬は桃のように瑞々しい。神様の声を聞ける少女。一瞬、私は全てを忘れて、聞いた。

「……私は、どんな様子でしたか」
「名前さんは白くて薄い布を被ってて、首に蝶をつけてました」
「………大谷さまは」
「…幸せですよ、絶対に」

息が詰まった。火鉢の炭の赤さが少しばかり滲む。

「さっきの、本当ですからね!この『目』で見ました!わたしの預言は絶対当たるんですから!」

そう力強く言い切った巫殿は、しばらくして西軍から脱してしまった。巫殿は鳥みたいに、翼があるのじゃなかろうか。真白い翼はきっとうつくしい。

無数の輝く矢に降られ、地に足を縫いとめられて、思う。背中を貫く魔を払う矢。霞む視界、綺麗な桃色の矢に守られる巫殿がいる。三本の矢を弓につがえた少女の表情が悲しげに歪んでいる。丸い瞳に溢れる諦観の雫。全てを知っている娘。あの預言。目の端に、赤い蝶が見えた気がした。


※※※


「名前さん、とっても綺麗です」
「そ、そうですか」
「はい!大谷さんもびっくりします」
「腰を抜かしてな」

白い絹の長手袋が落ち着かない。首に巻かれたネックレスを弄る。蝶の意匠のそれを眺めて、鶴姫ちゃんはにこにこしている。ますます恥ずかしくなって俯いた。ふふ、と孫市さんまで笑う。ドレスの背中を閉める手つきは丁寧だ。コンコン、と扉をノックする音がして、身体が固くなった。どうぞ、と鶴姫ちゃんが扉に言う。静かに開いた扉から、お市さんと、黒いロングタキシードの大谷さんが出てきた。変わった色の目が細められている。反射的に椅子から立ち上がった。

「そ、その……ど、ど、どうでしょうか!?」
「…馬子にも衣装とはこのことよな」

さらっと言い捨てる大谷さんはニヤニヤしている。完全にからかわれている。お市さんがふわふわ微笑んだ。

「蝶々さん、うれしそう…」
「えっ」
「コレ、第五天」

きゃいきゃいと騒ぐ二人は楽しげだ。相変わらず仲がいい。また扉がノックされたと思ったら、ズカズカと石田さんがやってきた。開け放たれた扉の向こう、貸し切りのレストランが見える。テーブルクロスの上のグラスが照明を受けて光っている。前田さんの料理がたのしみだ。石田さんは、受付は終えたぞ、と刺々しく言う。

「このくそ忙しい時期に披露宴とは…!身の程を知れ!」
「す、すいません」
「貴様らなどどこぞに新婚旅行でもいってしまえ!!しばらく帰ってくるな!仕事は私がやっておく!」
「ヒヒッ、すまぬな三成」

怒られているのだか祝われているのだかよくわからない。市ィイ、と浅井さんの叫び声が聞こえる。どうやら彼女を探しているらしい。なぜじゃああ、という聞き慣れた台詞やら、妙な英語やら。大谷さんは石田さんとお市ちゃんに挟まれている。私はそろそろと鶴姫ちゃんの隣に立った。鶴姫ちゃんが丸い目をぱちぱちさせる。変わらない、星のように輝く瞳。私はその不思議な瞳を見て、深呼吸した。

「……鶴姫ちゃん」
「はい」
「見事に、当たりましたね」
「……えへ」
「ありがとう、巫殿。私、幸せです」

ほら、だから言ったでしょう。幸運の白い鳥がうつくしく笑った。





(111101)
title カカリア
姫御前のありがたい預言


 
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