あなたに、手紙をしたためようと思います。優しい金色の、向日葵みたいなあなたに。理由は特にありません。ただ野原の片隅に向日葵が生えていたので。夏も終わりなのに、珍しいなと思って。それくらいです。
昔、一緒に、城の裏庭に、向日葵の種を植えましたよね。あの種は芽吹いたのでしょうか。少しだけ、気になります。

世話をする庭師があまりいないので、大阪城の庭園は荒れ果てていた覚えがあります。女中さんも減ってしまいました。残ってくれた皆には本当に感謝しています。元気にしているかしら。
陣営は今日も鬱々としています。兵たちは疲れ果て、金子も、実はあまりありません。三成には内緒で、こっそり城の調度品を売って、凌いでいたのです。彼が知ったら殺されてしまうかもしれない。刑部がうまく誤魔化しているので、大丈夫だとは思いますが。それでも、長曾我部さんが張り切って絡繰りを作りますので、火の車です。真田さんのお団子代も、相当なものですよ。

ここには、何かを喪った、もしくは喪いかけている人間ばかりいます。
先程、三成がいつもの癇癪を起こして刑部に宥められていました。あの二人は親子かなにかのようです。少し、羨ましい。わたしも誰かとあんな風になりたかった。

三成は口を開けばあなたへの怨嗟ばかり。それからわんわん泣きます。まるで獣の慟哭です。あれは子供です。その言動にはっとさせられることも多々ありました。鈍いようで、鋭いというか。昔からの友人ですけれど、なかなか掴めない男です。
あなたも、そういうところがありました。

わたしは、あなたと三成は似ていると思っていました。相反するものを抱えながら、あなたたちは結構つるんでいましたね。思い出はどこまでも美しい。皆で連れ立って、紅葉狩りに行ったのを覚えていますか。春に花見をしにいったことは。湯治にも行きました。
忘れてしまったかしら。

三成の光は、あの御仁ではなく、あなただったのではないかと、最近思います。言うまでもなく、あなたの闇は彼です。あなたたちは見事なほど対です。そして、正反対なはずなのに、妙に似ています。

おそらく三成はあなたに負けるでしょう。あなたたちの力は互角です。相討ち、というのも考えられますが、きっと、三成は負けます。生きる覚悟を決めたあなたに、死ぬ覚悟しかない三成が敵うはずがないのです。叶うはずが、ないのです。適う、はず、が。

わたしは三成には大きな恩がありますので、豊家の凶王軍一派として起ちました。あなたの申し出を、断りました。
正直、あなたについていってしまいたかった。弱っていく三成を見ているのは辛いし、なにより、あなたに強烈な憧れを抱いていたからです。

もう言ってしまいましょう。わたしはあなたを慕っています。狂おしいほどに、惹かれています。
だからついていかなかった。想いを告げれば、あなたは神様みたいに優しいので、わたしをあなたのものにしてくれるでしょう。でもあなたは絶対にわたしのものにならない。絶対に。永遠に。
陽は万人に与えられるものだからです。
わたしだけのものではないあなたなど、見たくない。あなたがわたしのものにならないなら、何の意味もないのです。わたしは欲深い自分勝手な女ですので、そんなのには堪えられないのです。醜く、浅ましい、わたしの願い。
だからあなたに背を向けました。

これは懺悔のようなものです。

わたしはたくさん、本当に山ほど、嘘をついて、あなたを散々、苦しめましたね。ごめんなさい。ゆるしてほしいとは云いません。恨んでください、憎んでください。あなたがわたしをそうやって憎んでいれば、きっと、ちょっぴりは憶えていてくれるでしょう。

あなたがわたしの光だった。今もです。これは本当です。誓って嘘偽りではありません。嘘を吐き続け、そしてこれからも死ぬまで吐き続けていく、汚泥と血肉に塗れたわたしの一生のなかで、たったひとつの真実です。

追伸
あなたは我慢ばかりで、そのことがわたしは随分腹立たしかった。あなたも、嘘つきです。痛いなら痛い、苦しいなら苦しいと言ってください。泣けばいいのです。吐き出せばいいのです。あなたの周りの人たちだって、それを望んでいますとも。
大丈夫、あなたは光の道を歩むのだから。




煤と泥と血に塗れた手が手紙を差し出した。もしものときはお願いね。そう言って、名前は官兵衛に紙を押し付ける。彼は枷のついた不自由な両手でそれを受け取った。

「なんじゃこれは」
「遺書」
「は、」
「うそ。恋文だよ」

名前はくすくす笑う。冗談のような口調だった。

「官兵衛は賢いから、きっとうまくやるでしょう。だから、全部終わったら家康に届けて」
「縁起でもないことを言うな」

顔には出さなかったが、内心、官兵衛はぞっとした。名前は何事にも前向きな女だ。確かに戦局は良いとは言えないが、悪いとも言えない。両軍の睨み合いだ。なぜ今、こんなものを。彼女の瞳は静謐な色をたたえている。

「官兵衛」
「なんじゃ」
「わたし、本当は、天下なんてどうでもいい。くになんてどうでもいい」
「……そうかい」
「どうだっていいの。奥州も甲斐も、瀬戸内も、どうだって」
「………」
「………どうだってよかった…」

渇いた地面に小さな丸い染みが一つできた。続けて、ひい、ふう、みい。
官兵衛はそっと空を見上げた。陽が落ちるのが早くなったな、とぼんやり思う。




手紙を差し出す手には枷はない。家康はゆっくりとそれを受け取った。彼の指は、骨が曲がってうまく動かないらしかった。

「名前からだ。お前さんに」
「……そうか。ありがとう」
「死体は見つかってない。…どこかで焼かれてしまったのかもな」

手首が軽くて、官兵衛は落ち着かない。あの忌々しい人間達はいない。枷は取れた。彼は自由だ。どこまでも。ここで、手紙を読んでぼんやりしている家康を、懐の刀で討ち取って、天下を盗ることだってできる。なのに、しない。彼はそっと空を見上げた。それから溜め息をついた。やめたやめた、と思った。
家康が愛おしそうに、汚れた紙に接吻するのを見たので、やめておいた。

「……名前は、とうとうワシのものにはならなかったなぁ…」

屍体まで残さないのだな。太陽が呟いた。笑みさえ浮かべて。何かを喪った者のような顔をしている。勝者のくせに、と官兵衛は思う。なぜそんな腑抜けのような顔をする。そんな顔で、笑う。

「……お前のいない世界を、生きていくよ」

荒れ果てた庭の隅で、向日葵が枯れていた。





(110906)
title 舌
わたしのかみさまへ


 
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